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第二十九話

「もうすぐ日が暮れる。そろそろ帰るか」


 そう言って立ち上がったエリアスに対し、膝の上でギュッと拳を握ってずっと気になっていたことを口にする。


「……皆は私のことを、許してくれるかしら」

「え?」

「私、皆に酷いことを言ってしまったの」


 魔物が屋敷に現れた時。

 私は、彼らの制止の声を振り切って、自ら魔物と対峙した。

 彼らが守ろうとしてくれたのに。


「それだけではない、エリアスだってフリュデン侯爵に言い返して私を守ってくれたのに、家出なんてして」


 ララは、エリアスと共にフリュデン侯爵の話を聞いていたから、私がフリュデン家の者ではないことを知っている。

 ララだけではない、きっとエリアスの屋敷の者達皆に知られているはずだ。


「……皆は、私のことを、前のように受け入れてくれるかしら」

「アリス」

「!」


 エリアスに手を引かれ、反射的に立ち上がる。

 顔を上げた私に向かって、彼は魔法陣を発現させながら微笑むと告げた。


「皆が待っている」

「……!!」


 その言葉に目を見開いている間に、音もなく私達の身体が宙に浮いた。





 ふわりと降り立ったのは、公爵邸の玄関で。

 そして、そこには。


「……!」


 屋敷の外にズラリと並んだ、侍従達の姿があった。

 筆頭には、侍女長のルネと、クレール、カミーユ、それから。


「ララ……」


 思わず名前を呼ぶと、エリアスがそっと私の背中を押してくれる。

 私はエリアスの方を振り返って頷くと、ゆっくりと前に進み出た。

 そして。


「ララ、それから皆」


 私は大きく息を吸い込むと、出来る限り皆に聞こえるように口を開いた。


「ごめんなさいっ!!!!!」

「「「!?」」」


 そう言って頭を下げれば、皆が息を呑んだのが分かる。

 誰かが何かを言い出す前にと、そのまま言葉を続けた。


「私、皆に酷いことを言ってしまった。

 皆が私のことを守ろうとしてくれたのに、それを振り切って酷い言葉を投げかけて。

 まずは真っ先に謝るべきだったのに、目の前のことが怖くなって逃げて、一ヶ月も行方を眩ませて。

 ……本当に、自分勝手で」

「違います!!!!!」

「!?」


 私の言葉を、私と同じくらい大きな声で叫んで制したのは、他でもないララだった。

 ララは私の目の前まで歩み寄ってくると、口にした。


「アリス様が謝られる必要はありません。

 それに、私達はアリス様に助けられた身です。

 ……アリス様は確かに、誤解されやすいお言葉をわざと選んで口にすることは存じ上げております。

 でもそれは、私利私欲のためではなく、いつだって誰かのためでした」

「……ララ」


 そう口にしながら、ララは瞳に涙を浮かべながら笑って言った。


「だから、アリス様のお言葉に傷付けられたなど、これっぽっちも思っておりません!

 それはこの場にいる皆がそう思っております。

 ……あの日確かに、私達はアリス様に助けていただきました」

「!」


 ララの言葉に、驚いている間に、今度は彼女が暗い顔をして続ける。


「そうして身を挺してこのお屋敷を、私達を守って下さったことで、アリス様の身体が一番弱っている時に、私達は何もご恩を返すことが出来ませんでした」

「っ、そんなこと」

「あります!! ……だからアリス様、お願いです。

 どうか、この屋敷に戻ってきてください」

「え……」


 思いがけない言葉に、目を見開いている間に、クレールとカミーユも側にやってきて口を開く。


「もうすぐ涼しくなるので、季節の花壇にまた別の花が咲きます」

「戻ってきてください、アリス様。

 ご恩をお返ししたいということも勿論そうですが、何せアリス様がいらっしゃらないと、エリアス様のご機嫌がそれはもう、悪くて悪くて大変で」

「お、おい!」


 カミーユの言葉にエリアスが反応する。

 そんな彼らの言葉に、私は恐る恐る尋ねた。


「……良いの?」

「「「え?」」」


 私は込み上げる涙をそのままに、ギュッとドレスの裾を握って震える声で言った。


「私、フリュデン家の者ではないのよ?」

「……アリス様、まさかそんなことを気にしていらっしゃったんですか?」

「ララ、“そんなこと”と片付けるのは良くありませんよ」

「そ、そうですよね! ごめんなさい!」


 カミーユにそう諭され、ハッとしたように謝罪の言葉を述べるララに向かって首を横に振る。

 カミーユは息を吐くと、口を開いた。


「……確かに、アリス様がお気を病む気持ちは分かります。

 ですが、ララの言う通りでもあります。

 私達は貴女を、“アリス・フリュデン”様として見てはおりません。

 私達にとって、貴女は“アリス”様。

 正確には、“アリス・ロディン”様……、エリアス様の奥様として見ておりますが。

 アリス様は、違いますか」

「……っ!!」


 カミーユの言葉に、息を呑む。

 涙が溢れて止まらなくなってしまう私に、カミーユはクスッと悪戯っぽく笑うと言った。


「それとも、アリス様には、エリアス様は手に余りますか」

「カミーユ、良い加減に」

「いいえ」


 私は首を横に振って涙を拭うと、エリアスの方を振り返る。

 そして、悪戯っぽく笑って言った。


「エリアスは、私でないと駄目なのよね?」

「! ……あぁ、そうだな」


 彼はそう言って笑うと、私の隣まで歩み寄ってくる。

 そして、私の左手を取った……と思ったら。


「……っ!」


 薬指に、無くしたと思っていた結婚指輪が収まる。

 それを見てハッとしている間に、エリアスが小さく笑って言った。


「消費した分の俺の魔力を補充しておいた。

 ……君が眠っている間にと思っていたら、いなくなってしまって。返すのが、随分遅くなってしまったが」

「〜〜〜エリアスッ!」

「わっ!?」


 ギュッと彼の首に抱き付く。

 エリアスはそれを笑いながら受け止め、その場でクルクルと回った。

 刹那。


「「「ヒュ〜〜〜!!!」」」

「!」


 周りから囃し立てられたことで、すっかり忘れていた。


(っ、み、見られた……!)


 エリアスもそれに苛立ったように口を開く。


「おい、晩餐の準備はどうした。

 アリスを迎え入れるのではなかったのか?」

「「「は、はい!!!」」」


 エリアスのドスの聞いた声に、さすがに侍従達がわらわらと屋敷へ戻っていく。

 その背中に向かって、もう一度息を大きく吸うと口を開いた。


「皆、ただいま!!!!!」


 予想だにしていなかったようで、皆一斉に驚いたようにこちらを振り返ったけれど、やがて笑顔で口を揃えて返す。


「「「おかえりなさいませ!!!!!」」」


(私、帰ってきたんだ……)


 それでようやく、実感が湧いたように思えて。

 だけど、視線を感じて見上げれば、ムスッとしたように口をへの字に曲げる彼の表情を見たら、考えていることがお見通しで笑ってしまう。


「……おい」

「ごめんなさい」


 そう謝ると、エリアスも吹き出したように笑うものだから、互いに笑い合うと、エリアスがゆっくりと噛み締めるように言葉を紡ぐ。


「おかえり」


 それに対し、今日一番の笑みを浮かべ、元気よく返した。


「ただいま!」

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