悪役令嬢は、決闘裁判に怯まない。でも、助太刀に入ってくれた騎士様がなんかおかしいんですけども!?
「侯爵令嬢ファビアーナ! 貴様がこの可憐なリーザに対して非道な仕打ちをし続けたこと、最早明白だ!」
貴族学院の卒業式で、壇上を占拠した数人の中心で我が婚約者殿が大声を張り上げている。
予想通りに。
やっぱりか、と溜息が零れそうになるのを白扇で隠しながら、今呼ばれた私、侯爵令嬢ファビアーナは改めて壇上へと視線を向ける。
中心に立つのは王太子であり私の婚約者でもあるバルトロメオ殿下。金髪碧眼、スラリとした長身に甘いマスクと絵に描いたような王子様である。
いや私が知っていた彼は絵に描かれていたのだけれど。
そしてその隣でプルプル震えている小動物系美少女が、聖なる魔力を見出されて平民から男爵家の養女として引き取られ、今や王太子の心を掴んで将来の王妃が約束されたヒロイン、リーザ。
ふわふわの金髪にキラキラとした緑の目、小柄な身体は男性の庇護欲をそそるのかも知れない。
鴉の羽よりも黒い髪に同じく黒い目は吊り気味で気が強く見える私とは正反対だ。
この言い方で察しの良い方はおわかりだろうが、私には前世の記憶がある。
そしてこの国は生前やったことのある乙女ゲーの舞台に酷似しており、主立った貴族令息、何より王太子バルトロメオ殿下までゲームの登場人物像と一致していた。
もちろん私は悪役令嬢として出てきた侯爵令嬢ファビーナ。
その中で違ったのは、ヒロインの性格。
ゲームでは明るく一途、健気で真面目な彼女だったのだが、こっちのリーザは男子と女子の前で違う顔を使い分ける腹黒女だった。
おかげで彼女に対する評価は男女で正反対。
とても残念なことに、そんなおかしな状況に対して殿下を始めとする高位貴族男子達は全く疑念を持っていない。今この時点においても。
考えてもみて欲しい。優しい心を持つ少女が、卒業式で一人の令嬢を吊し上げるような所行に賛同するだろうか?
これで申し訳なさそうな表情だったりすれば『王太子達を止められなかったのかも』なども考えられるところだが、こちらに向けてきているのはニヤニヤと勝ち誇りきった顔。
こりゃこいつがけしかけたな、とはっきりわかっちゃうのはどうかと思うな。
壇上に居るイケメン攻略対象達には見えないだろうけど、こっちからは丸見え。
被っていた猫を脱ぎ捨てたせいで、女子の温度は更に下がり、男子は困惑しきり。
彼女からすれば、今更モブ男子からどう見られようと構わないのかも知れないけど。
「いいえ、そのようなことは一切いたしておりません」
だから私がきっぱりと否定すれば、壇上とそれ以外での空気はすっぱり分かれる。
怒りに燃え上がる壇上、全く同調しない会場。
あら、ちょっと韻を踏んじゃったかしら、なんて考える余裕すら私にはあった。
何しろこの後の展開はわかっているのだから。
「何と厚顔無恥な! そんな貴様でも幼少からの付き合いだからと温情をかけてやろうと思っていたが、もういい! そこまで言うのであれば、決闘裁判にて全てを明らかにしてやろう!」
バルトロメオ殿下が、予想通りの台詞を口にした。
そう、その乙女ゲームにはバトル要素があり、最後の最後はこの決闘裁判で悪役令嬢と対決し断罪することになる。
もちろん負ければそこでゲームオーバーなのだが……普通にプレイしていれば、まず負けることはない。バトル要素はイベントを盛り上げるためのエッセンスでしかないのだ。
だから恐らく前世知識持ちと思われるヒロインリーザも余裕綽々なんだろうけど……そう簡単にはいかせない。
「わかりました、その決闘裁判、受けてたちましょう!」
私がきっぱりと言い切れば、意表を突かれたらしく彼女は驚いたような顔になった。
本来の乙女ゲームの展開ならファビアーナは狼狽えまくるところ。
