第十三話
お待たせいたしました!
題名回収(溺愛)を開始いたします〜!
花祭りの翌日。
「アリス、寝不足か?」
朝食の席で開口一番エリアスにそう言われ、私は一瞬声を喉に詰まらせながらも口を開く。
「っ、どうして?」
「隈が出来ている」
「なぜ……」
ララの腕は今日も完璧なはず。化粧だって、隈が見えなくなっていることを何度も鏡で確認したのに、いつも彼は。
「俺が気が付かないはずがないだろう?」
「……っ」
こういうことを、さらりと言ってのけるのだ。
思わず固まってしまう私に、彼は口角を上げて言葉を続ける。
「そしてそれは、多分俺のせい。だろう?」
「!!」
図星を疲れ、息を呑む。
そんな私を見て満足げに笑い、何事もなかったかのように料理を食べ進める彼に腹が立ち、言い返す。
「違うわよ、昨日は色々あって眠れなかっただけ」
「ふーん?」
そう口にする彼は、何でもお見通しかのように意味ありげに笑うものだから、誤魔化すために食事に舌鼓を打つ。
(そうよ、眠れなかったのは貴方のせいよ)
まさか、誕生日をお祝いしてもらえるとは思わないし、挙げ句の果てには……。
『好きだ』
あの温もりが、言葉が、今でも鮮明に思い出される。
それに、極めつけは。
『君をもう、手放せそうにない』
「アリス」
「っ!?」
名を呼ばれ、反射的に顔を上げれば、エリアスはまだ笑っていた。
その表情を見て、キッと睨む。
「わざとでしょう!」
「何が?」
「私が動揺しているところを見て、笑っているでしょう!?」
「そうか、君は動揺しているのか」
「っ!」
言ったことを反芻され、カッと顔が赤くなるのが自分でも分かって。
そんな私に、エリアスは何とも言えない甘やかな笑みを浮かべて言った。
「少しでも、君に意識してもらえているんだな。嬉しい」
「な……!」
「時間はまだまだ沢山あることだし、焦らず君にゆっくりと、この気持ちを伝えていくことにしよう」
「は!?」
「それは良いとして」
「良くない!」
文句を言おうとしたけれど、それを遮るようにして彼は尋ねた。
「贈り物は、気に入ってくれただろうか?」
贈り物。
その言葉に、昨夜皆から沢山の誕生日プレゼントいただいたことを思い出す。
そして、それは例には漏れず。
「皆さんから頂いた贈り物は、もちろん嬉しかったわ。……けれど」
「けれど?」
私は手にしていたフォークを置くと、エリアスを指さして言った。
「貴方のは別よ! 一人だけ明らかにお金の単位がおかしいとは思わないのかしら!?」
「最愛の妻に贈る物としては、普通のことだと思うが?」
「さっ、最愛の妻!?」
貴方と私は契約上でしょう! と突っ込もうとした言葉は喉奥でかろうじて押し留め、咳払いして言った。
「ふ、普通じゃないわよ! だって、あれは……」
「気に入らなかったか?」
「っ」
しゅんとしたように項垂れるエリアスの姿を見て、慌てて言った。
「気に入らないとか、そういう問題ではないというか……、だってあれは、あまりにもお値段が可愛くないからと諦めた物なのよ?」
そう、エリアスに誕生日プレゼントと称して贈られた品。
それは、私がこの“幽霊屋敷”を改造すべくカーテンを取り替えようとした際、自室のカーテンを選んだ時に諦めた、デザインは可愛いのにお値段は可愛くないカーテンだった。
桃色の分厚い生地で出来た花柄のドレープカーテンには、クリーム色のタッセルがついており、そしてカーテンの上部は半円状に象られた(スワッグバランスというらしい)、レース地を合わせた贅沢な三重構造となっている。
「本当に驚いたのよ。貴方が『贈り物は部屋に帰ってからのお楽しみ』だと言い張っていたから、扉を開けた瞬間それを目にした時、思わずその場で固まってしまったわ」
「そんなにか?」
「当たり前よ。あのカーテンの値段を知っている私からしたら度肝を抜かれたわ」
「君は値段のことばかり言っているが、そんなに気に入らなかったか?」
そう尋ねられ、私は視線を逸らしながら口を開く。
「それは……、もちろん、嬉しかったけれど」
部屋に入った瞬間、まるでお姫様になったような気分になった。
カーテン一つの印象でこれほど部屋が違って見えるとは。……なんて悠長なことを言っている場合ではないというのに、エリアスは心から嬉しそうに声を上げた。
「良かった」
その言葉に息を呑めば、彼はスラスラと言葉を並べた。
「君にこんなことを言うのは格好悪いかもしれないが、正直、君への贈り物は迷いに迷った。君は何なら喜んでくれるだろうと」
