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第二十五話

「わ〜! アリス、すてき〜!」

「かわい〜!」


 その声にいけばなから顔をあげると、キラキラとした瞳と目が合い、思わず笑みをこぼす。


「ふふ、ありがとう。妖精さん達も上手よ」

「「「えへへ〜」」」


 そう言って笑う妖精達の前にも、綺麗に生けられたいけばながあった。


(ここまで上達するのに大変だったのよね)


 特に最初は大変だった。

 まず妖精さん達は、言わずもがな小さく、手のひらサイズくらいしかない。

 そのため、花を生けようとするとまず圧倒的に力が足りず、剣山に花が刺さらないことに悪戦苦闘した。


(それで泣き出した時は驚いたわ)


 その後魔法を使うことで一度は納得した妖精達だけど、魔法を使ってはいけばなが出来たことにはならない! と思ったらしく、三人で力を合わせて合作することで一つのいけばなを仕上げられるようになった。

 そして今では。


「アリスせんせ〜! こっちもみてみて〜!」

「! はーい!」


 妖精達から“先生”と呼ばれ、他の花の妖精までもが駆けつけてくれるようになった。


(ふふ、まさか天界で夢を叶えられるとは思ってもみなかったわ)


 私の夢は、いけばなを広めること。

 前世、私が魅せられたあの時のように、いけばなの魅力を伝えたいと思っていたから。


(まさか、花の妖精達に教えることになると思わなかったけど)


 でも、こうして楽しそうにしているところを見ると、いけばなを教えることが出来て……、小さなお教室を開けて良かったなと心から思っていると。


「わっ、また増えてんな」

「ソール」


 定期的に様子を見にくる彼は、花の妖精達に向かって呼びかけた。


「ちゃんと終わったら片付けていけよ!

 じゃねぇと俺とアリスが掃除することになるんだからな!」

「アリスがたいへんになっちゃうんだ!」

「それはだめ!」

「おそうじおそうじ〜!」


 それを聞いたソールは、「俺も大変なんだよ」と呟いたものだから、思わずクスクスと笑ってしまう。


「そうよね、ソールはいつも一緒に片付けを手伝ってくれるものね」

「!」


 茎を切ることで散らばってしまった茎や花弁、それから、水切りをする(水に浸した状態で茎を切る)ことで濡れてしまった床や机を拭いてもらうことは、妖精達に頼んでいる。

 けれど、剣山や花鋏(はなばさみ)花器(かき)(水盤)などの扱いは危ないから、私とソールで片付けを行なっている。


「ありがとう、ソール」

「っ、暇だから手伝ってやってるだけだ!」

「ふふふ」


 ソールは、口が悪い。

 だけど、本当は誰よりも優しくて親切だ。


(だからつい、甘えてしまう)


「ねえ、ソール」

「ん?」


 私は彼の名を呼ぶと、ゆっくりと口を開いた。

 ソールはその言葉を聞いて、目を見開いたけど……。


「本当に、それで良いんだな? 後悔はないんだな?」


 ソールの言葉に、ゆっくりと頷く。


 ここはとても、居心地が良い。

 空を見上げればいつだって明るいし、大好きな花を見て香りを嗅いで、それを妖精達と共有して。 

 穏やかに流れる時間は、確かに癒される。

 ……けれど。

 ここには、あの人はいない。

 当たり前のことだけど、当たり前ではないと、そう思った。

 だから。


「……どうしているか、心配していると思うの。

 そしてそれは私もよ」


 その言葉に、ソールは私に顔を近付け……。


「ばーか」

「!」

「お前は本当にお人よしだし馬鹿だし、救いようがねぇーな」

「な……!」


 そこまで言わなくても! と怒る私に対し、ソールは「でも」と口にした。


「お前らしいよ」

「え……」


 そう言ったソールが、まるで幼い子供みたいな、泣きそうな表情をしていて。

 でもそれは一瞬のことで、すぐにまた意地の悪い顔をして言った。


「やっぱ意味わかんねぇわ。人間って」

「……そうね」


 その言葉に私は思わず笑みを溢すと、彼に向かって言った。


「貴方の言う通り、“意味わかんねぇ”から知りたくなってしまうのよ」

「! ……あいつのことだけ限定して言ったんじゃねぇ」

「ふふ」


 そう言って自ら片付け始めたソールに対し、私はありがとう、とその背中に向かって呟いたのだった。






 ―――ふわふわ。

 真っ白な世界が広がっている。


(これは……、夢?)


