チェーンソーエンジェル
機械駆動鋸天使
「私の世界は、モノクローム。
私は機械。
人を殺すための機械。
それしか出来ない機械」
20XX年の暑い夏。
ネオ東京の渋谷ストリートで、国際指名手配されたサイボーグたちによるテロが発生した。
1キロ四方を、たった3人のサイボーグに制圧された。
テロが発生してから、わずか数分の間に死者は数十名を数えた。
サイボーグ。
最初は埋め込み型の情報端末だったのが、身体機能強化系のグッズの普及により一気に人類のサイボーグ化は進んでいった。
結果として、人を傷つけるための武器を開発する者が出てきて、戦争などでも活躍するようになり、戦う改造人間は一般化してしまった。
世界では、もはや町ですれ違う人の半数以上が、何らかの機械を体に装備している。
それが、人を殺せるような武器である者も一定割合でいたのだ。
ネオ日本では、サイボーグと言えども銃や刀剣類の装着は禁止されていた。
だが、その法規制の目をかいくぐって、暴力で自分を押し通そうという者が頻発し始めていたのだ。
町に戦闘型サイボーグがあふれる海外と違い、ネオ日本の町には戦闘型は殆どいない。
まさに世界のサイボーグテロリストにとって、デモンストレーションの場として狙い目の都市がネオ東京だった。
今回の事件のサイボーグテロリストは3人。
一人目は、ジェリーフィッシュ。
背中に付けた4つのローターには、回転翼が3枚ずつ収まっていて、自由自在に空を飛び回る。
目は特殊カメラになっており、1キロ先を飛ぶハエの動きを追うことが出来る。
そして、右手に内蔵した小型レールガンで打ち出す金属弾は、そのハエを撃ち抜く精度を誇っている。
二人目は、ゴーレム。
怪力のサイボーグ。身長2メートルの巨体は、金属が主体で体重は5トンもある。
防御力は高く、口径20mmの対空用機関砲で撃たれても、その弾を弾き返したと言われる。
彼のパンチを生身の人間が食らうと、五体はバラバラになって吹っ飛ぶらしい。
三人目は、パラディン。
万能型の軍用サイボーグの派生型で、時速80キロで走ることが出来、人間の使用できる武器を使って戦う。
ただ、彼は非常に優秀な頭脳を持っており、3人のリーダー格のように振る舞っている。
ゴーレムが自身に内蔵されたスピーカーで、数キロ四方に響き渡る声を飛ばす。
「今、この声が聞こえる奴らは、一切の身動きを許さねえ。
動いたら、殺す。
建物の中にいるからって、安心するんじゃねえぞ。
おい、ジェリーフィッシュ。何人か殺して見せろ」
上空を舞うジェリーフィッシュが、右手をあるビルの方に向ける。
ビルの壁に点々と穴が開いたと思うと、ビルの中から悲鳴が上がる。
そして、野外で逃げようと走っていた人々が次々と撃たれて倒れていった。
「おいおい、何人か見せしめにしようとしたが、バカばっかりかよ。
動いたら殺すって言ってるのに、どうして動くんだ?
もう何十人も死んじまったな。
まだ動くなら、何百人でも何千人でも殺すぜ」
ゴーレムの言葉で、町の動きは止まった。
さらに、ジェリーフィッシュは飛んできた報道のヘリと警察のヘリのパイロットを射殺した。
2機のヘリは墜落して爆発炎上した。
墜落場所に猛煙が立ち上ったが、誰も動けなかった。
「よし、静かになったな」
パラディンが、携帯電話でネオ日本政府との交渉を始めた。
老婦人に手を引かれた小さな少女が、声をかける。
「あ、あのー、天使のお姉ちゃん。ずっと、変わった姿勢で立っているけど大丈夫?」
動くなと言われたので動作を止めていたその女は、少し戸惑いながら聞き返す。
「天使のお姉ちゃん?
