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第八話

(……わぁ)


「ここが俺の屋敷だ」


 そう言われて、思わず遠い目になりかける。

 だって。


(何この不気味な感じ!)


 確かに公爵家は、フリュデン侯爵家以上の歴史を誇る由緒正しい古い家柄で、代々王家に忠誠を誓い国に多大な貢献をしてきた“氷”魔法を司る一族である、というのに。


(寒々とした感じといい、魔物ではなく幽霊が出てきそうな感じ……、まさに“幽霊屋敷”じゃない!)


 幽霊屋敷。

 それは、小説内で彼の公爵邸を表現して称されていた名前だ。

 今の今まで、というか実際に見るまですっかり忘れていた設定だったのだが。


(確かに、衣食住さえ揃っていれば良いと思っていたわよ? だけどまさか……、ここまで酷いとは)


 これだけ雰囲気があれば、世の御令嬢方がたとえ美貌の公爵様に惹かれたとしても一発で逃げるわ、と確信した私の前に二人の侍女が現れる。

 その二人を見て、エリアス様は口を開いた。


「紹介しよう。こちらが代々邸に仕えてくれている侍女長のルネだ」


 確かに、他の侍女と比べて裾の長い侍女服に身を包んでいるのが分かる。年齢は私のお父様と同じくらいか少し上くらい、だろうか。

 そんな彼女は、キリリとした瞳で私を見て言った。


「侍女長のルネと申します。どうぞ宜しくお願い申し上げます」

「こちらこそ、宜しくお願いするわ」

「はい」


(……一見厳しそうに見えるから、敬語を使わないようにするのが大変そうね)


 そんなことを考えている私に、エリアス様は「それと」ともう一人隣にいた、こちらは私と同年代と思われる女性を示して言う。


「こちらの侍女がルネの娘のララだ。

 彼女は君と同じ歳だから、君付きの侍女を任せようと思っている」


 そんなエリアス様の言葉に、ララと呼ばれた茶の髪と同色の瞳を持つ侍女は、一歩前に進み出てお辞儀をした後言った。


「初めまして。私は、アリス様にお仕えさせて頂く侍女のララと申します。宜しくお願い致します」

「えぇ、こちらこそ」


 私の返しに、彼女はにこりと笑みを浮かべる。


(こちらはいかにも人の良さそうな感じの子だけれど、油断は禁物ね。

 私付きの侍女に任命されたということは、もしかしたら裏があるかもしれないもの)


 アリスが“悪女”として社交界で名を馳せたのは、エリアスと結婚した後のこと。

 それまでは、社交界に出たのがデビュタントのみという、ほぼ引きこもり状態だった。

 そのため、社交界の噂では、私が学園に入らなかったことに対する悪口や噂話が横行していたくらい。

 つまり、根も葉もない、あるいは憶測にすぎない噂しか出回っていなかった。


(現時点でそれでも、その噂話は既にエリアス様や侍従達も耳にしているはず)


 だけどさすがは公爵家、私の噂を耳にしているだろうに一切おくびに出さないなんて。


(うちの侍女にも見習ってほしいものだったわ)


 いくらアリスが傲慢だったといえど、それを表情や態度に出すのはどうかと思うわ、と今更ながら思っていると、エリアス様は言った。


「何か分からないこと、尋ねたいことがあったら遠慮なく聞いてほしい。

 とりあえず、今は移動で疲れただろうから、また後で話をしよう。

 ララ、彼女の案内を頼む」

「かしこまりました。ではアリス様、お部屋までご案内いたします」

「えぇ」


 私が頷いたのを確認し、エリアス様は「また後で」と口にすると、邸へと先に戻って行く。

 何となくその背中を見送っている途中で、ふと建物の端から花々が覗いていることに気付く。


(あちらに庭園があるのね)


 一気にそちらに意識が向いたことに気付いたらしいララに声をかけられる。


「お花がお好きなのですか? ご案内いたしましょうか」

「!」


 ララの問いかけに、私はふと思い出す。


(そういえば彼、約束通り私が花を好きなことを侍女にも伝えていないんだわ)


 律儀に守ってくれているのね、と結論付けながら、ララの言葉に返す。


「そうね……、エリアス様に御許可を頂いてからにするわ」


 そんな私の返答に、彼女は少し驚いたように僅かに目を見開いた後、すぐに「かしこまりました」と笑みを浮かべたのだった。





「こちらがアリス様のお部屋です」


 そう行って案内された場所は、日当たりの良い部屋だったのだけど……。


「……駄目だわ」

「え?」


 ララが首を傾げる。それには構わず、口を手で覆うと包み隠さず本音を吐露した。


「私、悪夢を見そう!」

「!?」


 私は信じられない、と思わず頭を抱える。


(何度も言うようだけれど、知っていたわよ。“幽霊屋敷”と見た目から呼ばれていたことは。

 だけとまさか、邸全体がこんな)