何せ侯爵令嬢というお嬢様なのだから、いきなり『決闘』だとか言われれば驚き怯えるところだろう。
だがこうなることを知っていた私は、王太子バルトロメオ殿下との関係改善に努める傍ら、自分を鍛えていたのだ。
この世界では、高位貴族ほど高い魔力を持つことが多い。
それはファビアーナも例外ではなく、ゲームでは全く鍛えてなかったため大して強くなかった彼女だが、鍛えてみれば魔法だけならトップクラスにまで登り詰めている。
多分、真面目に授業を受けていないリーザは知らないだろうけど。
……ただ、それでも勝算はあまり高くない。
「はっ、悪女のくせに潔いことだ! だが勝てるなどと思わないことだ、こちらは代理人としてゴードンが出るからな!」
今だ居丈高なバルトロメオ殿下だが、それも仕方のないところ。
このゴードン、何でも大人の騎士にすら全戦全勝という強さを誇るらしい。
騎士団長の息子だし、ゲーム中でも剣の腕は最強だったんだから、それも納得するところ。
そしてリーザはこの決闘を見越してか、バルトロメオ殿下達とはイチャイチャしまくりながらゴードンだけは鍛えさせていた。
まあ、彼は筋肉質な体つきだから、リーザの好みじゃなかったというのもある気はしてるけど。
で、多分出てくるだろうと思ってたから剣も鍛えていたのだけど、私にこっちの適性はあまりなかったみたい。
ある程度の腕にはなったけど、ゴードンの攻撃を凌げるかはかなり怪しい。
逆に、最初の魔法発動まで凌げれば一気に逆転出来る自信はあるのだけに、せめて私にも壁役となってくれる助太刀が居てくれたらいいのだけれど……。
「貴様も助太刀なり代理人なり募って構わんぞ? そんな物好きがいるならば、だがな!」
バルトロメオ殿下が余裕ぶってそんなことを言い出すのも当然、リーザの奸計によって私の評判は地に落ちている。
さっきリーザが見せた醜悪な顔で会場側の生徒達の反応は変わり始めているが、ほとんどが伯爵家以下の令息令嬢。
壇上に居る高位貴族令息に逆らう真似なんて出来るはずがない。
そのはずだった。
「ならばワタクシが立候補いたしましょう!!」
いきなり、場違いな程明るい声が響き渡った。
見れば、一人の令息が手を挙げながら前へ進み出てくるところ。
よく通る声、ピンと背筋を伸ばして凜としているはずなのにどこか芝居がかった……いや、道化染みた歩き方。
天パなのか少し波打つ明るい髪色の彼は確か……。
「ピエールさん!? あ、あなた、何を言ってますの!?」
私は思わず声を上げてしまう。
ピエール・クラウンキャスト。騎士科に在籍する子爵令息で、学生のうちに騎士叙勲を受けたという滅多にいない優秀な人材。
とはいえ、魔力量は壇上の面々に比べてかなり落ちるはず。
そんな彼が助太刀なんて、自殺行為でしかないはず……いや、そもそも彼がそんなことをする義理はないはずなのだが。
「は~い、皆様ご存じ騎士科の道化、ピッエ~~ルでございます!
何をとおっしゃられましても、騎士たる者として窮地の淑女を見捨てるなど到底看過出来ぬ事。
不肖このピエール、力不足を承知の上で侯爵令嬢様にご助力いたしたく!」
長い台詞をスラスラと、それこそ道化の口上がごとくピエールが一気に言い切ってしまうえば、一瞬場が静まり……それから、ドッと声が上がった。
「何を考えてるんだあいつは!?」「ばっかじゃねぇの!?」
という声も多かったのだけれど。
「いいぞピエール!」「よく言った~!」
なんて声も聞こえて、少しだけ……いいえ、かなりありがたかった。
何よりも一番ありがたいのは、ピエールの申し出ではあるのだけれど。
ちなみに ヒロインであるリーゼなどは呆気に取られた顔で。
「な、なに?? ピエール? 誰それ知らない……バ、バグ??