私のことか?」
不自然な姿勢を全く崩さないその女性は、華奢な体で身動き一つしない。
まるで、何かで固定されているかのように微動だにしない。
そして、顔を仮面で隠していた。
白い能面のような仮面だ。
「うん。だって、天使を連れているから」
「私は確かに天使と呼ばれることが多いが、そんな理由で呼ばれるのは初めてだな。
この仮面のせいで、怖がられることの方が多いんだが」
「見かけで人を怖がったりしないよ。
お姉さんからは悲しみを、その天使さんからは平穏な心を感じるから」
女の肩の上にチョコンと座っている小さな天使、確かに少女には天使に見えたものが答える。
「ほおー、お嬢ちゃんには、俺様の姿が見えるのかい?」
「えっ? 他の人には見えないの?」
少女の手を引く老婦人が不審そうだ。
「リエちゃん、誰とお話ししているの?」
「おばあちゃん、ほら。この人の肩の上に座っている天使だよ」
肩の上に天使を乗せた女が、意外そうにつぶやく。
「驚いたな。私の肩の上にいるモノは、魔将ザンニンだ。
見る者によって姿が違って見えるとは聞いていたが、お嬢ちゃんには天使に見えるんだ」
「へへへへ、純真な少女には、俺様の優しい心が見えるんだな。
だから天使の姿に見えるんだ」
「これはまた驚いた。
お前に優しい心なんてものがあるんだ」
「おいおいスージー。そりゃないぜ」
女と肩の上の天使のやり取りを聞いて、少女が微笑む。
「お姉ちゃん。スージーさんっていうんだ。
私はリエ。おばあちゃんの名字をもらって、リエ・イルマっていうんだ」
「そうか。リエ、こんな状況で冷静だな。
まあ、ザンニンの姿は普通の人間には見えない。
死と隣り合わせの境遇の者だけに見えるらしいからな。
小さいけれど、君はこちら側の人間なんだな」
老婦人が困ったような顔になる。
「この子の両親は、この前のサイボーグテロの時に亡くなったんです。
この子もその場にいたんですが、その時以来恐怖の感情が無くなってしまったみたいなんです」
「そうなのか。恐怖の感情が無くなるのは、危険だな。
リエ。怖いものがないなら、危険なモノに近寄らないようにしろよ」
スージーのアドバイスに、ザンニンがツッコミを入れる。
「おいおいスージー。
今がその危険な時だろう。
近寄らなくても、向こうから危険が近寄ってきているぜ」
「どうして、この子の身には危険ばかり降りかかってくるのでしょう。
あっ……」
老婦人が、立ち続けているのに疲れたのか、よろめいた。
ジェリーフィッシュがパラディンに連絡を入れる。
「今ババアが一人動いたから、頭をぶち抜いてやろうと鋼の弾を一発食らわしてやったんだが、隣に立っていた女がその弾を素手で捕まえやがった。
あの女、普通じゃねえぞ」
「お前のレールガンの弾を手で止めただと?
それは、相当レベルの高いサイボーグだ。
すぐに顔写真を送って来い」
直後にパラディンの持っていたタブレットに、ズームした女の顔が送られてきた。
パラディンは、直ちにサイボーグデータベースに照会する。
「仮面で顔を隠しているが、恐らく間違いない。
ジェリーフィッシュ。その女は、御堂スージー。
日本の公安当局のサイボーグだ。
コードネームは『チェーンソーエンジェル』
情報はあまりないが、網走事変の唯一の生き残りだ。
警戒が必要だ」
横からゴーレムが口をはさむ。
「へーっ、ジェリーフィッシュのレールガンの弾を素手で止めるなんて、スゲーじゃねえか。
そのうえ、あの網走事変の生き残りなのかよ。
数百人の戦闘用サイボーグが死んだっていう。
ちょっと、行ってくらあ」
「お、おい、ゴーレム。ちょっと待て。
情報のない敵に、いきなり攻撃するのは危険だ」
「ハッハ、誰に向かって言ってるんだよ。
俺と互角に渡り合えるサイボーグなんて、世界に何人もいねえよ。
ましてや、このネオ日本にはいねえと思うぜ。
少しでも俺を楽しませてくれそうなんだから、止めるなよ」
そう言うと、ダッシュしてスージーたちのいる方に向かって行った。
「おい、貴様が『チェーンソーエンジェル』か?
