[短編]今日の4文字
Xにて、”双葉(2+e)”氏主催である企画[ふたばのころしあむ]投稿用短編小説です。
テーマは[若さ]と言うことで、私――砂石 一獄の独自解釈の元書き上げました。
先生は、一冊のノートを渡しました。
そこには、ポップに彩られたデザインの中に「交換ノート」という文字が躍っています。
私は、その交換ノートを受け取って、パラパラとページをめくりました。
まず、目に入ったのは[今日の4文字]という言葉です。その下に大きな枠が配置されていました。
先生に尋ねると、「今日起きたことを4文字で書いてみてください。そして、それに関係した今日の出来事を書いてみましょう」と微笑みながら答えます。
仕方なく、私はペンを握り、今日の出来事をノートに綴ることにしました。
☆☆☆☆
①まつえ はな ちゃん(4歳)の場合
[今日の4文字] だ いすき
(クレヨンで描いたらしいお絵描きが残されている)
②うえやま けんじ 君(8歳)の場合
[今日の4文字] しあわせ
今日はかいと君と みこちゃんと3にんでゲームをしました みんなでわいわいあそんでたのしかったです
かいと君のおはなしは面白いし みこちゃんはやさしいです。ぼくは2人が大好きです
ずっとずっと いっしょにあそんでいたいですけど、おそくなるとおかあさんがこわいです
でも 明日も会えるので たのしみです 毎日がたのしくて しあわせです
③前田 洋介 君(14歳)の場合
[今日の4文字] 受験勉強
僕は今日も高校受験に向けて、学校帰りになると勉強をします。この間の模擬試験では数学が悪かったので、今は特に数学に力を入れて勉強をしていきます。
高校受験に落ちた人は、あまりいい話を聞かないので受験で失敗したくありません。
先生からは「今の成績なら問題ないとは思うけど、もう少し余裕が出来るように頑張ろう」と言われました。
先生は僕達生徒に真面目に向き合ってくれているので好きです。
受験結果で先生にちゃんと良い結果を言えるように、頑張りたいと思います。
④斉藤 恵吾 君(20歳)の場合
[今日の4文字] 飲酒万歳
俺は今年で20歳になった。サークルの先輩に誘われて初めてお酒を飲んだけど、頭がふわふわして嫌なことを全部忘れられる気がして幸せだった。
親はお酒は良くないものだ、あまり飲み過ぎるなよ、って口酸っぱく言うけど、正直聞く気は無いかな。
今のうちしかこうやってお酒を飲む機会は無いんだから、じゃんじゃん飲むしか無いじゃん?別に俺の体に何があろうと自己責任なんだから、他人にどやかく言われたくない。
今日もサークルのみんなと飲み会に行ってくる。アル中になったらその時はその時でしょ。
⑤花巻 美保 ちゃん(24歳)の場合
[今日の4文字] クソ上司
ほんと何なの、あのセクハラ・パワハラ・モラハラとかいう三大ハラハラクソ上司!!!!仕事は押しつけるわ舐めた顔でこっちを見てくるわマウント取ってくるわふざけんなって感じ!!!!
胸元見てんの分かってんだよ、目線が顔じゃ無いところに向かってんの気付いてないと思ってんの!?あー腹立つ、まじふざけんな。
てか今日の一言もクソ上司かクソ彼氏かどっちにするか悩んだわ。今日彼氏とデートしたんだよ。でもさ、デート中にスマホばっか見てるし、浮気でもしてるんじゃ無いかなって思う。ここ最近素っ気ないし、でもやることはしっかりやって帰るし何??身体目的なの??私そんな安い女じゃ無いんですけど??
あーマジで何もかも腹立つ。友達のインスタ見てると幸せそうで羨ましい。
⑥三上 和義 君(43歳)の場合
[今日の4文字] 心の距離
娘が反抗期になってかなり時間が経った。妻を早く亡くした私は男手一つで育ててきたが、ここ最近娘の帰りが遅いのが心配だ。
最近は化粧も濃く、その事を指摘すると「うるせえクソじじい」と言って聞く耳を持たない。私としてはただ心配なだけなのに。
どう接するのが良いのが正しいのか分からない。インターネットで検索をすると、「温かい目で見守りましょう」という言葉が書いているが、当人にとってはそんな気分では居られないものだ。
帰りが遅いと、どうにも玄関の鍵が開く音に過敏になる。近くで救急車やパトカーのサイレンの音が響くと、娘じゃ無いよな、と携帯の通知に目が行く。
父親というのは、とても難しいものだ。
⑦山崎 小次郎 君(65歳)の場合
[今日の4文字] 定年退職
長く勤めていた建築会社を、本日遂に退職するに至りました。
かつて若輩者であった私を受け入れてくれたこの職場には感謝しかありません。
教えられる側であった私は、いつしか教える側に回っていました。四十年を超える社会人生の中、本当に色々なことがありました。
様々なトラブルに直面し、多くの壁にぶつかってきました。そのような中で、どれだけ周りの人々に支えられてきたのか。その度に私は周りの人々に感謝し、より恩義を返すべく勤めていまいりました。
こうして定年退職を迎えるにあたり、それらを全て返すことが出来たのかは分かりません。
実のところを言うと、「まだまだ私は働ける」と思っており、辞めたくない気持ちもあります。
ですが、人生とは巡るものです。
果実が種を落として、枯れていくように。私という果実も、次の世代へと引き継ぐための種を落として次世代に引き継いでいかなければならないのです。
本当に、お世話になりました。
⑧釘貫 嗣治 君(82歳)の場合
[今日の4文字] がん末期
今日、担当医に膵臓がんステージⅣにあると申告された。余命はおおよそ1ヶ月ほどだろう、とのことだ。
友人からは膵臓がんは初期症状が出ず、気がついたときには手遅れになっていることが多い、と言う話は聞いていた。その友人も3年前に長年の喫煙が祟り、肺がんを患って亡くなってしまったが。
余命告知を受けたとき、思ったよりもショックは少なかった。
どちらかというと遂に来たか、という気持ちだった。
日本の高齢化率は28%を超え、若さという資本の貴重さが嘆かれるようになった。そうした中で、生産能力を失った後期高齢者というのは守られるだけの存在でしか無い。
そういう社会背景もあって、人生の最終段階に辿り着いた私は生きてきた意味、余生を生きる意味を問い続けてきた。
一体どれだけのものを残せただろう。
これからの人々のためにどれだけのものを遺せるだろう。
私という存在が完全に現世から消えるその日まで、問い続けようと思う。
☆☆☆☆
この日の思いを書き綴った私は、そっとペンを置いた。
きっと、今日一日の感情はやがて薄れ、明日になればまた違う感情が私の心を覆い尽くすのであろう。重なった過去はやがて、単純な記号へと姿を変えるため徐々に要約されていく。
それは、例えどれだけ醜いものであろうと、原石が磨かれてやがて光り輝く宝石になるように姿を変えるのだ。そして、私を構成するルーツとしてそこに残り続ける。
いつしか歳月を重ねれば重ねるほど、過去の自分を思い出す日々が増えるのだ。
ふう、と私は大きく一息をついた。そして、日記に残した言葉を読み返し、自分の残したものを思い出す。
今の私が居るのは、過去の自分がいたからだ。
例え今は年老いた自分だとしても、過去には若さを武器にした自分がいた。かつて持っていた純粋さを失って、社会の荒波に揉まれて、それでも頑張って生き抜いて。
長い道のりの中で作り上げたものが、次の生を紡いでいく。
世界とは、人々が生きた証で出来ている。
[終]