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第九話

「リオネルさんにあんなに喜んで頂けると思わなかったわ」


 ヒマワリとドラセナを生けたいけばなを見て、リオネルさんはとても喜んでくれた。

 それと共に皆の反応と同じく……、いや、それ以上に、彼の好奇心に火をつけてしまったようで、いけばなをどこで知ったのか等の質問責めにあいそうになったところを、逃げるようにして花祭りに戻ったわけだけど。


「……」

「エリアス、どうしてそんなに不機嫌なの?」

「不機嫌じゃない」

「十分不機嫌よ。どうしたの? 今日は何だか色々と変よ?」


 思わずそう尋ねると、彼は私を一瞥してからふいっと顔を逸らした。

 その態度にムッとして少し口調を強くする。


「エリアス、せっかくのお祭りが台無しになってしまうわ。……それに、気になっていたのだけれど、今日は花祭り以外に何かあるの?」

「な、何もない」

「なぜ嘘を吐くの! 知っているのよ、皆私に隠していることがあるって。

 揃いも揃って何を隠しているの?」

「だから何もないと言っている!」

「!」


 彼がハッとしたように目を見開くが、もう遅い。

 私の沸点は既に上限を突破していた。


「……そう。私といてもちっとも楽しそうでないものね」

「ア、アリス」

「上等よ! お祭りだって別々に周りましょう! その方が楽しそうだわ」

「アリス」

「さようなら」


 そう言ってキッと彼を睨みつけると、踵を返してわざと人混みの中を歩く。

 途中までエリアスが追ってくる声と、指輪を通して彼が呼びかける声が聞こえていたけれど、私が無視し続けていたらその声は聞こえなくなった。


(……何よ)


 ようやく信頼関係を築けたと思っていたのに。


(それは私の、勝手な思い込みだったというのね)


 人混みから抜け出し、路地裏から街の様子を見れば、カップルや夫婦、家族、友人と全員が全員笑顔で街を歩いている。


(私とは大違い)


 何を勘違いしていたのだろう。

 今私が立っているこの位置が、本来の私の立ち位置だというのに。


(小説内の“アリス”と前世の“私”は、最初から一人ぼっちなのよ)


 でも。

 知らなければよかった。

 友人なんて、作らなければよかった。

 彼と、契約結婚をしなければよかった。

 そうすれば、あの温もりを……、温かさを、知らずに済んだのに。


(人は一度知ると、欲張りになると聞いた)


 もっと、もっと。

 私の今抱えている感情は、きっと、小説の“アリス”と同じ……―――


「アリス様?」

「!」


 名を呼ばれ、弾かれたように顔を上げる。

 その視線の先にいたのは、燃えるような赤色の髪に橙色の瞳を持つ……。


「フェリシー様?」

「やっぱり! お姉様だわ!」

「!?」


 彼女はそういうと、ギュッと私に抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと!?」

「もしかしてと思いましたけど、こんなにいっぱい人がいるところで会えるなんて! まさに運命ですね!!」

「う、運命!?」

「ところで、どうしてこんな場所でお一人でいらっしゃったのですか? エリアス様とご一緒では?」

「は、逸れてしまったの」


 喧嘩をしたとは恥ずかしくて何となく言えず、そう言って誤魔化せば、彼女は何となく察したようでそれ以上は触れずに言った。


「では、私と周りませんか?」

「え?」

「ここで会ったのもきっと何かの縁ですし! せっかくこの世界に転生してきたのですから、一緒に楽しみましょうよ!

 これはいわば聖地巡礼! 小説の中の世界がここには広がっているのですから」

「!」


 フェリシー様なりの励ましの言葉、なのだろうか。

 でもそれだけではなく、目を輝かせて明るく口にする彼女に、思わず笑みを溢して頷いた。


「えぇ、そうね。貴女の言う通り、今日は何せ花祭りだもの。思う存分、楽しみましょう」

「はい!」


 フェリシー様はそう言って頷くと、もう一度賑わう街の中へと私を引き戻してくれたのだった。




「ん〜! 思いっきり遊んだあ!」

「えぇ、本当ね」


 そう言って伸びをする彼女を見て、クスクスと笑う。

 そして、伸びをし終わった後に私の方を見ると、口にした。


「久しぶりです、こうしてオタク同士で話すのも、聖地巡礼をするのも。

 昔みたいで本当に、楽しかったなあ」


 そう口にする彼女に対し、私は思わず本音を溢した。


「貴女には、前世で沢山お友達がいたのね。羨ましい」

「え? お姉様の前世は、そうではないのですか?」

「えぇ。……私は、生まれつき一人だったから」

「え……」


 フェリシー様の顔から笑みが消えたのを見て、話を切るように口にする。


「なんてね。話せば長くなるからやめておくけれど。……でも、こうして“アリス”として転生して、小説内でも一人ぼっちだったアリスが、今こうしてエリアスや友人と一緒にいるなんて……、彼女が知ったら、どう思うかしらね。想像もつかないでしょうけれど」

「……お姉様」

「そういえば、貴女に聞きたいことがあったの」


 二人でいる時にしか聞けないこと……、ずっと気になっていたことを尋ねるべく、私は口を開いた。


「私は7巻の中盤、“アリス”が窓から飛び降りるところまでしか前世で読んでいないの。……その後の彼女の結末は、どうなってしまったの?」

「!!」


 その問いかけに、フェリシー様は目を見開いて固まってしまった。

 そして、暫くの間の後、目を伏せて言った。


「……私も、実はその話はそこまでしか読めていなくて、結末を知らないんですよね」

「……そう」


 そう呟いた私達の髪を、どこからか運ばれてきた花弁が、風と共に撫でていく。

 それにやって髪を押さえる私に、フェリシー様が「でも」と微笑んで言った。


「これだけは言えます。お姉様は、小説の“アリス”とも、前世とも違う。

 今はもう、お姉様は一人じゃない」

「え……」

「アリス!!!」


 そう名を呼ばれ、振り返れば、そこにはエリアスの姿があった。

 そんな彼の必死な表情に思わず息を呑んでしまっている間に、エリアスは口を開いた。


「バシュレ嬢、アリスといてくれてありがとう」

「エ、エリアス様からお礼を……っ、ゔ、ゔん! 礼には及びません。私も、アリス様に助けられた身なのですから」


 そういうと、彼女はにこりと笑い、立ち上がって言った。


「では、アリス様! 今日というこの日を、最後まで目一杯楽しんで下さいね!」

「あ、ありがとう! フェリシー様」


 彼女は手を振ると、軽やかにその場を後にした。

 それを見送っていた私に、エリアスは不意に口にした。


「ごめん!」

「え!?」


 そう言って頭を下げられ、慌てる私をよそに、彼は言う。


「……君を喜ばせたくてやったことが、逆に君を不安にさせ、仇になるとは思わなかった」

「え、えっと?」

「ついてきてほしい。見せたいものがあるんだ」

「!」


 そう言って手を差し伸べられ、私は戸惑いを隠せないまま、その手を取るのだった。

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