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第八話

『アルドワン王国に、神のご加護があらんことを』


 そう締めくくり、ヴィオラ様のご挨拶は幕を閉じた。


(今でも、彼女の姿が頭から離れない)


 あの眩しいほどに神々しくて、それこそ女神と呼ばれてもおかしくないほどのその美貌と凛とした声に、私はいつまでも圧倒されていた。


「リンデル夫人はいないな」

「そうね……」


 今はエリアスと二人で街中に戻り、お店を周りがてら逸れてしまったミーナ様ご夫妻を探している最中で。

 彼の言葉にそう返した私に対し、彼は首を傾げた。


「アリス? 疲れたか?」

「いえ、と言いたいところだけどそうかもしれないわね。……見たところ座る場所もないようだし、当初の予定だった場所へ行っても良い?」


 その言葉に、エリアスがあからさまに嫌そうな顔をする。


「君の希望とはいえ、行かなければいけないのか?」

「えぇ。こういう時しか、なかなか顔を出せないでしょう?

 以前も一人で行こうとしたら“俺といる時でなければ駄目だ”と言っていたじゃない」

「それもそうだが……」

「貴方は付いてきてくれれば良いのよ」


 そう笑みを浮かべれば、彼は言葉を喉に詰まらせ、仕方がないという風にため息を吐いた。


 私達が向かった先は、お祭りの喧騒から少し離れた場所にある可愛らしい家だった。

 コンコンとノックをすれば、少しの間の後扉が開き、その先にいたのは。


「お久しぶりです、エリアス様、アリス様」


 そう白と紫の髪を揺らしてふわりと笑ったリオネルさんの姿に、私も笑みを浮かべて礼をする。


「ご無沙汰しておりますわ、リオネルさん」

「あ、立ち話もなんですので、どうぞ。お待ちしていました」


 リオネルさんには、今日伺うことを事前にお話ししている。

 そして、今日来た理由は。


「この前は無茶振りをしてしまってごめんなさい」


 そう謝ると、リオネルさんはぶんぶんと首を横に振って言った。


「いえ、そんなこと! むしろ、僕にとっては貴女は恩人ですし、お役に立つことが出来て嬉しかったです」

「大変だったでしょう?」

「僕の発明品は、一度作ることが出来れば後はいくらでも。材料さえあれば出来てしまうのでこれくらいは」

「まあ! 凄いわね」


 思わず手を叩くと、隣に座っていたエリアスがコホンと咳払いをして言った。


「先日も、君のおかげで()が主催した茶会が無事に成功することが出来た。

 ()()()()俺からも礼を言わせてほしい。ありがとう」

「ど、独占欲つよ……」

「ん?」


 リオネルさんが何かを呟いたのに対し、エリアスがなぜか笑顔という圧を浮かべる。

 それを見たリオネルさんが、慌てたように返した。


「いえいえ! これからもお役に立てることがあれば言ってください! それから、今日のために発明を」

「リオネル」

「あっ……」

「今日のため?」


 私が首を傾げたのに対し、リオネルさんは誤魔化すように言った。


「い、いえ! ……あ、そう! 今日は確か、僕が作った剣山でいけばなを見せてくれるそうですね!」

「え、えぇ、そうだけど……、今その前に何かはぐらかしませんでした?」


 確かに、事前に直接伺ってお礼を言いたい旨と、そのかわりにいけばなを見せるということも伝えていたけれど。


(明らかに何か隠しているわよね?)


 そんな私の疑いの眼差しに対し、リオネルさんはぶんふんと首を横に振って言った。


「何も! 今日いけばなを見せて頂けると聞いて楽しみにしていただけです!」

「……まあ、そういうことにしておきましょう。それで、事前に送っておいた水盤(すいばん)と剣山、それから花(ばさみ)はありますか?」

「はい、こちらに」


 事前に準備をしておいてくれたようで、机の上にはきちんといけばなをするための道具が置かれていた。

 それを見て、思わず口にする。


「そういえば、今日は部屋が片付いていらっしゃるのですね」

「こ、この前は自分に余裕がなく、大変失礼いたしました……」

「あ、いえ、責めているわけではありませんわ。やはり、綺麗なお部屋の方が頭も整理されて、発明にも集中出来るのではないかと思いましたの。それに、こうしてみると日当たりも良く隠れ家的な場所で落ち着きますし」


 そう言って部屋の中を見渡せば、確かにあの時の薄暗くじめじめとした雰囲気は一掃され、カーテンを開けた窓から差し込む光が、明るく部屋を照らし出している。

 こちらの方がずっと身体にも良いだろうという意味で言ったつもりが、リオネルさんは何故か顔を赤くして慌てたように言った。


「あ、あまり部屋の中は見ないでくださいね!? 僕の一人暮らしの部屋なので」

「一人暮らしだと見てはいけないのですか?」

「は、恥ずかしいので……」

「そうなのですか? 別に恥ずかしがることでもないと思いますけれど」


 そう不思議に思いながら口にした私に対し、不意に隣にいたエリアスが苛立ったように立ち上がると、向かいに座っていたリオネルさんを立ち上がらせて言った。


「リオネル、時間もないことだから行くぞ」

「え!? どこへ!?」

「外だ。アリスはいけばなを行うときは基本一人で行いたいそうだからな」

「そ、そうなんですか。分かりました。

 では、アリス様、水はそちらの水瓶に汲んでありますので、ご自由にお使いください」

「えぇ、ありがとう」


 そういうと、二人は何か言い合いながら部屋を出て行った。


(本当に、仲が良いのね)


 そう思わず笑ってしまいながらも、胸につかえていることを思い出す。


(皆、私に何かを隠しているようだった。リオネルさんもミーナ様も今日に対して何かこだわっているような口ぶりだったし……)


 エリアスはそれを私に知られたくないみたいで、その話になるとはぐらかすものだから、一体彼が何を考えているのか分からない。


(エリアスが、私に隠し事なんて)


 そこまで考えてハッとした。


「嫌だ、私。彼が隠し事をしていることなんて沢山あるだろうし、それをたかがお飾りの妻の私が咎めることなんて出来やしないわ」


 そう呟いた言葉が、一人きりの部屋にやけに響いて聞こえて。

 何だか虚しくなった私は頭を左右に振ると、目の前のこと……大好きなことに集中しようと、街中で買ってきた向日葵の花と葉物となるドラセナを手に取ったのだった。

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