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もし、あの時あと数秒遅い、あるいは早かったら

作者: 雉白書屋

 清々しい朝。お日様の光、こんなに温かかったんだ、青空ってこんなに綺麗だったんだって思える。

 今日はとっても気分がいい。きっといい一日になる。ううん、絶対。だから、あたし、ファイト! 今日もお仕事、がんばるぞ――


「あの、ヒロイン気分のところ申し訳ないんですけど、ちょっといいですか?」


「え、あ、はい」


「私、死神なんですけど」


「は、はい? 死神!?」


 なに、この人……。で、でも確かに雰囲気が……。青白くて陰があって睫毛が長くて、タイプじゃないかと言えばそうでも――


「ええ、そういうのはいいので、はい。時間がないので、とにかく呑み込んでいただいて歩きながら話しましょうか。えっと今から約五分後ですかね。

駅近くのコンビニ手前の横断歩道を渡って欲しいんです。まあ、タイミングは私が後ろのほうから指示しますのでええ、是非」


「えっと、ちなみにその指示通りに動くと、あたしは……」


「死にます」


「でしょうね。嫌です」


「お願いします。どうかお願いします。お願いします! お願いします!」


「いや、連呼されても……」


「あなたは死ぬ運命なんです。どうか、お願いします」


「全然、運命的に思えないんですけど……。こういうのって本人が知らず知らずのうちにその、遭っちゃうものじゃないんですか?」


「……もし、あと一秒か二秒遅かったら、あるいは早かったらっていう時ありませんか?」


「はい……?」


「あの時、靴の紐を結んでいたせいで車に撥ねられた。あるいはたまたまその日寝坊したお陰で好きな彼と通学路で一緒になり、意気投合してデートする約束をとか」


「ああ、まあ……」


「それです」


「はい?」


「あなた、トイレに籠ってましたよね。うんこのキレが悪くて」


「あ、はい。え、まさか」


「でも、あなたは諦めずに粘り、そして出した。それで運命が変わってしまったのです」


「え、おお、あ、うわぁ、嫌だけど、あぁ、うわぁ……」


「複雑そうですね。それをシンプルにする方法があるんです」


「それって」


「死んでください」


「ですよね。嫌です」


「うんこに救われた女として一生を過ごすおつもりですか?」


「う、うるさいなっ、いいんですよ。死ぬよりマシです」


「ねえお願いしますよ。諦めて死んでください」


「もう、そっちこそ諦めてくださいよ。せっかく助かったのにわざわざ死にに行く人がいますか」


「うんこに助けられてもぉ?」


「てもですよ」


「ウンコッコウンコッコウンコ女ウンコッコ、コッコウンココウンコウコンココンコ」


「うるさいですよ。なんでそんなにしつこいんですか。ノルマとかあるんですか?」


「いえ、あなたが助かったことにより運命が変わり、約二十万人の命が失われます」


「お、お、おぉ……え、いや、でも死神にとってそれは嬉しいんじゃ?」


「我々を猟奇殺人犯みたいに思わないでください。仕事でやってんですよ仕事。予定通り魂を回収し導く、それを誇りを持ってやっているのです。

あと今、二十万人と言いましたがそれはあくまで、あなたが生き残ることによって生じる影響のことのみを言っています。

さらにその死んだ人々も運命を捻じ曲げられたわけですからまたさらに、と、おお、怖い怖い。ウンコカタストロフィです」


「で、でもそんなこと言ったって、それをどうにかするのが、あなたのお仕事、あ」


「そうです、だからこうしてお願いしているのです。供給のバランスを崩さないよう、調整役も兼ねているんですよ我々は。だから、あなたが生き残った場合も被害を最小限に食い止めるよう努力はしますが」


「虫歯は早いうちにですか」


「そういうことです。さあ、話をしているうちにもうすぐです。そのまま歩いてください。もう少しゆっくりでいいですよ」


「……」


「どうして立ち止まるんですか? マズいですよ。今度はその分、走っていただかないと」


「……あたし、昔――」


「いや、時間ないんですってばウンコカタスカトロフィはすぐそこまで迫っているのですよ」


「なにをもじってくれてるんですか。今、ちょっといい感じにしようとしたのに、台無しじゃないですか」


「え、ということは……」



 人生とは思いがけないことが起こるものだ。

 あたしはこれといった取柄もなく、幼い頃から人の顔色を窺ってばかりだった。主人公になんかなれない。せめて人に嫌われないように、ただただそうやって生きて、でもいつか運命的な出会いがあれば、なんて……でも、そんなあたしにも自分の意思で、そう、これはあたしの選択。あたしは、あっ――






「……本当に申し訳ございませんでした。僕の、僕のせいで」


「もう、何度も謝らなくて大丈夫ですよ。骨折と言っても小さなヒビですし、それにほら、こんな素敵な個室まで用意してくださって」


「いえいえ、車で撥ねてしまったんですから当然の償いです。と、言っても父がこの病院の院長なものですから、あまり僕が偉そうに言えないんですけどね、ははははは」


 謙虚、それに医者の卵の彼。その彼が運転する車に撥ねられたあたしだったけど結局、生き延びてしまった。

 入院してしばらく経ってもあの死神は現れない。死ななかったけど一応、撥ねられはしたからセーフということになったのだろうか。

 それとも今もどうにか運命のズレ、その被害を食い止めようと奔走しているのだろうか。わたしにはわからない。でも、もしかしたら死神というのは嘘で人を死に追いやり、その魂を狙っていた悪魔。……なんてね。ふふっ、あるいは恋の――



「あの、おトイレから出たばかりのところをすみません」


「え、はい、え、あの、部屋に勝手に」


「私、天使なんですけど」


「は、はい? それって」


「はい、恋のキューピット的な」


「あ、どうも、お世話になってます……?」


「それでなんですけど、あなたには、あ、ちょっとこっち来ていただいて廊下です廊下、見てくださいあの男の人を」


「え、あの人ですか……?」


「そうです。あの人と恋に落ちてもらいたく、今日お願いに参りました」


「あの人ってあの人? あの、ちょっとそのお顔が」


「ウンチ並にブサイクですよね、はい。ちょっと臭くもあります。まあ、どうぞよろしく。ウサギのウンチと思って可愛がってあげてください」


「いや、えっと、もしその、断ると……」


「それは――」


 どうもあたしは運命というやつに弄ばれる傾向にあるらしい。クソッたれ……。

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