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第十七話

 ーーー……暗い、暗い闇の中。

 目を開いているのか閉じているのかも分からない、そんな暗闇の中に一人佇んでいる私。


『これは……、夢?』


 その呟きに、答える人はもちろんいない。

 そして座り込んでいた私がふと視線を落とした先に、暗闇ではない“何か”が映り込む。

 それは。


『エリアス……?』


 映像はモノクロだったけれど、はっきりと見えるその顔立ちはエリアスだと分かる。

 そんな彼は何かを探しているのか、キョロキョロと辺りを見回していた。

 私はそれを見て首を傾げる。


(何を探しているのかしら?)


 そう呟いたものの、その探しているものの正体はすぐに分かった。

 それは、彼の後ろから長く美しい髪を揺らしながら近付く、女性の姿があったから。

 そんな彼女の顔は見えない。

 けれど、その彼女を振り返ったエリアスは、柔らかな笑みを湛え、そして……破顔した。


『……っ』


 そして仲睦まじく並び会話をするその姿を、なぜだか直視したくないと、そう唐突に思う。

 それだというのに、目が離せない自分がいて。


『……どうして』


 無意識に呟いた言葉にハッとするが、胸にはモヤモヤとどす黒い気持ちが広がっていく。

 そして、口からは勝手に言葉が出ていた。


『どうしていつも、あの子ばかり』


 憎い。


『私はどうして、あの子にはなれないの』


 憎い。


『私はこんなにも、貴方のことを……っ』


 口走ろうする前に我に返り、口を押さえる。


(違う、これは私ではなく“アリス”の……っ)


 そこで初めて気が付く。

 “アリス”は本当に、エリアスのことを想っていたのだと。


(では、私は?)


 分からない。

 けれど、今目にしているこの映像を見て抱くこの気持ちは、果たして“アリス”のものなのか、“自分”のものなのか。

 それさえも分からないでいるけれど、でも、これだけは言える。


(私は、“アリス”と同じにはなりたくない)


 あんな想いをするのは、()()()()()嫌なの……ーーー





「……っ」


 重い瞼、全身に感じる倦怠感、そして痛む喉に顔を歪めながら、朦朧とする意識をなんとか覚醒させようと数度瞬きすれば、見慣れた天井が広がっていて。

 それを見て、あの夢ではないと気が付きホッと息をついたのも束の間、突如声が降ってきた。


「アリス」

「!」


 ここにいるはずのない人の声にハッとし、慌てて起きあがろうとしたのに対し、その人もまた慌てたように銀色の髪を揺らし、氷色の瞳を心配げに細めて私の肩を押した。


「まだ安静にしていないと駄目だ。魔力暴走が原因で熱が出ている」

「……魔力、暴走」


 辛うじて反芻したその言葉は、驚くほど掠れてしまって。

 エリアスは慌てたようにコップに入った水を差し出してくれる。


「辛いだろう? とりあえず今はこれを飲んで、ゆっくり眠ると良い」

「……」


 そのコップを受け取り水を飲むと、乾いた喉が潤い、幾分か痛みが和らいでいくのが分かって。

 そしてそのコップを当たり前のように私から受け取り、側にあったローテーブルに置くエリアスの姿を目で追いながら尋ねた。


「側に、いてくれたの?」


 その言葉に彼は目を見開くと、眉尻を下げて言う。


「あぁ。俺にはこれくらいしか出来ないからな」

「……そう」


 そんなことはない、と言おうとしたけれど、熱のせいか上手く言葉が紡げず、結果相槌を返すという彼の言葉を肯定する返しになってしまい、胸の内に罪悪感を覚える。


(私の方こそ、この指輪の力で沢山助けられたのに)


 それをどう礼を述べようか考えあぐねている内に、エリアスが口を開いた。


「俺がいては休めないだろう。一度部屋を後にするから、何かあったら侍女伝に呼んでくれ」

「待って!」

「!」


 側を離れようとした彼の手を、咄嗟に掴む。

 それに驚いたように私を見るエリアスと目が合い、慌てて手を引っ込める。


(な、何をしているの私!)


 自分でもなぜそんな行動をとったのか分からずパニックに陥る私に対し、彼もまた何か口を開きかけたところで、ピカッと空が光った後、ドーンッという凄まじい音が鳴った。


「っ!」


 思わずその場で固まってしまう私に気付いたようで、エリアスは静かに尋ねる。


「……アリス、もしかして雷が怖いのか?」

「そ、そんなこと」


 ない、と言っている間にもまた空が光ったことで押し黙ってしまう私に、エリアスはなぜか笑った。


「ど、どうして笑うの!?」

「いや、君でも苦手なものがあるんだなと」

「苦手じゃない!」

「そういうことにしておこう」

「っ」


 そう悪戯っぽく笑った彼は、絶対に馬鹿にしているとムッとしたけれど、その間にも物凄い音が鳴ったために、耐えきれず耳を塞ぐ。

 そして、早口で言葉を発した。


「大丈夫、慣れているから。すぐに収まるだろうし、こうしていれば直に去るでしょう?」

「……もしかして、君はいつもそうして過ごしていたのか?」

「え?」


 その言葉が上手く聞き取れず、両手を外した私の耳に、再度雷の音が鳴り響く。


「ひっ……!」


 思わず悲鳴をあげかけ、耳を押さえようとした私の手を、エリアスが取った。

 そして、次の瞬間彼の腕の中にいたのだ。

 驚く私に、エリアスはまるで言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「大丈夫だ。雷なんて怖くない」

「え……」


 そう言うやいなや、部屋の中が一瞬彼の魔法の光を帯びる。

 その光景を見て、呟いた。


「もしかして、防音の魔法?」


 それは、いつも魔法特訓を行う際に部屋の中にかけてくれる魔法だった。

 その問いかけに頷いた彼は、頷いて言った。


「そうだ。さすがに雷を起こす雲を風で吹き飛ばすわけにはいかないから、音を遮断するだけで我慢してくれ」

「……その口ぶりからすると、雲を吹き飛ばすことも出来るの?」

「もちろん」


 さも当然だというように口にするエリアスに対し、凄すぎて言葉を失ってしまう私に、彼はクスリと笑うと、そっと身体を離して私をベッドに優しく寝かせる。

 そして、私の額に手を乗せると言った。


「まだ熱も高い。今は何も考えず、ゆっくり休むんだ」


 そう口にした彼の手は、ひんやりと冷たくて。

 きっとそれも魔法を使ってくれているのだろうと思いながら、徐々に薄れていく意識の中で、これだけはと言葉を発する。


「エリアス」

「ん?」


 ぼんやりとした視界の中で彼を捉え、言葉を続ける。


「こんな風に、誰かに温かく看病してもらったのも初めて。

 ありがとう、エリアス。

 この借りは、きちんと、返すから……」


 そう言って目を瞑り、今度こそ抗えない微睡に落ちていく中、エリアスの声が遠くで聞こえた。


「そんなことは気にしなくて良い。むしろ、借りを作ってしまっているのは俺の方だ。

 ありがとう、アリス。この屋敷を守ってくれて。

 美しいだけでなく聡明である君に、俺だけでなく皆が救われている。

 ……君がここにきてくれて、本当に良かった」


 その言葉の後に頬に触れた感触は、柔らかく温かくて。

 それが何なのか考える事はできなかったけれど、でも、これだけは思う。

 目を閉じても、もう悪い夢を見ることはないだろう、と。







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