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第十話

「連れていきたい場所って……、公爵邸?」


 彼に連れられ、馬車に乗り込んだ私達が辿り着いた場所は、いつも見慣れたロディン公爵邸だった。

 戸惑う私に、彼は頷いて言った。


「説明するより見てもらった方が早い。その前に、準備をしてもらわなければいけないが」

「じゅ、準備?」

「お待ちしておりました!」


 馬車を下りた先、玄関ホールで待っていたのは。


「ララ」

「さ、時間もないことですし準備をいたしましょう!」

「え、ちょ、ちょっと!?」


 背中を押され、慌ててエリアスの方を見やれば、彼は笑って手を振っている。

 何が起きているのかさっぱり分からない私が導かれた先は、自分の部屋で。

 そして、そこにいたのは。


「アリス様、お待ちしておりましたわ」

「……ミーナ様!?」


 そこには、私と先程城下で逸れてしまったはずの彼女の姿があった。

 そして、よく見ると先程の私とお揃いの装いとは違い、ワンピース丈の清楚なドレスに身を包んでいる。


「え、あ、あの?」

「説明は後ですわ! 急いで仕度をしなくては!」

「は、はい!?」


 質問することも許されず、状況をまるで呑み込めないまま椅子に座らされた私は、ミーナ様とララを含めた侍女達の手で、あっという間にドレスアップさせられていく。

 そして。


「完成ですわ!」

「……!」


 ミーナ様の言葉で鏡に映った自分を見て、私は目を丸くする。


「いかがですか?」


 そう尋ねられ、驚きを隠せないまま口を開いた。


「え、いや、あの……、本当に素敵、ですけれど……、どうして?」


 鏡には、レースをふんだんにあしらい、腰元に品よく飾られたリボンには桃色の花弁の刺繍が施された、淡い水色のドレスに身を包んだ自分の姿が映し出されて。


「まあまあ! それは後で分かりますわ!」

「花冠とドレスもとてもよくお似合いです!」

「あ、ありがとう……?」


 とりあえずお礼を言うと、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


「丁度よかったですわ。アリス様の王子様のお迎えですわね」

「王子様!?」


 それはエリアスのことを指しているのだろうけどよく分からない、などと現実逃避のために考えてしまっている私の前で、侍女によって扉が開かれる。

 そして、そこに立っていたのは。


「「……!!」」


 互いに目が合い、同時に驚いてしまう。

 私はというと、そんな彼の服装に目がいった。


「……私と、ペアルック……?」


 そう、彼の衣装は銀地のスーツに、首元のタイは淡い水色の生地に桃色の花弁が、私の腰元のリボンと同じように刺繍されていた。


「「…………」」


 お互いに驚いて見つめ合ってしまっていると、ミーナ様やララを含めた侍女達はクスクスと笑って言った。


「では、後はお二人でどうぞごゆっくり」

「公爵様、アリス様を独り占めなさらないでくださいね?」

「余計なお世話だ!」


 そんな二人の言葉に、最後はエリアスが言い返したところで、本当に二人きりにさせられてしまう。


「…………」


 そして、再び沈黙が訪れたけれど、彼は意を決したように口を開いた。


「アリス」


 エリアスに名を呼ばれ、俯き気味だった顔を上げれば、彼は微笑みを浮かべて言った。


「リンデル夫妻に頼んで作ってもらったのだが、想像以上に……、いや、想像していたより遥かに可愛くて綺麗で、驚いてしまった」

「っ!」


 そう言った彼の瞳に、どこか熱がこもっているような気がして。

 お世辞をありがとう、とも茶化せる雰囲気でもないその空気に戸惑っていると、彼は困ったように笑って言った。


「とはいえ、ペアルックはまだ俺達には早かっただろうか? 君の気分を害していたらすまない」

「い、いえ! とても綺麗で……、そういう貴方こそ、よく似合っていて驚いただけよ」

「! ……そうか」


 そう言った彼の笑みが、心からの笑みだということに気付いた瞬間急に胸が苦しくなって。

 そんな表情を直視することが出来ず、少し視線を逸らしてから口にした。


「ただ、分からないわ。どうして、ここまでしてくれるのか」

「……やはり、これでもまだ気が付かないか」

「え?」


 エリアスは小さく笑うと、私に向かって手を差し伸べる。

 そして、自身の胸に手を当て言った。


「今宵、可愛らしく美しい君をエスコートする権利を、俺にいただけますか」

「……!」


 そう言ってこちらに目を向けた彼の氷色の瞳には、戸惑う私の姿が映し出されていて。

 そして恥ずかしくなった私は、可愛げなく返答する。


「……貴方、今日はやっぱり変よ」


 そう口にしながらも、その手に自分の手を重ねれば、彼は嬉しそうに私の手を引く。

 そんな彼に連れられて向かった先で、私の視界に飛び込んできたのは。


「「「アリス様!!!」」」

「え……」


 夜闇に浮かぶ大きな満月の下、その光に照らし出された花々が美しく咲き乱れ、花弁が舞う、そんな幻想的な庭園。

 そこには、私が知る人物達がそれぞれドレスアップをして立っていた。

 そして。


「「「お誕生日、おめでとう!!!」」」

「…………!」


 その言葉に、私はハッとし彼の顔を見る。

 エリアスは、そこで初めて笑って口にした。


「今日は君の誕生日だ、アリス」

「私の……?」


 そう言われて初めて脳裏にある場面が思い起こされる。




 “とわまほ”第七巻、アリスは部屋の中、一人窓辺に腰掛け窓の外、花弁舞う月夜の庭園に目を向け呟いた。

『今日は私の、お誕生日なのに』と……―――




(すっかり、忘れていた)


 だって、お誕生日は……。


「アリス様、こちらにおいでくださいな!」


 そう言って手招きをするのは、ミーナ様とファビアン様。


「私達も、アリス様のお誕生日をご一緒にお祝いさせていただくわ」


 そう笑みを浮かべるのは、ヴィオラ様とエドワール殿下。


「僕までお祝いさせていただくことが出来て光栄です!」


 そう拳を握り、前のめりになっているのは、リオネル様。


「聖地巡礼のみならず、皆さんとお姉様、いえ、アリス様をお祝いすることが出来るなんて……っ、今日はとっても幸せな一日です!」


 そう手を叩き、目をキラキラと輝かせるのは、フェリシー様。

 そして。


「アリス」


 そう名を呼び、微笑みながらもどこか悪戯っぽく笑う手を繋いだままのそのひとは、私に向かって言葉を紡いだ。


「誕生日おめでとう」

「!!」


 その光景は、言葉は、今ここにある全ては、私の心を震わすのには十分すぎて。


「アリス!?」


 気が付けば勝手に、瞳から涙が頬を伝い落ちていたのだった。


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