っていうかなんでモブがここでしゃしゃり出てきてんの?」
とか言っていた。
まあ、気持ちはわかる。何しろ彼はゲームに出てこない、いわゆるモブなのだから。
こんなキャラクターの濃いモブがいるか! とは思う。
ともあれこれなら勝算が、と私の頭が回り始めたその時。
「ま、まてファビアーナ! 貴様、婚約者のいる身でありながら、なぜその男を名前で呼んだ!」
と、ピエール登場によって勢いを削がれながらもバルトロメオ様が声を上げたのだが、この国の常識から考えれば無理もない。
貴族は基本的にお互いの家名で呼び合い、名前呼びは友人と呼べるくらい親しくならないとしないのが通例だ。
けれど、私が彼を名前で呼んだのには理由がある。
「何故と言われましても、騎士科で剣術の手ほどきを受けていた際に幾度も手合わせしていただいておりますし。いわば剣友と言いますか」
「は? き、騎士科で剣術の手ほどき? お前が?」
完全に予想外だったのだろう、目を白黒させながらバルトロメオ様が言う。
まあ、リーザから吹き込まれていた怠惰で享楽的な私のイメージからは想像もつかないだろう。
さっきも言ったように、私は剣の方も鍛えようとはしたのだけれど、どこでとなればこの学園の騎士科が一番手っ取り早い。
ということで時間を見つけては訓練に参加していたため、騎士科の人達とは親しくさせてもらっている。高位貴族ばかりな壇上の面々は知らないだろうけど。
多分、さっきピエールに賛同してくれたのは騎士科の人達なんだろうな。
さて、折角ボロを出してくれたのだから、こちらからも反撃させていただこう。
「それをおっしゃるのでしたら、殿下。先程そちらの男爵令嬢を、何とお呼びになりました?」
「なっ……じゃ、邪推するか貴様!」
「いえ、邪推などしておりませんが……単に敬称も付けずに呼び捨てをしていたという事実を確認しているだけでございますよ?」
剣友であり位で言えば下の立場であるピエールに対して私はさん付けをしていたのに、バルトロメオ殿下はリーザの名前を呼び捨てにしていた。
これは、家族以外だと親友、あるいは恋人だとか婚約者のように親しい相手にしかしない呼び方なのだが、殿下は今、生徒や学園関係者が集まる中、壇上で堂々と男爵令嬢相手にやらかしたのだ、言い訳のしようもない。
本当にしょうもない。
「う、うるさい! これだから貴様は苛つくのだ、口を開けばああだこうだと逆らう事ばかり!
この決闘裁判で永遠に黙らせてやる!」
何だか悪役みたいなことを言いながらバルトロメオ殿下が身構えたのだけれど。
「いやいやいやいやバルトロメオ殿下、恐れながら申し上げますが決闘裁判はきちんとした手順を踏みませんとただの私闘扱いになりますよ? 騎士叙勲の際に教わったはずですが」
「……は?」
全く恐れていない口調でピエールが言えば、バルトロメオ殿下が固まった。
さっきから当たり前のように出てくる単語、『決闘裁判』。
ゲームではふわっとした説明しかされてなかったのだけれど、実はこれ、結構厳格なもの。
この世界では魔法があり、神様もいる。
科学的捜査なども録音機などもないこの時代に、お互いの言い分が平行線になった時など白黒つけられなくなった案件を神の審判に委ねるため行われるのが『決闘裁判』だ。
神様に自分の正しさを宣誓してから決闘するため、正しき者へと神の加護がもたらされると考えられ、勝者こそが正しかったのだと認められるのがこの裁判形式。
だから神官の立ち会いが必要になるし、色んな手順を踏む必要があるし、それを経ない場合はただの私闘扱いになる。
それどころか、下手なやり方をすれば神を侮辱したことになりかねないため、軽々しく行うものではないというのが常識。剣も魔法もありの危険なものでもあるのだから、当然と言えば当然だ。
そして、殿下は王族の義務として騎士としての教養を学び、騎士叙勲を受けていたりするので、知っているはずなのだが……。
まあ、そういった伝統が形骸化してしまうのもよくあることではある。
「いやしかしだな、この悪女は今この場で断罪せねばだな!」
自分の無教養ぶりを指摘されてしどろもどろになるバルトロメオ殿下。
っていうか壇上の誰も止めなかったってことは、誰も知らなかったの? うそでしょ?
確かに殿下とゴードン以外は騎士とか関係ない面々ばかりだけど、宰相候補とか文官系で頭良い人もいるんだから、決闘裁判に関する法律くらい知ってるでしょうに。
……いやもしかして、リーザに骨抜きにされたから、そこまでポンコツになったの……?
それでいて、国王陛下達が不在のタイミングを狙うという小賢しさはあるんだから……いや、これってもしかして、たまたまそうだったってだけ?