『ふふ、その通りよ』

「!」


 いつか聞いた、女性の声。

 その声が耳に届いた瞬間、景色がパァッと華やかに明るく色付く。

 それは天界で見た、青空の下でどこまでも広がる花畑の光景に似ていて。

 その花々に釘付けになる私に対し、女性は言った。


『ふふ、やっぱりお花が好きなのね』

「あ、貴女は……」

『以前貴女とお話しさせてもらった女神よ。

 私もお花が好きだから、つい親近感が湧いてしまって』

「そ、そうなんですね……」


 何となく分かっていた私は、自称女神様に対しそう口にしながらも、その姿がどこにあるのか探してしまう。

 そんな私に気付いたのか、女神様は笑いながら口にした。


『人間に姿を見せるのは禁止されているの。ごめんなさいね』

「い、いえ……」

『とは言っても、貴女は特別な子。

 妖精の愛し子である貴女は、妖精達からも愛された正真正銘小さな可愛い魔法使いよ』

「っ、愛し子って……、妖精から愛されるって、どうしてなのですか? 私は、特別なんかではないのに」

『あら、特別よ。妖精は本来、人に姿は見せない。

 そんな妖精が貴女にだけ姿を見せた。

 それが何よりの証拠よ』

「……」


 そんな女神様の言葉が信じられず押し黙る私に対し、女神様はさらに言葉を続けた。


『……貴女が気付いていないだけで、貴女は多くの人から愛されている存在。

 愛を受け入れられないのは、貴女自身が自信を持てていないから』

「!」


 女神様の言葉に思わず息を呑む。

 女神様は何でもお見通しなように語った。


『貴女は確かに、孤独だったかもしれない。

 でも、今は違う。ソールも貴女に固執しているみたいだし、それに……、貴女を慕っている騎士様もいるじゃない』

「!!」

『ふふ、二人の男性から愛されるなんて、貴女は幸せ者ね』

「っ……」


 思いがけない指摘に頬が熱くなりかけたけれど、ギュッと拳を握って言った。


「でも私は、何も持っていません。……“アリス”という名前だって定かではないし、血の繋がった家族だっていません。

 そんな私は……、二人に甘えてばかりの私は、彼らに何を返せると言うのでしょう」

『あら、それは二人が言ったことなの?』

「え……」


 女神様は少し怒ったように言った。


『もし貴女に見返りを求めるなんてことを言うのであれば、私が許さないけれど?』

「い、言っていません!」

『あら、そう?』


 女神様の口調がやや物騒になりかけたから否定すると、女神様は笑って言った。


『なら、良いじゃない。難しいことは考えず、甘えるのが一番よ』

「い、いえ、そういうわけには」

『ま、何がともあれ私が伝えたかったのは、貴女は一人ではないということ。

 そして、この女神である私が、貴女を見守っているのだからもっと胸を張りなさいと伝えに来たの。

 それに、誰が何と言おうと、貴女の名前は“アリス”。

 そうでしょう?』

「……!」


 そう言われて、なぜだか不思議と胸がじんわりと温かくなっていくような、そんな気がして。

 そうして女神様は、ふふっと笑って言った。


『もう時間がないからこれで最後のメッセージになるけれど、貴女はこれから先、大変な試練が待っている。

 そして貴女の選択次第で、運命は大きく変わる。

 貴女自身も、周りも。

 だけど、恐れないで。

 側にはいつだって、私も、貴女を支えてくれる味方が沢山いるのだから』

「……!」


 その途端、花畑の景色が遠のいていく。


(待って……!)


 私は無意識に、その景色に向かって手を伸ばすけど、その手は空を切り、真っ白な景色の中に溺れていく……。

 その花畑の景色が遠のき消えかける寸前、こちらに笑みを浮かべていたのは。


(……女神、様?)


 その人は、私と同じ色の髪を揺らし、手を振っていたのだった……―――

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