たいそうご立派なコードネームじゃねえか。
さぞかし、つええんだろうな」
数秒後には、ゴーレムはスージーたちの前に立っていた。
「なんだ? もう動いても良いのか?」
スージーは、全く動かずに質問する。
「ああ、良いぜ。
俺と戦っている間はな」
そう言って、ゴーレムはいきなり右のストレートパンチを繰り出した。
スージーは、体を横に振ってスレスレのところでパンチをかわす。
「さすが、ジェリーフィッシュのレールガンの弾を止めるだけはある。
俺の高速パンチを避けられるなんてな。
俺のパンチは、一発食らうと新幹線に跳ねられるのと同じダメージらしい。
お前がどれくらい耐えられるか見てみたいんだ」
ゴーレムは右、左とストレートパンチを連続で繰り出すが、ことごとく避けられる。
「そうか。じゃあ、これだったらどうかな?」
ゴーレムは、近くにあったベンチを地面からはぎとると、スージーに向かって投げつけた。
これを避けると、リエたちに当たってしまう。
ガイーン
スージーは、腕を十字に組んで飛んできたベンチを弾き返した。
そこにゴーレムはパンチを打ち込む。
パンチは、スージーの右頬をかすめる。
風圧で仮面が取れて、飛んでいく。
キレイな顔が現れた。
ただ、彼女の右頬には、3本の傷跡があった。
「へっへ、変な仮面をつけているから、よほど隠したいような顔なのかと思っていたぜ。
随分美人じゃねえか。
それに、カッコいい傷があるな。
まあ、若いお姉ちゃんには似合わねえけどな」
ザンニンが、つぶやく。
「あの傷は、俺様が付けたんだけどな」
ゴーレムは、突然ジャンプするとリエの手を引く老婦人の前に現れる。
そこで、老婦人の顔面にパンチを食らわす。
と思ったが、空振りした。
スージーが二人を抱えて逃がしていた。
あまり急に移動したせいで、少女の髪に付けていたティアラが外れて地面に落ちた。
「あっ、お母さんの形見が……」
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母の形見と聞いて、スージーの頭にある光景が浮かんだ。
まだ幼いスージーに、母が優しくささやく。
彼女は、母の顔も名前も覚えてはいない。
「スーちゃん。ここは危ないから、手をつないで行きましょうね」
「うん。ママ」
しばらく手をつないで歩いて行って、不安になったスージーは母の方を見る。
「ママ、ママ、どこに行ったの?」
スージーの手には、母の手だけが残っていた。
母の手は、腕の途中から先が無くなっていた。
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「へっ、形見だとかなんだとか、死んだ奴のことを未練がましいぜ」
ゴーレムが、落ちていたティアラを踏みつける。
ティアラは、ぐちゃぐちゃにつぶれた。
「お母さんの形見が……
また一つ、お母さんの思い出が……」
少女の目から、涙がこぼれ落ちる。
踏みつけられて壊れたティアラをスージーが拾う。
「ここまで壊れては、修理は難しいな」
「二度と元に戻らねえように、しっかり破壊してやったんだよ。
良かったな」
「貴様。許さんぞ!」
スージーが叫ぶ。
「ハハハハ、許さないって、どうするんだ?」
ゴーレムが素早く移動してスージーにパンチを繰り出すが、また避けられる。
「結局、逃げ回るばかりじゃねえか」
業を煮やしたゴーレムが上空のジェリーフィッシュに向かって叫ぶ。
「おい、ジェリー。
この女が俺のパンチをかわすたびに、上空から一人撃ち殺せ。
そうすりゃ、避けられなくなるだろ」
スージーは、少し声を荒げて抗議する。
「お前ら……
人を殺して、心が痛まないのか?」
「ああ。痛まないね。
だからどうした?