だとしたら、大分残念な面子しかいないことになるのだけど……。
ともあれ、このタイミングでないと陛下の知らないうちに私を断罪する、という目的が達成されないから慌てたのだろうけれど、そこはピエールの方が一枚上手だった。
「そ~~れこそお待ちください! この場で伯爵令息でしかないゴードン氏が侯爵家のお嬢様に怪我でも負わせれば、私闘による高位貴族への傷害扱い!!当然話は大事一直線、最悪、お家断絶だとかもありえる話!!
ところが! な~んと正式な決闘裁判であれば、手に掛けたとて不問になるのです!
何しろ神の御前で行われる、正当な儀式ですからね!」
その言葉に、殿下やリーザの顔が輝く。……いや、あなた達それ喜ぶの、と思うけども。
神の加護を受けての決闘だから、神が正しいと思う程度の被害しか相手には与えられないとされているため、どれだけうちの侯爵家に力があろうと私が殺された場合ですら文句は言えない。
実際はそこまでの加護はなくて、そこまでの罪でもないのに死亡してしまうケースもあるのだけれど……。
だから、勝ちを確信している殿下やリーザからすれば、これはこれでありな話に聞こえるわけだ。
彼らはわかっているのだろうか。私の味方であるはずのピエールが、こんなことを言い出すことの意味を。
いや、わかってないんだろうなぁ……。
「よかろう、ならば正式な決闘裁判にて、そこな悪女を葬り去ってくれるわ!」
うわ、ついに『お前を殺す』発言までしちゃったよこの人。
某声優さんが言えば萌える台詞も、このシチュエーションでバルトロメオ殿下が言えば冷えっ冷えである。盛り上がってるのは壇上の面々くらいのものだ。
まあ、こっちとしてはありがたさすらあるけれど。
「かしこまりました。決闘裁判、確かにお受けいたします」
自信満々で言い切る殿下へと頭を下げながら返せば、それはもう得意げかつ高らかに笑いながら王子達は壇上から退出していった。多分これから決闘裁判の手続きをしにいくんだろう。
これで数日は時間が出来たはず。
「ピエールさん、ありがとう。おかげで何とか勝ちの目が見えてきました」
「いえいえ、ファビアーナ様にはいつもお世話になっておりますので、こちらとしてもご恩返しの機会が出来たと喜んでいるところでして!」
恩人であるピエールさんにお礼を言えば、返ってきたのはそんな言葉。
……まあ確かに、訓練に参加させてもらってる時に目に付いた、備品の不足や設備の傷みに対してうちから寄付をさせてもらったりはしてたけども。
「……それくらいでは、命と家を賭ける対価にはならないでしょうに……」
思わず、湿っぽい声が出てしまう。
この決闘裁判、場合によっては彼が命を落とすこともありえる。
また、決闘裁判が終われば両者は遺恨を残さぬように振る舞うのが仕来りだが、あの王太子達がそんなことを律儀に守るとも思えない。
彼の家が次代において冷遇される可能性は高いだろう。
だというのに。彼は、笑っている。
「いえいえこれでこそクラウンキャストの人間、むしろここで道化とならねば名折れというもの。父に知られれば化粧無しでピエロが出来る顔にされてしまいます! それはもうボッコボコ、青タン赤タンあちこちに!」
そう言ってコミカルな仕草で自分の顔を叩く振りをするピエール。
きっと私を笑わせようとしているのだろうけれど……そんな心遣いに、かえって泣けてしまう。
ああ、私を助けてくれる人、いたんだ。
父や母にも色々と相談していたし、動いてもらってもいたけれど、婚約解消だとか決定的な改変は出来なかった。
どうにもならないと諦めて、でも足掻きたくて一人鍛えていた。
決闘裁判では、父の助けも得られないから。
一人でなんとかするしかないと思っていたけれど、そうじゃなかったんだ。
そんな感慨をしみじみと噛みしめていると、騎士科の人達が集まってきた。
