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第十八話

「ん……」


 随分と、長く眠ってしまっていたような気がする。

 そんな微睡みの中で目を覚まし、ゆっくりと身体を上げれば、何となくだるさは感じられたけれど痛みは消えていた。


(良かった。大分回復したのね)


 そんなことを考えながらチラリと時計を見れば、いつもなら寝支度を整える時間帯を迎えていた。


(……もう十分寝たし、今夜はこれ以上は眠るのは無理そうね)


 せめて起きるのが朝だったら良かった、なんて考えながら、そういえばと辺りを見回す。


(エリアスは、もういないのね)


 そんなことをふと考えてしまう自分にハッとし、慌てて首を横に振る。


(何を言っているの! 彼は忙しいのだし、そもそもただの契約妻の私なんかが彼の手を煩わせるわけにはいかないでしょう?)


 ただの契約妻。

 そう自分に言い聞かせながら、なぜだかチクリと胸が痛む気がするのは、きっとまだ完全に回復したわけではないからだろう。

 そう結論付け、とりあえず無事に回復したことを伝えなければと起き上がる。

 そして自分でも着られる簡素なワンピースに身を包みながら、それから、と決意した。


(きちんとララや侍従達に謝らなければね)


 あの時、必要だと思ったから彼らを切り離した。

 あれは全て、本心ではない。ただ、彼らを守りたいがために“悪女”になりきった。


(特にララを、傷つけてしまったかもしれないから)


 そんなことを考えながら、扉から顔を出す。

 それをギョッとしたようにこちらを見たのは、部屋の前で控えていた二人の護衛の騎士だった。


「お、奥様!?」

「た、体調はいかがですか!?」

「おかげさまで、回復したわ。

 ララやエリアスはどこにいるかしら?

 知っていたら、教えて欲しいのだけれど」


 その言葉に、騎士達は顔を見合わせ、困ったような顔をする。


「……何かあったのね?」


 その言葉に、騎士達の肩が分かりやすく跳ねる。

 それを見て、私は息を吐くと口を開いた。


「良いわ。教えてくれないのなら自分で探すから」

「お、お待ちください!」


 そう言って部屋を出ようとした私に、一人の騎士が慌てて私の前に立ちはだかる。

 それをもう一人の騎士が止めに入った。


「だ、駄目だろう、奥様には知らせるなと言われているのに」

「どっちみち奥様にはバレるだろ!?」

「あら、何の話かしら?」


 私が笑顔で詰め寄れば、彼らは声を喉に詰まらせる。

 それを見て、もう一押しと言葉を続けた。


「大丈夫よ。エリアスはそんなことで怒るような人ではないわ。

 それでもと言うのなら、私から口添えしておくから。

 これは、私からのお願いよ」


 そう圧を含めてそう笑みを浮かべれば、彼らはヒッと人を魔物とでも思っているのか、怯えたような顔をして口を開いた。


「お、奥様にお客様が来ていらっしゃるため、そちらの対応をしていらっしゃいます!」

「私にお客様? ……まさか」

「お、奥様!?」


 その言葉を最後まで聞くことなく、私は長い廊下を迷うことなく足早に歩き出す。

 向かった先は、言わずもがな応接室。

 案の定、その部屋の少し開いた扉から光が漏れ出ており、そこから話し声も聞こえた。

 廊下には見回りの騎士がいたが、私はそれを人差し指で制すると、まずは部屋の中の様子をこっそりと覗って……、心の底からため息を吐いた。


(……やっぱり)


 視線の先にはここにいるはずのない私の父と兄が座っている。そして、その向かいにはエリアスがいて。

 またなぜこんな時に、と思いながらも、何の話をしているのか気になりその場で盗み聞きをする。

 最初に口を開いたのはお父様だった。


「なぜアリスに会えないのですか!」


 その苛立ったような大きな声は、あまり聞いたことのない必死な様子で。

 驚いているのも束の間、エリアスが冷ややかな口調で答えた。


「だから、何度も申し上げている通り、彼女は今風邪を引いて寝込んでいるためお会いすることが出来ません。お引き取り下さい」

「風邪を引いているだと!? 彼女は幼い頃から一度も風邪を引いたことがない子なんだぞ!?」


 その言葉に、思わず息を呑んだのは私だった。


(違う、“アリス”は風邪を引いたことがないわけじゃない)


