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第二十一話

「あら、珍しい。貴方が大人しく来るなんて」


 そう言ってコロコロと笑う女性……、天界では女神と呼ばれる類のその女性を見上げ、ソールは腕を組み不機嫌さを露わにして口を開いた。


「あぁ。俺も言いたいことがあったからな」


 その態度に、女神は呆れたように言った。


「貴方も少しは大人になったかと思ったけど、相変わらずだったわね」

「あんたはふけてより一層ババァになったけどな」

「おだまり。また黒猫になりたいの?」

「……チッ」


 苛立ちを隠そうともせず舌打ちをする彼に対し、女神は息を吐くと口にした。


「貴方がそうやって成長しないから、私も罰を与えざるを得ないの。

 私だってやりたくてやってるわけじゃないわ。

 ただ、貴方がその“運命の力”を悪用して、祝福されている人間を虐めることが原因で、妖精からクレームが来るわ、神々が灸を据えろと怒りをぶちまけるわで大変なの」

「あれは人間共がその力を私利私欲のために使うのが悪いんだろ。それが見るに耐えられなかったからだ。今はやってねぇ」

「……ソール」


 女神はそう名を呼ぶと、諭すように言った。


「貴方の気持ちも痛いほど分かるわ。貴方は確かに、間違ったことはしていない。

 けれどね、だからと言って勝手に人間の運命を捻じ曲げたりして良いものではない。

 貴方の力も特別なのよ。……“あの子”に肩入れし、私でも不可能だった“あの子”の運命を変えてしまうくらい」

「そんなことねぇだろ!!」


 ソールは今度こそ、怒りをぶちまけるように大声をあげる。


「“あいつ”の運命を変えることくらい、女神なら造作もねぇはずだ!

 あいつは……、あいつは、そのせいで辛い思いをしてんだぞ!!」

「無理よ」

「っ!」


 大声を上げた彼とは対照的に、女神は静かに、冷静に告げる。


「“あの子”の運命に、私は干渉できない。

 それに、あれは“あの子”の試練なのだから。

 良いじゃない、貴方が助けてあげられたのだから、それで」

「……お前」


 ソールはその言葉を聞き、女神の胸ぐらに掴みかかろうとするが、それを控えていた騎士神によって阻止される。

 そうして押さえつけられながらも、ソールは声を荒げた。


「よくもそんなことを言えるな! 何が“特別”だ! 

 そんなふうに言っておいて、あいつをただ苦しめてるだけじゃねぇか!

 ……クソッ、あいつが何をしたって言うんだよ! なあ、答えろよ!!」

「……」


 女神は何も言わず、ソールを黙って壇上から見下ろす。

 それに苛立ちを隠さず、ソールは言葉を続けた。


「何が試練だ、何もかもお前らの気まぐれのせいじゃねぇか!

 ……あいつはそれに、巻き込まれただけだってのにっ!」

「気まぐれじゃないわ。……それが、宿命だからよ」


 そう凛とした口調で告げると、騎士神にソールを連れ出すよう命じる。

 連行されるソールは、それでもなお喚いているが、その声がやがて重厚な扉の外へ消えたことで聞こえなくなると、人知れず女神は呟いた。


「……貴方には、感謝しているのよ。私では、“あの子”を助けてはあげられないから」


 それがまさしく私にも課された宿命なのだからとそう口にし、女神はずっと前からあるそのやるせない思いを、目を閉じて再び抱え込んだのだった。






 その頃、人間界では。


「……クソッ!!!」


 どこに向ければ良いか分からない怒りの矛先を己の拳に込め、この屋敷の主人はそれを机に打ちつけた。


「……エリアス様」

「どこへ行ったんだアリスッ……」


 そう言って苛立つような、今にも泣きそうな表情を浮かべる主人の姿を見て、探し人がどこにもいない旨が綴られた報告書を手に、従者は口を開いた。


「本当はお分かりなのでしょう? 漆黒の髪を持つその方のところにいると」

「そんな悠長なことを言っていられるかっ!」


 そう言って席を立つ主人の姿に、息を吐くと答える。


「……分かりますよ。貴方様の言い分はごもっともです。

 ですが、そう苛立っていても奥様が帰ってくるとは思いません。

 落ち着いてください」

「っ、得体の知れない男に連れて行かれたんだぞ!?」

「奥様は聡明な方です。信用ならない者には付いて行かないことくらい、貴方も分かっているでしょう?」

「〜〜〜分かっている!」


 そう言って前髪をかきあげ、再度椅子に座ると、今度は弱気な声を出して言った。


「……分かっている、そんなこと。

 アリスは、自らの意志で出て行き、俺の元を去った。

 そして、あの男の所へ行った……」


 そう言って、先程の苛立ちを自分へと向ける。


「俺があんなことを聞かなければ、アリスはここを出て行くことはなかった。

 ……いや、違う。俺のことが嫌になったんだ、そうだろう?」


 そう言って机に突っ伏す主人の姿に、従者はクスリと笑う。


「……なぜ笑う」


 そう言ってギロリと睨まれた従者……カミーユは、それには動じず笑みを浮かべたまま答えた。


「申し訳ございません、つい。あの何事にも無関心で一匹狼だったエリアス様がそのように取り乱す様を見る事が出来て、従者として幸せだなと」

「お前、人の不幸を見て笑ってるだろ。相変わらずな性格だな」

「そう見えているのだとしたら申し訳ございません。

 ……ですが、本当のことですよ」


 そう口にした従者と視線を合わせたエリアスに向かい、彼は言った。


「エリアス様も屋敷の者も、それから屋敷の内部も、随分と様変わりしました。

 それは全て、奥様……、アリス様がいらっしゃったお陰です。

 エリアス様はそんな奥様を、“契約結婚だから”とこのまま手放すおつもりですか」

「! ……お前、気付いていたのか」


 従者の口から発せられた言葉に、エリアスは驚きを隠さず尋ねる。

 それに対し、従者は完璧な笑みを浮かべ、胸に手を当て言った。


「はい。私はエリアス様の、忠実な従者ですから」

「……」


 その言葉に、エリアスは苦虫を潰したような顔をした後、静かな闘志を燃やして言った。


「……俺が彼女を、手放すわけがないだろう」


 その言葉に、従者は思う。

 一番良い意味で変わったのは、貴方だと。

 そう学園時代のエリアスを知る従者は笑みを浮かべると、そんな主人に向かって告げた。


「そうですか。では、頑張ってください」

「頑張ってください、ではなくお前も手伝え」


 その言葉に従者は一瞬肩を竦めたものの、やがてほんの少し黒い笑みを浮かべ、胸に手を当て言った。


「エリアス様の、仰せのままに」

「……本当にお前は、恐ろしいやつだな」


 その言葉に、忠実な従者は「貴方にだけは言われたくありません」とだけ返したのだった。

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