「そんなに?」
思わず尋ねた私の言葉に頷き、彼は苦笑して言った。
「侯爵から贈られてきたどんな品も義務的に受け取る君を見ていたら、そう思うのも無理はないだろう?」
「……まあ、確かに」
侯爵家から贈られてくる品々も、言われてみればあり得ないほどの高級品ばかりなのよね、と思い浮かべれば、彼は言葉を続けた。
「それで考えついたのが、君は実用的な物なら受け取ると思ったんだ。……幸いあの品は、君が諦めたと侍女から聞いた時点ですぐに購入していた」
「えっ?」
思わぬ言葉に彼を見やれば、彼はにっこりと笑って言った。
「君はあのカーテンを見て値段がと言ったらしいが、たかがあの値段で公爵家の懐が痛むとでも?」
「いえ、思いません」
「だろう?」
筆頭公爵家相手にそんな不敬なことを思うはずがないと間髪入れずに返せば、エリアスはおかしそうに笑う。それでも納得がいかず口を開いた。
「だけど、あれはそう易々と受け入れて良い額の物ではないわ。だって私は」
「君ならそういうと思って、誕生日に贈ることにしたんだ」
そう彼は困ったように笑い、口にした。
「ただでさえ貸し借りを嫌いな君が、素直に受け取ってくれるとは思えなかったから。
何かにこじつけでもしないと受け取ってはもらえないだろうと」
「ど、どうしてそこまでして……?」
私の問いかけに、彼は笑って言った。
「君のことが好きだから」
「っ!?」
不意打ちでそんなことを言われ、言葉を失っている間に、彼は言葉を続ける。
「君が喜んでくれる物でないと意味がない。そして俺は、そんな君が喜ぶ姿を……、嬉しいと言って笑ってくれる姿を見たかった」
「そ、それだけ?」
思わず呟いてしまった私の言葉を耳にした彼が、逆に驚いたような顔をしてから言った。
「君にとってはそれだけでも、俺にとっては重要だ。
君を笑顔にすることが出来た時、俺は幸せだとそう思えるのだから」
「……!」
そう言った彼の表情が、真剣そのもので。
私はそれを見て、呟いた。
「……貴方、変よ」
「え?」
そう呟いたことで確信を持って言葉を続ける。
「絶対に変。私の笑顔を見ただけで幸せに思えるとか。……でも」
「!」
そんなエリアスの瞳をまっすぐと見つめると、自然に溢れた笑みをそのままに言葉を紡いだ。
「そんなことを言われたのは初めてだから、素直に嬉しいとも思う。ありがとう、エリアス」
「……!」
そう口にしてから、気を取り直すために手を叩いて言った。
「それでも、やっぱり誕生日プレゼントとしては額が大きすぎると思うの。
だから、私も貴方の誕生日は何にしようか、今から考えようと思うのだけど……ってエリアス、聞いているの?」
「……君はやはり小悪魔だ……」
「はい?」
何と言ったか分からず問い返せば、彼は何かを思いついたように口を開く。
「俺への誕生日プレゼントは、何でも良い」
「え?」
急にそんなことを言われ首を傾げたのに対し、彼は意味ありげに笑って言った。
「君がくれる物なら何でも嬉しい」
そう口にした彼は、冗談で言っているふうには見えない、けれど。
「……そ」
「そ?」
「そんなことあるわけがないでしょう!?」
「!?」
思わず机を叩いてしまったけれど、朝食の席だったことに気が付き、慌てて少し皺が寄ってしまったテーブルクロスを直してから言った。
「何でも良いわけがないのよ! 貴方は筆頭公爵! 欲しいものは何でも手に入る!
そんな貴方に返せる物は、絶対に限られているのよ!」
「は、はあ」
「だから考えておいて! 貴方の誕生日まで後三ヶ月、私も全力で考えるわ!!」
「え、待っ……、行ってしまった」
いつの間にか朝食を終え、怒涛のごとく部屋を立ち去った彼女の背中を見て、部屋に残されたエリアスは思う。
(他ならぬアリスが考えてくれた物なら、本当に何でも良いんだが)
『私も全力で考えるわ!!』
「……ふっ」
その言葉を思い出し、吹き出したエリアスは小さく呟いた。
「そう言ってくれるのなら、期待しておこう」
何より、彼女が自分のことを思ってくれていること。
それこそが、エリアスにとってこれほど喜ばしいことはないとそう思いながら、隠しきれない笑みを溢し、席を立ったのだった。
そんなほのぼのとした日常を送る二人は、これから国を揺るがすほどの事件が起きようとしていることを、この時はまだ知らずにいたのだった。
作者多忙につき、現在週一以上の更新を目指す予定でおります。お読みくださっている皆様、大変申し訳ございません。
更新頑張ります…!