「すまんピエール、お前一人に背負わせてしまって!」
「なぁにいいってことさ、これもまたクラウンキャストの本懐だからね!」
申し訳なさそうな彼らに、やはりピエールは笑って見せる。
道化の家、クラウンキャスト。
普通の人間ならば出来ない馬鹿な真似を、笑いながら行う道化の騎士。
だから「クラウンキャストなら仕方ない」と許されることも少なからずあり、時に庶民の鬱積を解消する役割を担うこともある風変わりな家。
……今こうして接するとわかる。道化を貫くことの、なんと困難なことか。
そして、それでも彼は笑っている。陰り一つなく、笑っている。
……なんだか、胸が熱くなってきた。
「ささ、湿っぽいのはなしなし! 全ては神の思し召し、決闘裁判に勝ってしまえばそれまでだからね!」
笑いながら仲間達を労るピエール。
今一番気を遣われるべきは彼でしょうに。
そんな彼の笑顔から、私は目を離せなかった。
それから数日後。
祭壇などが設置され、厳かな雰囲気を持つ決闘裁判用闘技場に現れたバルトロメオ殿下達の顔色は悪かった。
勝手なことをして国王陛下にしこたま怒られたから……ではない。
そんな殊勝な人間なら、婚約してからの長い間に心を入れ替えているはず。
彼らの顔色が悪いのは、もっと切実で即物的なものだ。
「なぜだゴードン、なぜ騎士叙勲を受けていないのだ!? おかげで私が代理人として出る羽目になったんだぞ!」
「はっ、ま、誠に申し訳なく……」
ここ最近何度も聞いた愚痴を、決闘裁判の直前になってもゴードンにぶつけている殿下。
多分そうなんだろうなとは思っていたけれど、彼らは知らなかったのだ。
決闘裁判の代理人や助太刀は騎士叙勲を受けた者でないと出来ない、ということを。
だから私は父の手助けを受けられないし、騎士叙勲を受けたピエールが名乗り出てくれたことがありがたかった。何しろ、学生で騎士叙勲を受けている人なんてそう多くはないからね。あの時悔しがってくれていた人達は、残念ながらまだ叙勲してなかったからでもあったわけだ。
そして彼ら騎士は弱き者に手を差し伸べることを己に課すため、決闘裁判の代理人や助太刀を依頼されたら出来る限り受ける義務がある。
だから、騎士叙勲に際して決闘裁判に関する規則をしっかりと学ぶ必要もあるのだけど……剣術ばかりにかまけていたゴードンはろくに勉強していなかったから学力試験で落とされ、王族の義務として仕方なしに騎士叙勲を受けたバルトロメオ殿下は、そういった話を右から左に聞き流してたらしい。この分だと、殿下が受けたという試験も相当緩かったのだろう。
ということで、リーザが囲っていた攻略対象達の中で決闘裁判に代理人、もしくは助太刀として出られるのはバルトロメオ殿下ただ一人。
代理人として彼一人で私とピエールを相手にするか、助太刀としてリーザと二人にするかと迫られて、殿下は各方面に泣きついたらしい。
何しろリーザは遊びほうけていたから、バトル方面はからっきし。
どっちにしても一対二も同然な上に、こちらの一人は実力で騎士叙勲を受けたピエール。
殿下に勝ち目なんてあるわけもないのだから。
で、方々に頭を下げまくった結果、リーザの代理人として殿下、その従者としてゴードン、という形で出ることが認められた。
もうこの時点で殿下の名誉は地に落ち、ゴードンの騎士としての未来も暗いものとなってしまっているのだから、まあ機嫌も悪くなろうというもの。
おまけに、ゴードンはあくまでも従者としての参加。
鎧も騎士のそれではなく従者用の簡素なもの、武器も普段見せびらかすように使っている魔法付与された両手剣ではなく普通の片手槍に盾なのだから、相当に屈辱的だろう。
「くそっ、それもこれ貴様のせいだぞ、ファビアーナ!!」
「私のせいと言われましても。決闘裁判などと言い出したのはそちらでしょう?