 アリスは、隠し通していた。

 誰にも気付かれないように。

 自分の体調が悪い時は、癇癪を起こしたフリをしてわざと侍女を出ていかせて、ずっと一人で寝て耐えて過ごした。

 そうしたのは、誰にも心配をかけたくなかったから。


(彼女はただ、皆に心配をかけたくなかった。愛されたかった。

 だけど、そんな努力も虚しく、そんな彼女は()()()()遠巻きにされていた)


 そこまで考えてはたと気が付く。


(そういえば、なぜ“アリス”はあんなに侍従達から、物心がついたときから既に敬遠されていたの……?)


 そんなことを考えている間にも、彼らの言い合いは続く。


「一度も風邪を引いたことがない? そんなわけがないでしょう。

 ……あぁそれとも、アリスは大丈夫だと勝手に思い込んで彼女自身のことをきちんと見ていなかった、貴方方の業だろうか?」


 エリアスの物言いが、丁寧なものからやや物騒な口調に変わる。

 それに対してお兄様が憤慨した。


「何を根拠にそんなことを!」

「アリスの様子を見ていたら分かる。貴方方とは一切関わり合いになりたくないのだと。

 ……そういう時の表情は、痛ましいほどに傷付いていて見ているのが辛い」


 痛ましい。そうエリアスの口から飛び出た言葉に、思わず目を伏せた。


(あぁ、私は貴方の目にそんな風に映っていたのね)


 アリス……私は強がっているだけで、本当は強くない。

 それでも一人でこの足で立たなければと自分を奮い立たせて、そうして生きてきた。

 だから私は、自分の弱さに見て見ぬふりをして過ごしてきたの。


 そんなエリアスの言葉に怯んだのはお父様達も同じのようで、言葉を失う。

 そしてエリアスは言葉を続けた。


「それに、貴方方は忘れていないだろうか? 肝心な時に彼女の元に現れないことを。

 ……心配していると口先だけは言っておいて、彼女が本当に望むことは、何一つ叶えてあげないなんて」

「アリスが、望むこと……?」


 そう言って黙り込む彼らに、苛立ちを隠さずエリアスは言った。


「三週間前の花祭りの日のことだ!」


 その言葉に、私は再度息を呑む。

 エリアスは誕生日のことを言っているのだと私は気が付いたけれど……。


「花祭りがどうした」


 その言葉に愕然とする。

 思わず、乾いた笑いが溢れそうになるが、盗み聞きがバレてしまうとぐっと堪え、代わりにやるせなさが瞳から溢れそうになった。

 そんなお父様のつぶやきに、エリアスは今度こそ耐えられないとばかりに机を手で叩き言った。


「娘の誕生日も忘れているのか! それでも彼女を大切にしていると言えるのか!!」


 その剣幕に、私が驚いてしまう。

 それと同時に、胸が温かくなった。


(……エリアス)


 私のためにこんな……、こんなに想ってくれるのは、後にも先にも彼だけだ。

 そう気付いた私だったけれど、その後すぐ耳を疑うような言葉が飛んでくる。

 それは、震えるようなお兄様の言葉だった。


「……父上、花祭りは母上がアリスを連れてきた日ですよ」

「……連れてきた?」


(連れて、きた?)


 まるで私の思いを代弁するかのように、エリアスが口にする。

 お父様はそんなお兄様を嗜めるように制したが、やがて観念するように小さく言葉を発した。


「……実は、アリスは、私達の子供ではないのです」


 その言葉に、エリアスは息を呑み、私は身体から血の気が引いていくのが分かったのだった。

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