許せねえか?」
「いや。うらやましい」
スージーは、目を伏せる。
意外な答えに、一瞬ゴーレムは考え込む。
「まあ、どうでもいいぜ。
お前が逃げなければ、無理に一般人を攻撃したりしないぜ。
お前の耐久性が見てみたいんだ」
「そうか。そうでもしないと当たらないんだからな」
「減らず口をたたいてんじゃねえ。
死にやがれ」
ドンドンドーン
ゴーレムは、右左右とワンツーパンチを繰り出し、最後の一発を思いっきり体重を乗せて打ち込んだ。
スージーは吹っ飛んでいき、雑居ビルの壁に打ち付けられた。
「ゴフッ」
スージーの口から液状のモノが滴る。
ゴーレムは、壁に張り付いたスージーに向かって、執拗にパンチを浴びせかける。
「ハッハー。避けるなとは言ったが、打ち返すなとは言っていないぞ。
反撃しても良いんだぞ」
返事がないので、ゴーレムはさらにパンチを繰り出す。
「まあ無理なのか。ダメージで、もう反撃できねえんだな。
貴様は結局、素早さだけがとりえの雑魚だったわけだ」
パンチのショックは、スージーが背にした壁に伝播する。
コンクリートの壁にヒビが入り、しまいには崩れてしまった。
スージーが壁に空いた穴に倒れこむように、ゴーレムが斜め上からパンチをかました。
その後、雑居ビルの鉄骨の柱にもパンチを食らわす。
雑居ビルは轟音とともに崩れていき、後には瓦礫の山だけが残った。
もう、スージーの姿は見えない。
「へっへ、一丁上がりだ」
自慢げなゴーレムに、パラディンが無線で呼びかける。
「おいおい、あまり無茶するなよ。
公安が別のサイボーグを送り込んできたら面倒だ」
「へっ、何人来ても、俺が倒してやるよ」
ゴーレムは、歩いてパラディンのいる方向、さっきまで自分のいた場所に戻っていく。
そこに、一機のドローンが飛んできた。
「なんだあ?
こんなところにドローンを送り込んでくるって、何考えてやがるんだ?
しかも、変な音楽を流しやがって」
スピーカーから音楽を流している。
カゴメカゴメの音楽だ。
いぶかしがるゴーレムの頭上で、ジェリーフィッシュの狙撃を受けてドローンが撃墜される。
ドローンは、ゴーレムたちの近くに墜落した。
音楽が止まる
撃ち落されたドローンから、ノイズ交じりの音声が響く。
「ガ、ガガ……
エージェント名チェーンソーエンジェルに指令を伝える。
エンジンオン。籠の中から出る時が来た。
指令ナンバー7、攻撃許可。繰り返す。攻撃許可」
「ハハハハ。このドローンを飛ばした奴は大馬鹿だな。
指令を受けるチェーンソーエンジェルは、がれきの下でおっ死んじまってるぜ」
ゴーレムが笑い飛ばす。
「お、お姉ちゃん」
リエが泣きそうな顔になっているのを、ザンニンが慰める。
「心配すんな。
チェーンソーエンジェルは、あんなもんでくたばったりはしねえよ」
キュルルル、ブン、ブン、ブーン
セルモーターが回る音の後、どこかでエンジンがかかる音がする。
ブーン、ブオーン、ブオオオーン
崩れた瓦礫の中から、エンジンの音が響く。
瓦礫が細かく振動しているのが見える。
「おい、あれは何だ?
ジェリーフィッシュ、様子を見てこい」
パラディンに言われたジェリーフィッシュは、4つのローターでホバリングしながら瓦礫に近づく。
瓦礫の山から、白い煙が吹き上がる。
コンクリートが粉砕されて煙になっているのだろう。
「おいおい、これじゃ何にも見えないぜ」
ジュリーフィッシュの姿が煙に覆われて見えなくなる。
と、突然白い煙の一部が赤くなった。
「おい、ジェリーフィッシュ。どうした?
返事をしろ!」
だが、何の反応もない。
しばらくすると、赤い場所を含んだ白い煙が風に飛ばされる。
そこには、人影が一つだけ立っていた。
「攻撃許可。確かに受け取りました」
一歩一歩地面を踏みしめて、前進する。
「夜明けの晩に、鶴はすべった。次は亀だ。
お前らに、次の朝日は昇らない」
「あれだけの攻撃を浴びて、生きていやがったのか。
面白いぜ。今度こそスクラップにしてやる」
ゴーレムは嬉しそうにダッシュすると、がれきの中から出てきたスージーの前に立ちはだかる。
「攻撃許可って、俺に攻撃をするってのか?」
「そうだな。そういうことになるな」
ゴーレムは、スージーの返事を笑い飛ばす。
「ハハハハ、分かるか?