あれは殿下が言い出したのではございませんでしたの?」
私が小首を傾げながら言えば、殿下はばっと後ろを振り返った。
そこにいるのは、全ての元凶であるリーザ。やっぱり言い出したのは彼女か。
何故彼女が闘技場にいるのかと言えば、彼女が訴えを起こした原告と言える立場だから。
決闘裁判において代理人である殿下が負けた場合、リーザは神に認められなかった訴えを起こした、いわば虚偽告訴の罰をその場で受けることになるのだ。
その罰は神罰として下る場合もあるし、決闘裁判に出た人間がそのまま刃で下すこともある。
その辺りの説明も受けたのだろう、リーザの顔もまた真っ青である。
「だ、大丈夫、私はヒロイン、ヒロインなんだから……あんなモブや悪役令嬢になんか負けない、負けるはずがない……」
ガタガタと震えながら自分に言い聞かせているリーザ。
まあ、そう思いたい気持ちはわかるけれど。
彼女の思うとおりにいかせるわけにはいかないのだから、ここは全力で行かせてもらう。
時間となり、まずは神官に促されて互いに神へ訴える。
リーザは私に酷いいじめを受けていたと。
私は、そんなことは一切していないと。
互いに嘘偽りを言っていないと宣誓し、決闘前の儀式は終わり。
いよいよ、決闘である。
「両者、構えて!」
審判となる騎士に促され、私達はそれぞれの武器を構える。
私は細めの片手剣に小型の盾。鎧は動きやすさを重視して金属製の胸当て小手、すね当てと重要な部分のみに。
ピエールは両手剣に全身を覆う金属鎧。
対する殿下は同じく両手剣に金属鎧。ゴードンは先程言った通りである。
私達が互いに構えたのを見た騎士が手を挙げて。
「始め!」
大きな声と共に手を振り下ろした。
その瞬間。
「ピッエ~~~ルゥゥゥ、キィ~~~ック!!!」
甲高い声で叫びながらピエールが跳んだ。
次の瞬間。
「ぎゃあああああ!?」
ゴードンが、吹っ飛んだ。
「は?」
呆気に取られる殿下。
いや、正直私も呆然としそうになった。
ピエールキック。彼がそう言った通り、ピエールはゴードンを蹴った。
いわゆる跳び蹴りという奴だったのだが、その勢いも破壊力も桁違い。
食らったゴードンは何とか盾で防ぎはしたものの、勢いを受け止めることが出来ずに吹き飛び、壁際でぐったりと転がっている。
「……え? ゴードンさんって騎士団で大人に交じって訓練していて、しかも負け無しとか言っていませんでしたか?」
「あ~、それがですねぇ、騎士団の先輩に聞いてみたら、どうも忖度されていたみたいでして!
まあそりゃ騎士団長の息子を本気で殴れる奴なんていないでしょうからねぇ」
私が何とかそんな問いをひねり出せば、明るく笑いながら答えるピエール。
え、まって、彼には勝てないだろうと悲壮な決意を抱いていたあの時の私の立場は。
「これが騎士科の訓練ですと、先生方はどんな相手も容赦なくシゴいて良いというお許しを国王陛下直々にいただいてますからねぇ。もしかしたらゴードン氏はそれを嫌ったのでは、なんて噂もある始末でございまして!」
「ピエールさん、それ多分半ば以上確信してましたわよね?」
「はっはっは、な~んのことやらわかりませんね!」
思わず、溜息を吐いてしまう。
多分、この形での決闘裁判が決まった時点で、ピエールは九分九厘勝利を確信していたのだろう。
もしもゴードンが魔法付与された剣を使えていれば、万が一はありえた。
だがそれも封じたとなれば、後は実力差だけが物を言う。
そして、物を言わせた。結果、ゴードンは蹴り飛ばされて転がるという、騎士としては凄まじく無様な負け方。
……これ、ゴードン終わったわね、精神的に……。
しかし、決闘裁判は終わっていない。
「まあ、いいでしょう。まだ殿下が残っておりますし」
「なるほど、それもそうですねぇ」
「ひぃっ!?」
私とピエールさんが揃って剣を向ければ、バルトロメオ殿下はへっぴり腰で後退る。
……こっちも精神的に終わらせた方がいい気がしてきたわね。
「ねえピエールさん。少し手出ししないでいただけるかしら」
