表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/160

第二十七話

 エリアスに誘われ、“空中散歩”で向かった場所は、いつかエリアスから話を聞き、その後笑顔の特訓をした丘の上で。

 そして、音もなくそっと着地したけれど、エリアスはその手を離さない。

 ……私も、その手を離すことはしないまま、沈黙が流れる。


 何から話せば良いのか、お互いに探っている状況だと思う。

 けれど、不思議とその沈黙が嫌ではなく、むしろ心地が良いと思うのはなぜだろう。

 それは彼も同じだったのか、暫く沈黙は続いたけれど、意を決して口を開いたのは私だった。


「ごめんなさい」


 その言葉に、彼は氷色の瞳を見開き尋ねる。


「なぜ君が謝るんだ」

「私が悪いもの。……私が、現実から目を背けて遠くへ行きたいと、そう願ったから」


 私は、フリュデン侯爵家の長女ではなく、亡き夫人に拾われた捨てられた子だということ。

 それを聞いた時、悲しみと絶望が一気に押し寄せたのを今でも思い出す。


「でも、腑に落ちた気もするの。家族が私と関わり合いにならなかったのは、そういう理由があったからなんだって」

「アリス」


 心配げに顔を覗き込むエリアスに対して笑って答える。



「大丈夫よ、もう吹っ切れたから」

「……俺の方こそ、ごめん」

「どうしてエリアスが謝るの?」

「俺が余計なことをフリュデン侯爵に伝えたからだ。

 ……アリスの気持ちを知っているかのように、余計なことを言ってしまった。

 本当に、申し訳ないことをしたと思っている」

「謝らないで!」


 何度も謝る彼を見ていられず、咄嗟に声を上げる。

 そして、頭を下げている彼の肩に手を置きながら口を開いた。


「……私、嬉しかったのよ」

「え……」


 エリアスに自分の素直な想いを吐露する。


「貴方は、私のことを想って侯爵様方を怒ってくれたでしょう?」

「っ、そんなこと」

「そんなことなどではないわ。私、本当に……、すごく、嬉しかったの。

 今までそんな風に私を庇って言い返してくれた人は、貴方が初めてだったから」

「……っ」


 その言葉に、彼の顔が歪む。


(そんな顔をしないで)


 そう願いながら言葉を重ねる。


「それに、あの時救われたのよ。

 私が盗み聞きをやめて部屋に入った時、貴方は第一声で私の体調を気遣ってくれた。

 ……まるで自分のことのように、悲痛な顔をしながら」

「でも、俺は君を救えたことにはならない。

 ……本当の意味で助けてくれたのは、ソールという神様だろう?」

「……そうね」


 私は頷き、口にした。


「でも、すぐに後悔した」

「え?」


 そう言うと、真っ直ぐと彼を見つめて言った。


「貴方を置いて行ったことを」

「……!」


 今でも頭からこびりついて離れない。

 エリアスに一方的に別れを告げ、ソールの手を取った時の、エリアスの傷ついたような表情を。


「私は、気持ちを整理したくて貴方の元を去った。

 ……私を誰より心配してくれた、貴方の気持ちを考えずに」


 エリアスは首を横に振る。

 それでも言葉を続けた。


「何度も思ったの。私は、ここに居ても良いのかって。

 でも、貴方の元を自分から去っておいて、どんな顔をしてまた貴方に会えば良いのか分からなかった。

 そうしているうちに、一ヶ月という時間が過ぎてしまった」


 一ヶ月。

 ソールの手を取り、天界で暮らしていたのは一ヶ月だと、そう聞いた時はとても驚いた。


「それでもこうして、戻ってきてしまった。

 本当に、ごめんなさい」

「謝らないでくれ」

「!」


 今度はエリアスから謝罪の言葉を制され驚いていると、彼はゆっくりと私に向かって尋ねた。


「……天界での暮らしは、どうだった?」

「え……」

「元気に、笑って過ごせていたか?」


 それに対し、少しの間の後答える。


「えぇ」

「……良かった」


 そう言って、エリアスはふっと笑う。

 その笑顔を見て、胸が締め付けられるような感覚に襲われて。

 思わず胸元で手を握りしめながらポツリポツリと口にした。


「この一ヶ月、確かに心が洗われたような気がしたの。

 一歩外に出れば一面青空と花畑に覆われていて。

 ソールと妖精さん達が作ってくれたお家に住んで。

 妖精さん達にいけばなを教えたことも、夢を叶えられて凄く嬉しかった……はずなんだけど」

「……!」


 瞳から、意図せず想いが溢れてこぼれ落ちる。

 その雫が頬に伝い落ちるのも構うことなく言った。


「夢のような空間にいて、幸せに感じるはずなのに……、いつもポッカリと穴が空いたような気分だった。

 なぜか分かる?」


 エリアスは黙って首を横に振る。

 私は繋がれた手にギュッと力を込めると、はっきりと言葉を紡いだ。


「天界には、貴方がいないから」

「……!!」


 エリアスの瞳が、溢れんばかりに見開かれる。

 そんな彼に対し、包み隠さず本音を溢した。


「自分から別れを告げておいて、矛盾しているわよね。

 分かっている。いえ、分かっていた、つもりだったけれど……、貴方が当たり前のように側にいてくれたのは、本当は当たり前なんかではなくて。

 貴方が私を選んでくれたことも、全部……、当たり前ではなかった」


 エリアスが側にいなかった一ヶ月という期間。

 曖昧な時間の中で、無意識に彼のことを考えてしまうのは、きっと。

 私はようやく涙を拭って、微笑みながら言った。


「もう少しだけ、待っていてくれるかしら」

「え……」

「貴方に対するこの想いに、もう少しで名前を付けられそうなの」

「……!」


 エリアスが息を呑む。

 私は苦笑いをして言った。


「この想いが、貴方と同じ、または貴方が求めている答えと同じかは、分からないのだけど。

 それでも……、待ってくれる?」

「……っ」


 エリアスの顔が歪んだ、と思った刹那、彼に強く腕を引かれ、その腕の中に囚われた。

 後頭部に回された大きな手に驚いている私に、エリアスは震える声で口にした。


「あぁ。待っている」


 その声を聞いて、触れる体温を感じて。

 エリアスの元へ帰ってきたんだとようやく実感することが出来て、私も彼の背中に腕を回す。

 腕に力を込めながら、心に空いていた穴が満たされていくのが分かって。

 私は幸せだと、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