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第五話

 執務室の扉がカミーユによって開かれると、こちらに目を向けたエリアスが声を上げた。


「アリス。……リンデル夫人もいるのか」


 そんな彼の言葉に、ミーナ様は怒ったように返答する。


「まあ。あからさまなお邪魔虫扱いはごめん被りたいですわ」

「そんなことはない」

「そのお顔を見れば分かります」

「では、なぜリンデル夫人までここに?」


 その言葉に、ミーナ様はコホンと咳払いを一つすると口を開いた。


「アリス様に代わって、一つ物申したいことがございまして」

「物申したいこと?」

「ミ、ミーナ様」


 慌てて彼女の名前を呼ぶけれど、ミーナ様は「大丈夫」と私に向かって笑みを浮かべて言う。


「大事な友人のことですもの、言いたいことを言わせて頂きますわ」

「一応俺は学友のはずなんだが」

「この件に関してはアリス様の味方ですわ」


 ミーナ様はそう声を上げると、ピンと人差し指を立てて口にした。


「アリス様からお聞きしましたわ。なんでも、“親愛魔法”をアリス様と交わされたとか」

「え!?」


 驚いたのは、部屋の中に控えていたカミーユだった。

 それに対し、エリアスは悪びれた素振りもなく答える。


「あぁ、交わしたが」

「きちんとアリス様にご説明なされましたか?」

「……粗方説明したはずだが」

「粗方、ですわよね? 肝心のご説明……、双方の居場所が分かってしまうことは説明なされていらっしゃらないとお聞きしましたわ」


 ミーナ様を止めたいけれど、確かにこの件に関しては彼女の言う通り、どうして説明してくれなかったのかという思いが募る。

 そんなミーナ様の言葉に、エリアスはたじろいで言った。


「こ、この魔法を、彼女の居場所を把握するために使おうとは思っていなかったからだ」

「それを正直に言わず、隠そうとしている時点でやましいと捉えられますが?」

「ご、誤解だ」


 エリアスは首を横に振り、助けを求めるようにカミーユの方を見やる。

 すると、カミーユが息を吐いて言った。


「いつ何時でも主人であるエリアス様のご意見に従おうと思っておりますが、この件に関しては私もリンデル夫人に同意見ですね。

 “親愛魔法”は本来、双方がきちんと使用用途について納得した上で交わされるべきもの。

 それについては学園の方でもきちんと教わりましたよね?」


 そう白い目を向けて言うカミーユに対し、エリアスは頭を乱暴にかいて言う。


「あぁ、教わっている。この魔法は、夫婦間でもプライバシーの問題に抵触する恐れがあるから、互いに納得した上で施行するようにと」

「それならばどうして」


 カミーユの言葉に、エリアスは深くため息を吐くと、観念したように言った。


「守りたかったからだ」

「え……」


 思わぬ返答に驚き声を上げた私に対し、彼は私を見て口を開いた。


「君は、真正面から守らせてくれるタイプではない。それは理解しているし、そんな君の意見も尊重したい。

 そう考えた時に、この魔法が浮かんだ。

 この魔法は、互いの危険を察知すると、互いを守ろうとする効力が発揮される」

「!」

「君はいつか言っていただろう? 俺に一方的に守られるのではなく、共に戦えるようになりたいと。

 だから、この魔法を交わせば互いにとってメリットになると、そう思って……」


 尻窄みになっていくその言葉に対し、私は続けて質問する。


「確かにそれは良いことかもしれないけれど、でもどうして普段から互いの居場所が分かると教えてくれなかったの?」

「教えたら君は、この魔法を行使することに賛成してくれたか?」

「!」


 彼の言葉に、思わず息を呑む。

 エリアスは小さく笑って言った。


「君は、いつも面倒事が嫌いだと言うのが口癖だろう?