「おや、殿下と一騎打ちをお望みで? もちろんこのピエール、お望みのままに!」
そう言うと、ピエールは剣先を下げて少し下がってくれた。
それを見てバルトロメオ殿下は顔を赤くしながら剣を構え直す。
「き、貴様っ! ファビアーナ、貴様、俺を馬鹿にするのか!」
「いえ、馬鹿になどしておりませんわよ?」
そう言いながら私は踏み込んだ。
まずは、顔を目がけての突き。
「ぬおっ!?」
殿下は慌てて払うも、重たい両手剣には慣れていないのか、それだけで体勢が崩れそうになるのはどうなのかしら。
そこに乗じて私は、顔に、小手に、胴に、と時折フェイントを交えながら突きを繰り返していく。
「き、貴様っ、女のくせに生意気だぞ!」
「……」
「ええい、何をブツブツと! いつもの大声はどうした!」
などと言われても私は答えない。答えられない。
やや単調に……殿下でも受けられる程度に攻めのペースを落として。
肩、腕、頭、喉。
上半身に攻撃を集中させたところで、私はいきなり身体を沈み込ませ、殿下の足下を蹴り払った。
「うわぁ!?」
意識が完全上に行き足下がお留守だった殿下は、抵抗することも出来ずに転び。
入れ違うように立ち上がりながら、私は詠唱していた魔法を完成させた。
『顕現せよ、凍てつく茨の森』
私の言葉に応じて、殿下の周囲を包囲するように鋭いトゲを備えた氷のツタが何本も何本も張り巡らされる。
これで殿下に逃げ場はなく、後は私が命じるだけで氷のツタはその鋭いトゲで刺し貫きながら殿下を締め上げることだろう。
「ま、まて! お、俺は王太子だぞ、俺を殺したらどうなると思っている!?」
ここまで追い詰められれば流石に拙いと悟ったのだろう、殿下がそんなことを言い出したのだが……私は、ニッコリと笑って返した。
「ねえ殿下。先日、ピエールさんが言っていたことを覚えてらして?
この決闘裁判では、伯爵令息が侯爵令嬢を手に掛けても罪とならないのです。
であれば……侯爵令嬢が王太子を手に掛けても同様だとは、お思いになりませんでしたの?」
「は? は、あ……? はあぁぁっぁぁ!?」
ようやっと理解したらしく、バルトロメオ殿下は言葉にならない悲鳴を上げる。
あの時、私の味方であるはずのピエールさんがあんなことを言い出した、本当の狙い。
それは、私に公然と殿下を始末する権利を与えること。
自分達が勝つと決めてかかっていた殿下達は、そのことに気付かなかったのだろう。
「さ……決着をつけましょう、殿下?」
多分今までで一番いい笑顔を見せながら私が手を動かせば、茨の檻が軋み、狭まっていく。
そのトゲは冷たく鋭く、じわじわと殿下へ向けて進み。
「ひぃっ! や、やめっ、やめぇぇぇぇぇ!?」
トゲに怯え、身を縮こまらせながら悲鳴を上げ続け。
ついに限界を超えたのか、殿下は白目を剥いて気を失った。
「流石に、気絶した方にトドメを刺すのも気が引けますわね……。
騎士様、これで決着かと思いますが、いかがでしょうか」
「はい、リーザ嬢の代理人及び従者の二名戦闘不能により、ファビアーナ嬢の勝利と認めます」
審判である騎士が宣言すれば、途端にあちこちから歓声が沸き上がる。
……いつの間にやら、殿下やリーザは随分と求心力を失っていたらしい。
そして、ドサリという小さな音。
闘技場の隅で突っ立っていたリーザが、腰を抜かしたかのようにへたり込んでいた。
決着がついた、ということは。
「さ……次はあなたが罰を受ける番ですわね?」
「ひやっ、ひゃ、ひゃめてっ、ひゃめてっ!」
私が一歩、二歩、と歩みを進めれば、舌が回らないのか不明瞭な声で何かを言っているリーザ。
いやまあ、大体何を言ってるのかはわかるんだけども。
「許してあげると思う? あなた、私がもしも負けた場合どうするつもりだったかしら」
「ひぃ!? い、いやっ、いやああああ!!!」
一体何を想像したのか、頭を抱えてガクガクブルブル震えるリーザ。
いや、一体何を考えてたの、この子。まさかゲームであったみたいに、決闘中に斬り殺させるだとか処刑台の上でギロチンにかけるとか地下で拷問に掛けて殺すだとか考えてたわけ?