「はっきり言って陰気くさすぎるわ!」

「!!」


 廊下を歩いている時から我慢していた。だけど。


「なぜ! 公爵家という立場でありながら、何でも買えるだろうに、それも色とりどりあるカーテンの中でよりにもよって! 全て黒無地で統一してるのよ!?」


 いくら小説中で邸の内部の描写まであまり描かれていないからって、これはセンスを疑うわよ!?

 私はズカズカと例の黒カーテンに歩み寄り触ると、言葉を続ける。


「待って!? しかもこのカーテン、分厚すぎない!? これじゃあ光なんて通さないわよ!

 ……まさかとは思うけど、年中これなの!?」


 そこまでまくしたて、振り返りハッとした。


(……まずい)


 侍女がいたことをすっかり忘れていたわ!


(私、明らかにセンスが悪いとエリアス様のことをディスったも同然よね!? いくら何でも初日からさすがにここまで言うつもりはなかったのに!)


 やってしまった!と慌てて取り繕おうとしたその時。


「……ますか」

「え?」


 彼女の呟きを上手く聞き取れず、首を傾げた私の元に彼女は歩み寄ってくると……、目の前まで来た瞬間、私の両手をガシッと掴んで言った。


「分かって下さいますか!?」

「え、えぇ?」


 思わず素で目が点になる私に対し、彼女は叫ぶようにして言った。


「私もずっと……、ずーっとおかしいと思っていたんです! 少なくとも私が幼い時から邸中のカーテンは全て(これ)でした! 怖いから変えてほしいとお母さ、いえ、侍女長に訴えたら怒られたんです! そんなこと言うなって!

 てっきり私だけが違和感を覚えているのかと思っていたんですが……、やっぱりこれが正解ですよね! よかったぁ!」

「……」


 私以上の彼女の物凄い剣幕に、思わず唖然としてしまって、ただ豹変した彼女を見つめてしまっていると、その視線に気付いた彼女と目が合い……、刹那、彼女は私の前で跪く、いや、土下座した。


「も、申し訳ございませんんん!!」

「か、顔を上げ」

「私、思っていることを口にしてしまう時があって! 侍女長にも素を出すなとキツく言われていたんですが……っ」

「ふふっ」

「え?」


 私は耐えきれず、思わずクスクスと笑ってしまう。


「あ、あの……、アリス様?」


 彼女の戸惑ったような表情を見て、私はそんな彼女の前でしゃがむと、口を開いた。


「気に入ったわ。 貴女のこと」

「えっ」

「良いじゃない、面白くて。 表裏がないというところも好感が持てるわ」

「!」


 彼女が息を呑む。

 そんな彼女の前に手を差し伸べると口を開いた。


「改めてこれからよろしくね、ララ」

「……初めて言われました」

「え?」


 彼女はそう呟くと、次の瞬間私の差し伸べた手を両手でガシッと掴み言った。


「そんなことを仰って頂けたのは初めてです! 至らぬ点は多々あるかと思いますが、私、アリス様に精一杯お仕えさせて頂きます!」


 ララの言葉に、私は目を見開き……、ここに来て初めて声を上げて笑ったのだった。





 ララと挨拶を交わしてから軽く仮眠を取った私は、部屋の中の探索を開始した。


「……普通に侯爵邸の自室に比べたら、格段に広いわね」


 さすがは公爵家、部屋の広さと造りが違うのだということを改めて感じさせられる。

 ……カーテンが分厚い黒地なのと、置いてあるガーゴイルの置物(普通庭に置くのでは?)が不気味なことだけはいただけないけれど。


「後、極端に家具が必要最低限(ガーゴイルの置物以外)しかない気がするのだけど……、自分で買えということかしら?」


 その辺も後で聞こうと考えながら辺りを見回すと。


「ん?」


 棚の隣、視線の先にもう一つ扉があることに気付く。


「ここは何かしら……?」


 一応確認しておこうとレバーハンドルに手をかけるが、どうやら鍵がかけられているようで、一ミリも動かない。

 丁度その時、私の断りを待ってから部屋に入ってきたララに尋ねた。


「ララ、この扉開かないのだけど」

「あぁ、こちらはエリアス様と共同の寝室となるお部屋です。

 つまり、エリアス様のお部屋にも繋がっているお部屋ですね」


 …………は?

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