俺の体重は、5トンだ。
サイボーグは、どれくらいの金属を体に取り込んでいるかで強さを測ることが出来る。
つまり、重ければ重いほど強いってことだ。
お前の体重は、さっき殴った感触から500キロ以下ってところか。
要するに俺は、貴様の十倍強いってことだ」
「そうか、お前は私の10倍の物理的な強度を持っているわけだ。
死ぬまでの痛みも、10倍感じることになるかも知れないな」
「なんだ、その物理的などうこうってのは?
力は、強さなんだよ。
貴様は俺より弱いってことを、これからしっかり教えてやるよ。
まあ、貴様が生きていられるわずかな時間の間だけだけどな」
「わずかな時間?」
「貴様は、あの網走事変の生き残りらしいな。
運だけでは、この局面は切り抜けられねえぞ」
「そうだな。あの時、気づいたときには、幾百の屍が散らばっていた。
運か? 運がなきゃ、生き残れなかっただろうな」
「10倍の力量差を、その体で体験させてやるぜーーっ!」
ゴーレムが、叫びながらスージーに向かって跳躍する。
ゴーレムの言葉を無視するように、スージーがつぶやく。
「毎分1千回転」
ブーン、ブーン
スージーの背中に天使の羽根のように2本のチェーンソーのようなモノが、うなっている。
「へへへ、それで『チェーンソーエンジェル』なんだな。
ジェリーの奴も、そのチェーンソーで粉砕されたわけだ。
しかーし、背中に回り込まなければ、お前のチェーンソーで切り裂かれる心配はないぜ。
わざわざ貴様の後ろの正面に立ってくれるマヌケは、ここにはいない!」
ゴーレムは、身を翻してスージーの真正面に立つとパンチを連続で繰り出す。
スージーはそれに合わせてパンチを返すが、威力の違いで2メートルほど後退した。
「毎分2千回転」
スージーがつぶやくと、エンジンの唸る音が大きくなる。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる。
食らいやがれ!」
ゴーレムが同じようにパンチを繰り出すが、今度は一発のパンチに数発ずつ返されて、互角に打ち合っているように見えた。
「毎分3千回転」
スージーがつぶやくと、エンジンの唸る音がさらに大きくなる。
今度のパンチのやり取りは、ゴーレムが後ずさりしそうな勢いだ。
「毎分5千回転」
スージーがつぶやくと、エンジンの唸る音がさらにさらに大きくなる。
「えっ、こんなバカな」
ゴーレムは、スージーのパンチの応酬に押され始める。
「毎分1万回転」
スージーがつぶやくと、エンジンの唸る音が大きく甲高くなっていく。
もはやゴーレムは、完全にスージーの攻撃に成すすべなく押されまくる。
そして、それからは無言のままスージーのエンジンの回転数は上がり続けていく。
スージーのパンチの速度も威力も上がっていく。
スージーが笑い始める。
「ウフ、ウフフフ
どうした? 私を殺すんじゃなかったのか?
その程度の力で、私と渡り合う気だったのかーっ?
網走事変で私と殺し合った奴らは、もっと骨があったぞー!
全力で立ち向かって来いよー!」
それを見て、魔将ザンニンがほくそ笑む。
「おう、でかしたぞ。ゴーレムとやら。
死と隣り合わせの今なら、俺様が見えるだろ?
チェーンソーのやつは、あと少しでバーサーク状態だ。
俺様の体を取り戻すための下準備が整う」
「バ、バー……?」
「なんだ? お前もバーサーク状態に移行しようとしているか?
俺様が手助けしてやろうか?」
「て……?」
ゴーレムは、ガクリと膝をついた。
そのまま倒れこみ、二度と立ち上がってくることは無かった。
「なんだよ?