ほんとに元日本人? 怖いわぁ……。
「えい」
「ぎひゃあああああああ!?」
ドン引きしながら剣の先端でちょんと突いてみれば、その程度の痛みでビビったのか耳をつんざくような悲鳴を上げて。
リーザは気を失ったらしく、がっくりと脱力してだらしない姿をさらしたのだった。
こうして、私の決闘裁判は無事勝利で終えることが出来た。
とんでもない醜態をさらしたバルトロメオ殿下は廃太子どころか王族籍も失ったのだが……多分本人は理解できていない。
どうやら恐怖の余り心が壊れてしまったらしく、同じくあちらの世界の住人となったリーザと一緒に離宮の狭い一室で一生を過ごすことになりそうだ。寿命を全うすることが出来るかはわからないが。
ゴードンは初めて自分の本来の実力を突きつけられたことで……一念発起してくれれば良かったのだけれど。残念ながら肥大したプライドが現実に耐えきれず、部屋に引きこもっているという。
リーザの取り巻きと化していた高位貴族令息達もそれぞれに再教育だとか修道院送りだとかになり、恐らく誰も貴族社会に戻ってくることはできないだろう。
これらは全て、王家やそれぞれの貴族家による対応。
うちの侯爵家からは何も要求していない。だって、決闘裁判ってそういうものだからね。
だから、王太子だったバルトロメオをあそこまで追い詰めてもお咎め無しなわけだし。
それに、今の私にはそれよりももっと大事なことがある。
「ようこそいらっしゃいました、ピエールさん」
「本日はお招きに預かりまして、このピエール感激にございます!!」
私は、改めてお礼を、とピエールを侯爵家へお茶会に招いていた。
ちなみに、無粋だとはわかっていたけれど金銭的なお礼も申し出たのだが、やはりクラウンキャスト家から正式に断られている。
『クラウンキャスト家として為すべき事を為しただけのこと、我々にとってはあなたの宝石よりもまばゆい笑顔こそが何よりの報酬でございますとも!』
とか当主であるピエールのお父様から言われたら、それ以上言うことも出来ない。
……あそこは親子揃ってああなのね……将来のために慣れておかないと。
そう、今日の私の目的は決まっているのだ。
「ねえピエールさん。あの時助太刀を買って出てくれたのは、本当に恩返しだけだったのかしら。
何度も言うようだけれど、過大というか……こちらからお返しをし直さないといけないくらいなのだけれど」
そうじゃないといいな、という期待を込めた視線を向ければ、一瞬ピエールの視線が泳いだ。
……これは脈がないわけじゃないとみた。
ということでしばらく視線で圧力をかけ続ければ、ふぅ、とピエールがため息を吐いた。
「道化としてのワタクシと、一人の人間としての俺と、どちらの言葉をお望みです?」
「あらまあ」
ちょっとびっくり。素の一人称は俺なのね。
でも、それはそれでギャップがあっていいわね。
「もちろん、一人の人間としてのあなたの言葉を」
「そうですか、わかりました。
……ただし、覚悟してくださいよ?」
そう言いながら彼が見せたのは、今まで一度も見たことのない笑顔。
何故か、私の背中にゾクゾクとしたものが走るけれど、決して不快ではないのが不思議なくらい。
やばい、食べられそう。
「道化の仮面を脱いだら、俺だって一人の男なんですから」
「むしろそれを望んでいると言ったら、どうします?」
私が問いかければ、一瞬だけびっくりしたような顔になるけれど、すぐにまたさっきの……いや、もっと色気の増した笑みを向けられる。
「もちろん、俺の全力でもって口説かさせていただきますとも」
そう言いながら彼は、私の手を取ってその甲に口づけたのだった。
ちなみに、お父様が持っている爵位の中から伯爵位をもらう約束を取り付けており、ピエールが私を口説いてくれたら彼にその伯爵位を継いでもらうことで身分差をどうにかする算段はついている。
家はお兄様が継ぐから領地はもらえないんだけど、ピエールは騎士団に入るから収入的には問題ないし、この国だと領地無しの宮中伯は騎士団内で出世しやすいから、これはこれで。
ほら、騎士団長も伯爵だったじゃない。あんな感じで。
特に侯爵家と縁続きの人間となれば、騎士団としても上にいってもらって色々便宜を図ってもらいたいところだろうし。
ということで、外堀を埋める準備は出来ている。
後はピエールが私を口説いてぱっくんちょしてくれるだけで万事が上手くいくはず。
ということで、ピエールカモン!
とか腹黒い計算をしていることなどおくびにも出さず、手の甲に口づけられた私は頬を染めた。
うん、演技でもなんでもなく、素で。
け、結構私も、絆されてたんだなぁ……でもほら、仕方ないと思う。
そんな言い訳を自分にしながら、私はピエールに口説かれる幸せに身を委ねたのだった。
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