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第二十八話

 その後も私達は、一ヶ月というお互いの空白の時間を埋めるように、言葉を交わした。


「エリアスは、この一ヶ月どうやって過ごしていたの?」


 そう尋ねながらハッとして慌てて謝る。


「ご、ごめんなさい、こんなことを私が尋ねるべきではないわよね」

「いや、大丈夫だ」


 エリアスはそう言って小さく笑うと、空を仰ぎ見て言った。


「ただがむしゃらに君を探したし、探させていた。

 ……君が手を取った彼の元にいるのは分かっていたんだが、どこにいるかまでは分からなくて。

 結局、彼が君のためにいけばなの道具を取りに来たところで彼が神だと判明して。

 まさか天界にいるとは思わなかった」

「……ごめんなさい」


 目を伏せて謝れば、エリアスは慌てたように首を横に振る。


「謝ることじゃない。君にも心を休める時間が必要だったんだ。

 少し……、いや、かなり悔しいが。

 それに」


 エリアスはふと私を見やる。その瞳が甘やかな熱を帯びているように見えてドキッとしてしまう私に、エリアスは言った。


「そのドレスは、彼からの贈り物か?」

「い、いいえ、これは花の妖精達からの贈り物だわ。ミーナ様のデザインの妖精の手を借りて、プレゼントしてくれたの。

 いけばなを教えてくれたお礼にって」

「……そうか」


 エリアスはそういうと、ふっと笑った。

 その笑みはどこか安心したように溢れたように見えて。

 私が口を開くより先に、エリアスが言った。


「よく似合っている、凄く」

「! あ、ありがとう……」


 互いにそっと目を逸らす。

 見えなくても、頬が赤いことは分かって。

 それはきっと、エリアスも。

 そして、恥ずかしさを紛らわすように、先程口にしかけた言葉をエリアスに尋ねる。


「エリアス、もしかしなくても私とソールのこと、気になっている?」

「!!」


 どうやら図星だったようで彼は氷色の瞳を見開き、慌てたように言う。


「い、いや、彼は神なんだろう? 確かに最初見た時は得体がしれない男だと思っていたが……、君が築いた信頼関係にまで口を出すつもりは」

「嘘でしょう?」

「っ!」


 エリアスの顔を覗き込んでそう言えば、彼は虚を突かれたように息を呑む。

 そして、クシャッと前髪をかきあげて言った。


「……ごめん、狭量な男で」

「謝らないで。……私もきっと、貴方にもし仲の良い女性がいたら、同じ気持ちになると思うから」

「え……」


 そう口にしてから、それ以上深くは語らず、ソールのことについて説明する。


「ソールは、“運命”を司る神様なの。

 彼は私にとって確かに大切な人。彼は私の、命の恩人だから」

「命の恩人……?」

「えぇ」


 私は頷くと、エリアスを見て小さく笑って言った。


「そのことを上手く話せる自信はないし、話せば長くなるけれど……、いつか、貴方にも話せたら良いなとは思っている。

 でも今言えるのは、ソールのおかげで私はここにいる。そして彼がいなければ、貴方とこうしていられることは間違いなくなかった」

「!」

「私の運命を根本から変えてくれたのはソールのおかげ。

 貴方と一緒にいることが出来るのも、ソールのおかげと言っても過言ではないわ」


 私の言葉に、エリアスは目を丸くする。

 だから、あえて笑って言った。


「だからソールには、感謝しているの」

「……凄いな」

「え?」


 黙って聞いていたエリアスの口から飛び出た思いがけない言葉に瞬きをすると、彼は苦笑いをして言った。


「アリスがそこまで彼を尊敬しているのも、妖精だけでなく神という存在に君が守られていることも。

 今回思ったことは、アリスが……、遠い存在に思えてならなかったのが、一番怖かった」

「え……」


 エリアスはそう言って私に向かって手を伸ばす。

 その手は、私の髪に遠慮がちに触れ、その手を見つめながら彼は続ける。


「どこを探しても見つからない。そして彼が神だということ、そんな彼に連れられて向かったのが天界という場所……、アリスがいなければ神も天界も、それこそ歴史書や童話の世界でしかあり得なかった」

「……それってつまり、私は御伽話の住人に見えるということ?」

「特に今は、そう見える。妖精が作ったドレスを着た君があまりにも綺麗で……、まるでこの世のものとは思えないくらい、綺麗だから」

「っ」


 不意打ちの褒め言葉にどう反応して良いのか分からなかった。

 けれど、エリアスが本気で言っているのは伝わってくること、そして、どこか泣きそうな表情をしているのは、見間違いなんかではないと判断した私は、そっと名前を呼んだ。


「エリアス」

「!?」


 そう口にすると、彼の両頬に手を添える。

 そして、彼の氷色の瞳を見つめて言葉を発した。


「私は、どこにも行かないわ」

「っ」


 その言葉に、エリアスの瞳が見開かれる。

 彼の瞳を見つめたまま言葉を続けた。


「私の名前はアリス。たとえそれがフリュデン侯爵夫人に付けてもらった名だとしても、私は私よ。

 神でも妖精でもない、人間のアリス。

 エリアスと同じで、そして今貴方の目の前にいるわ」


 その言葉に、エリアスの顔がまた歪む。

 泣き虫ね、なんて笑ってしまう私の瞳も滲んでしまっているから、きっとお互い様だろう。

 私は彼の涙を、彼は私の目元を拭う。

 そして額を寄せ合い笑うと、私は尋ねた。


「ねえ、エリアス。どうして私が一ヶ月で帰ってきたか知っている?」

「たまたまじゃなかったのか?」

「確かにソールに尋ねるまで何日経っていたのかは分からなかったけれど……、でも絶対に帰らなければと思ったきっかけがあったの。

 それはね」


 私はエリアスの顔に耳を寄せる。

 そして、内緒話をするようにそっと言葉を紡いだ。


「一ヶ月後の貴方のお誕生日をお祝いするためよ」


 そう口にすると、エリアスは心底驚いたような顔をしたけれど、「ありがとう」と心からの笑みを浮かべた。

 その笑顔を見て自覚する。


(私は、この笑顔を見たかったんだ)


 だから天界から貴方の元に帰ってきた。

 そして今は、彼の笑みを見られて、まだ少しだけ空いていた心が満たされていくのが分かって。

 同時に、彼に対するこの気持ちがなんなのか、もうとっくに答えが出ていることにも気が付く。 

 でも、今はまだ口に出来ない。


(後少し。もう少しだけ待っていて)


 この気持ちを伝える前に。

 今は、名前をつける前に大事に抱えて、しまっておきたい。


(甘えてばかりで申し訳ないけれど)


 その代わり、これからは貴方の笑顔を守ってみせると約束するから。

 だからもう少し、もう少しだけ。


(私に時間を、勇気をください)


 ソールの力ではなく、自分の力で運命を覆すことになる大きな一歩を。

 踏み出すにはまだ早いとそう思いながらも、溢れんばかりに膨らんでいくこの想いを、何一つ取りこぼさないようにと胸の内に抱えこんだ。

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