死んじまったのかー。
期待外れだなー」
がっかりした様子のザンニンに、スージーが話しかける。
「おい、ザンニン。
呆けている場合じゃないぞ。
一人逃げた。
まだ生きているから、食っていいぞ」
「チェッ、もう殺したくないからって、俺様に依存かよ」
「嫌なら私が殺しに行くから、別に良いけど」
「別に嫌じゃねえよ。
ちょっと言ってみたかっただけだ」
「チェーンソーエンジェル。
ゴーレムを圧倒するほどの力は、恐るべきものだ。
だが、ゴーレムの奴が背中のチェーンソーに惑わされたのも事実だ。
あいつのチェーンは、本当に動力伝達用なのだろう。
ゴーレムのようにパワー勝負に持ち込まなければ、勝機はある」
パラディンが逃げながら、次回のために作戦を練り直す。
突然力が抜けたように、パラディンが立ち止まる。
「あ、足に力が……入らない。
えっ?」
ハッと見ると、腹に刺さった金属棒から血が滴っている。
「これは、ジェリーフィッシュのレールガンの弾だ。
手で受け止めた弾を、投げ放っていやがったのか。
それにしても、いつの間に食らっていたんだ。
気づかないうちに血を失って、動けなくなったのか」
立っている場所が陰になったので見上げると、大きな龍が口を開けている。
「えっ? ど、ドラゴン?」
「おう、死期が迫って俺様が見えるみてえだな。
ドラゴンに見えるかい?
俺様の魂の渇きが、そう見せるのかな?」
「ドラゴンが、言葉を?
そ、そんな化け物が、な、何をしに来たんだ?」
いつも冷静なパラディンが、うわずっている。
「化け物とは失礼だなあ。
昔のことなんだが。
俺様はなあ。たくさんの死の匂いにつられて網走事変の現場に行っちまったんだ。
そこで、バーサーク状態になったスージーの奴に実体を奪われちまった。
実体を取り戻すためには、その状況を再現しないと無理みたいなんだ。
今回のスージーは、もう少しでバーサーク状態まで行きそうだったんだが、残念だった。
それで、まだしばらくこのアストラル体で過ごさなきゃいけないみたいなんだ。
この状態だと、生きていくための糧として感情を持った生き物を食いたいんだが、なかなか機会がない」
「まさか、俺を食おうというのか?」
「ピンポーン、正解」
そう言うと、大きな龍の姿のザンニンは大きく口を開けて、パラディンを一飲みにした。
「サイボーグって、生身が少ないんだよな」
文句を言いながら、ペッと金属部品を吐き出した。
ゴーレムの遺骸の前で、スージーは一人立ち尽くす。
「ハ、ハハハ……
また命を奪ってしまったのだな。私は」
スージーは目元を手で隠す。
しかし、涙が流れた跡は隠せない。
拾ってきた白い仮面を、また付けた。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんが悪者をやっつけてくれたから、私たちは生きて今ここにいるんだよ。
あのままだったら、もっとたくさんの人が死んでいたよ」
リエが、肩を落としたスージーに声をかける。
「わ、私……、生きていて良いのかな?」
パラディンの所から戻ってきたザンニンも、スージーを慰める。
「お前さんが生きていてくれねえと、俺様の実体を取り戻せなくなっちまう。
そこの女の子もお前さんのことが好きみたいだし。
生きてりゃいいんじゃないか」
「お姉ちゃん。天使さんが言うように、私はお姉ちゃんが大好きだよ。
お姉ちゃんみたいに強い人が守ってくれないと、今日みたいな強くて悪い奴らに皆殺されちゃうよ」
ザンニンも同調する。
「ドンドン強くて悪い奴らを倒してくれよー。
そうすりゃ、いつかお前さんをバーサーク状態にするような強い奴が現れるだろうからな」
スージーは、つぶやく。
「そうか。悪い奴らをやっつけるために生きていけばいいのか。
生きる意味が出来たかもな。
私の世界に色が付いた気がする」
夕焼け空が、スージーたちを、スージーの白い仮面を、赤く染めていた。