第十四話
そんな大事件が起こったのは、花祭りから更に半月程、契約結婚から4ヶ月を過ぎようとしていた真夜中の出来事だった。
「……出来た」
そう呟くと、見守ってくれていた花の妖精達が口々に声をかけてくれる。
「わ〜! ほんとだ!」
「できてるよ! アリス!」
「さすがはアリス!」
妖精達の言葉で魔法が成功していることを確信し、それに対して礼を述べながら隠しきれない笑みを溢した。
まずもって真夜中に何をしているかというと、言わずもがな魔法の特訓だ。
面倒くさいことが嫌いとはいえ、魔法の特訓を怠ってしまったら、魔物から狙われているという自分の身を守ることが出来ないし、また予期せぬ魔力暴走を防ぐためでもあった。
それだけではなく、“花の魔法”を自在に操ることが出来れば、いけばなに大いに役立つということもあり、より一層魔法を習得するために特訓しているのだけど……。
「怖いことに、“花の魔法”のコツは掴めても、“癒しの力”のコツがどうしても掴めないのよね」
そう呟いた私に対し、彼らはキョトンとした顔で顔を見合わせた後、赤の妖精が言った。
「でもアリス、いまさっきできたでしょ?」
「出来たと言っても、十個中一個。それも、奇跡としか言いようがないわ」
そう返してから、思わず手元にある物……今しがた魔法を施したサシェを見つめる。
「予め多めに作っておいて良かったわ。……失敗したものは全て、力が強すぎるためにボツになったものだもの」
“癒しの力”は少量であれば、気分が安らぐ効果を得ることが出来るのに対し、逆に多くあればあるほど強い睡眠効果があるということが分かった。
「失敗して私が眠ってしまう、なんていうこともあったくらいだものね」
「そのときは、こうしゃくさまがベッドまではこんでたよ〜」
「おひめさまだっこしてた〜」
「!?」
そんないらぬ情報まで披露してくれた妖精達に対し、火照りそうになった頬を慌てて顔を振ることで誤魔化すと、「とにかく!」と慌てて言った。
「エリアスに現状を報告するわ」
「「「さんせ〜い」」」
妖精達の言葉に頷き、窓の外で同じく魔法特訓を行っているエリアスの姿を見つけると、指輪に魔法を流し心の中で語りかけた。
『エリアス』
『!』
私の呼びかけに、空を飛んでいたエリアスがこちらを見る。
そして、そんな彼に向かって語りかけた。
『少しだけ、時間を頂いても良い?』
「……なるほど。“癒しの力”のコントロールは相変わらず難しいのか」
「えぇ」
私が頷けば、エリアスは顎に手を当て唸る。
「“癒しの力”については希少であると同時に強力なものだということは、妖精達から聞いて分かっていることだからな」
「だから魔力暴走を防ぐためにも何とか術を身につけたいと思うのだけど……、“癒しの力”で唯一上手くいったのはこれだけよ」
そう言って先程話していたサシェを彼に差し出せば、エリアスは首を傾げた。
「これは?」
「サシェよ。私が作ったの」
「作った!?」
「えぇ。刺繍を施した巾着の中に、バラの花弁を乾燥させたドライフラワーを入れたの。本来は香りから得るリラックス効果や衣装棚に入れて使用することも出来るわ」
「そのサシェに、魔法を?」
エリアスの言葉に頷くと、彼は私の手からサシェを持ち、物珍しそうに眺めた。
その姿を見て、少し気恥ずかしくなりながらも尋ねる。
「男性にはあまり馴染みのないものかもしれないわ」
「確かに聞いたことはあるが、実際に見たのは初めてだな。……香りを嗅いでも?」
「良いわよ」
エリアスの問いかけに頷くと、彼はサシェを鼻に近付ける。
そして、呟いた。
「良い香りだな。確かに、心が休まる気がする」
「香りに加えて“癒しの力”を施してみたの。
そうすれば、いくらショートスリーパーの貴方だって寝つきが良くなるかと思って」
その言葉に、彼はハッとしたように口にする。
「……俺の?」
「貴方も最近疲れているのでしょう? 顔色が悪いから何かあるのかと思ってカミーユに尋ねたら、連日王城での会議が続いていると聞いて」
「……バレていたのか」
「これだけ一緒にいたらね」
そう言って肩を竦めてみせると、エリアスは苦笑いをして言った。
「あぁ、そうだったな。君も、俺の機微に気が付いてしまうところがあったな」
「まあ、そんなところ。それに、貴方が私に贈り物をくれた分、出来ることをしたいと思ったの。だから、受け取って」
その言葉に、彼は小さく目を見開いた後、やがて微笑みを湛えて言った。
「そんなことは気にしなくて良いと言いたいところだが、君が俺のために作ってくれたことも、俺の身を案じてくれたことも嬉しい。
ありがとう、アリス」
「……っ」
そう言って、サシェに視線を落とし、嬉しそうに笑いながら大事そうにそれを見つめるその姿を、直視することは出来なくて。
思わず視線を逸らした私に対し、彼は更に揶揄うように言う。
「君からの、初めての贈り物だな」
「……!? や、やっぱり返して!」
「嫌だ。これは俺のだ」
そう言って、わざとらしくサシェに口付けを落とす真似をする彼を見て文句を言おうとしたところで、エリアスがハッとしたように扉の方を見て言った。
「アリス、嫌な予感がする」
「嫌な予感……?」
「とりあえず、君は自室へ戻ってくれ。俺も部屋に戻り、準備をする」
「準備って」
「説明は後だ」
そう彼の切羽詰まったような表情を見て、これは只事ではないと感じ取った私は、言われた通りすぐに自室へと戻る。
共同寝室が防音になっていたからか、そこで初めて廊下が騒がしいことに気が付く。
こんな真夜中に屋敷が騒がしいことなんておかしい、とエリアスが言っていた通りだということに気が付き、慌てて扉を開けると。
「アリス様は部屋でお待ちください!」
「ララ!? 一体何があったの!?」
「魔物が城下に現れた」
「!!」
ララとは別の声……、他でもないエリアスが後ろから現れ、言葉を発した。
その格好は、今から出向く格好だと気が付いた私は、口を開く。
「では、貴方も城下に?」
「あぁ。中級の魔物が多数目撃された。今のところ被害はないが、魔物が見えない民にその矛先が向かないよう、応援に行かなければならない」
「あ、貴方だけで!?」
思わず口にしてしまう私に、彼は一瞬驚いたような顔をしたものの、じっと私を見つめて言った。
「城下には既に魔法使いが派遣されている。王族は結界の原因を究明中だ。俺も行かなければならない」
「私は……っ」
そう言おうとしてハッとした。
(私、何を言おうとしているの)
魔法使いになったとはいえ、“癒しの力”もまともに扱えないような私に、出る幕などないことは言わずとも分かっていること。
それなのに。
(っ、どうしてこんなに、歯痒いの……っ)
そんな私をじっと見ていたエリアスは、不意に私の手を引く。
「!」
それによって近付いた距離で私の耳元に顔を近づけ、彼は言った。
「この屋敷のことは、君に任せる」
「……!」
そう言って離れたことによって、エリアスの顔を見上げれば、彼は小さく笑っていた。
そして、はっきりと口にした。
「何かあったら連絡してくれ。留守は頼んだ」
“留守は頼む”。
それは、彼にとってはあまり深い意味はないのかもしれない。
でも、私は初めて頼りにされた、そんな気がした。
だから、私は気合いを入れるように「はい!」と力強く頷いたのだった。