第二十話
「はい、到着」
「わぁっ……!」
月夜から一転、ストンと降り立った場所。
そこは、眩しいほど明るい空の下で、一面花に覆われている場所だった。
「っ、綺麗! こんなにお花が咲いているところは見たことない!」
私達が立っている道の両端に、どこまでも広がる花畑。そして、上を見上げれば真っ青な空が広がっている。
そんな光景を目の当たりにして、うっとりしとした心地で呟いた。
「まるで、天国みたい……」
「まるで、じゃなくて天国だけどな」
「え?」
そう言って数歩先を歩くソールは立ち止まると、私の方を振り返って言った。
「だから、ここは天国……正式には天界で、俺達神が住む場所ってこと」
「…………え!? は!?」
驚き声がひっくり返る私に、ソールは首を傾げて言った。
「だって、お前が望んだんだろ? 連れ出して欲しいって」
「そ、そうだけど、まさかそれが、天界まで連れて来てもらうことになるなんて、誰も思わないというか……。そ、そもそも、人間の私がいても大丈夫なの?」
「あぁ。お前は“特別”だからな」
「……特別?」
どういう意味だろうと首を傾げたけれど、ソールはそれについては教えてはくれず、「行くぞ」と口を開くと、さっさと先を歩き出す。
それに対して慌ててついていくと、少ししてから可愛らしいお花の形をした建物が見えてきた。
「ねえ、ソール、あれは何?」
「今日からお前が住む家だ」
「……え!?」
思わず素っ頓狂な声をあげる私に、ソールは吹き出したように笑い出す。
そして、そんなお花の形をした建物の花形のドアノブを回すと。
「……!」
部屋の中もまた花をモチーフにした棚やテーブルセットがあり、極め付けは。
「お花のベッド……!」
「気に入ったか?」
「えぇ! とっても可愛い!」
ベッドがまるで本物の花のような形をしており、その非日常的な光景に、思わず口を押さえていると。
「「「アリス〜!!」」」
「わっ!」
ポンッと現れたのは、花の妖精達の姿で。
光を纏わずに現れたことに驚いている私を見透かしたように、彼らは声を上げる。
「ふふっ、びっくりした〜?」
「にんげんがいないときはね、ひかりにつつまれなくていーの!」
「てんごくへようこそ〜!」
そう言うやいなや、私の頭上からフラワーシャワーがふわふわと舞い落ちる。
その光景を見て、自然と笑みが溢れた。
「ふふ、そうなのね。説明してくれてありがとう。
私もまさか、天界へ来れるとは思ってもみなかったから、驚いているわ」
「てんごくにくるかもってきいて、ソールとよういしたの!」
「このおへや、ソールといっしょにかんがえたんだよ!」
「ソールも一緒に!?」
思わずそう言って見上げたのに対し、ソールは私とは視線を合わせず怒ったように言う。
「お前ら余計なこと言うんじゃねぇ!」
「わー! ソールおこった〜!」
「でも、おみみまっか〜!」
「マジで黙れ!」
きゃーっと騒ぐ妖精達に対し、怒るソールの耳は確かに赤い。
思わずクスクスと笑ってしまった私をソールが睨んだところで、赤の妖精が言った。
「でもソール、あとでめがみさまにおこられるかも〜」
「女神様に怒られる?」
私が首を傾げ、ソールを見上げれば、彼は「マジかよ」と頭をかきながら続ける。
「ま、予想はしてたけどな」
「だ、大丈夫…?」
よく耳にする女神様というのが誰を指しているのか分からないけれど、ソールが苦虫を潰したような顔をしているということは、彼よりも上位の存在で間違いはないのだろう。
(私も、以前いけばなが行方不明になった時に話したのも、同一かは分からないけれど女神様のようだったし)
でも女神様というのは何者なのかを聞くのは、間違いなく面倒ごとに巻き込まれることになるだろうと危惧し、一緒に謝りに行こうとは言わず、大丈夫かだけを尋ねれば、ソールもまた黒い笑みを浮かべて答えた。
「……大丈夫だ。俺も言いたいことがあったから丁度良い。会ってくる」
「あ、あまり怒らせないようにね?」
思わずそう口にした私に対し、ソールは私の額にデコピンをくらわせた。
「いっ……、何するの!」
思わず額を押さえ、睨む私に、ソールは言った。
「バーカ。お前のために戦ってくるんだよ、こっちは」
「!」
その言葉に思わず息を呑み固まると、それを見たソールは吹き出したように笑い、今度は私の頭に手を置いて言った。
「お前は余計な心配してねぇで、ゆっくり休め。何のために連れてきたんだか分かんなくなるからな」
「……ありがとう」
「どーいたしまして」
ソールはそう言うと、妖精達に告げる。
「アリスの世話はお前らに任せる。……というか余計な話すんじゃねぇぞ。話したらぶっ飛ばすからな」
「「「こわーい」」」
「ソール、いじめないであげて」
ソールの物騒な口ぶりに思わず妖精達を庇うと、彼はふんっとそっぽを向き、次の瞬間いなくなっていた。
妖精達は、その姿を見て笑って言った。
「ソール、あれでもアリスにはあまいんだよ〜」
「そ、そうかしら?」
「そうだよ〜! アリスのために、このおへやけっこうまえからよういしてたんだから〜」
「結構前から?」
ソールから余計なことを言うなと言われても話してくれる妖精達を、本来なら諌めなければならないのだろうけど、思いがけないことばかりで思わず反芻してしまう私に、妖精達は話してくれる。
「うん〜! ソールにとってもアリスはとくべつだし」
「と、特別」
私が思わず呟くと、今度は三人で顔を見合わせて話し出した。
「ソールは、アリスのこといつもきにかけてるよね」
「いつもたすけてあげなきゃっておもってるみたい」
「ぜったいにいわないけど、アリスのことがたいせつなんだよ」
「……」
妖精達の会話を聞いて、ますます疑問は深まっていくばかりで。
(どうしてソールは、私のことを気にかけてくれるんだろう?)
ぶっきらぼうで口も悪いし、どちらかというと俺様なタイプに見えるのに、違和感を覚えてしまうくらい私を助けてくれたり、優しかったりするところがある。
(前世で黒猫姿の彼を助けてあげただけでは、どうしてもないような気がしてしまう)
私を“アリス”に転生させてまで助けようとしてくれる意味は一体……。
「アリス?」
「!」
不意に名を呼ばれ、顔を上げれば、花の妖精達が私の頭と背中、手を引いて言う。
「とにかく、おへやにあがろ!」
「おへや、あんないしてあげる!」
「いっしょにおはなししよ!」
そんな妖精達の姿を見て、私は思う。
(そうよね、ソールに聞いても躱されてしまうだろうし、今ここで考えていても分かることではないのだから、ソールに言われた通りゆっくり休みましょう)
そう決めると、私は妖精さん達に向かって笑みを浮かべて言った。
「ありがとう。案内よろしくね」