 そんな君が、俺の提案を受け入れてくれるとは思わなかった」

「……だからこの魔法に私が賛成した時も、驚いていたというのね」


 その言葉にエリアスは頷き、口にした。


「君にきちんと説明をせず、今思えば姑息な手段を使って魔法を行使してしまってすまなかった。

 この魔法は、いつでも解除する事が出来る。

 だが、俺としては持ち続けていたいと思う。

 ……せめて俺が、()()()()()()()()()()でいられる限りは」

「……!」


 彼の示す“立場”。それはつまり。


(契約結婚中、彼が私の夫としていられる限りはということ?)


 それに気付き、私ははぁーっとため息を吐いた。


「それならそうと、最初からそう言ってくれれば良かったのよ。

 貴方の話を聞いていると、どれも私のためを思って、私の手助けをしてくれようとして提案してくれているのが分かる。

 つまり、それは結果的に貸し借りを作るようで、最初は嫌だと思っていた。だけど」


 私は微笑んで口にした。


「今は嫌だと思うことはないわ。むしろ、いつもありがたいと思っている。

 ……この魔法も、貴方がそこまで考えてくれているのなら、私が拒否する必要はないし、それにたとえ居場所を詮索されたとしても、私は基本このお屋敷にいるのだし、考えてみれば何も隠すことはないのよね」

「!」


(居場所を詮索されるというのは、前世で言うGPSと同じこと。

 エリアス以外の他人に知られることがない限り、別に良いと思うのよね)


 そう考え、驚く彼に向かって付け足す。


「今回は許すけれど、次はきちんと説明してちょうだいね?

 でないと、またミーナ様に言いつけて一緒に抗議していただくから」


 その言葉に、三人が驚いたように目を見開いたと思うと……、クスクスと笑い出す。

 そんな光景を見て、私は首を傾げて尋ねる。


「私、何かおかしなことを言ったかしら?」


 その問いに対し答えたのは、ミーナ様とカミーユだった。


「ふふ、相変わらず仲がよろしいなと」

「……は!?」

「普通は夫婦の中でも“親愛魔法”を嫌がられる方も大勢いらっしゃるとお聞きします。

 そして、それをアリス様の承諾ほぼなしに実行するエリアス様は、普通に考えたら些か過保護の度を過ぎてはいると思います。

 そして、実行後でもそれをお許し頂けるのは、お相手がアリス様だからかと」


 そんなカミーユの発言に、エリアスが彼を鋭く睨みつける。

 そんなエリアスを見たミーナ様は、クスクスと笑ってから言った。


「なるほど、それで私も納得いたしました。

 “親愛魔法”を交わされたとお聞きした時は、何事かと正直思いましたけれど……、エリアス様の想いがあってこそのものなのですわね。

 分かりました。それでは、私からもご提案があります」

「ご提案?」


 その話は初耳だと驚く私に対し、彼女は笑みを浮かべたまま口を開いた。


「再来週の花祭りのことなのですけれど……、私、Wデートがしたいと思いますの!」

「「「……Wデート!?」」」

「はい」


 驚いてハモってしまった私たちに対し、彼女は嬉しそうに頷く。

 それを見た私は、慌てて問いかける。


「な、なぜまた急に、そんなことを?」

「もちろん、アリス様と花祭りへ行きたいですわ。ですけど、ファビアンも行きたいと言っていて」

「……あ」


 そうだ、私は契約結婚だから花祭りにエリアスと行こうとは思っていなかったけれど、でもお誘いしたミーナ様だって、ファビアン様とご結婚されている。

 ということはつまり、夫婦やカップルイベントでもある花祭りには、普通は夫婦で参加したいと思うのだろう。


「申し訳ございません」

「いえいえ、アリス様がお謝りになられることではないですわ! ファビアンとは毎年何となく一緒に行っていたから、今回は友人とも一緒に行ってみたいとそういう話になって……、それで、アリス様だけでなく、折角ならロディン様もお誘いしてみよう!ということになったのですわ」

「なるほど……」


 Wデートと聞いて何事かと思ったけれど、そういうことだったのね、と納得する私に対し、エリアスが口を開いた。


「だが、その日は……」

「何かご都合がおありで?」


 ミーナ様の言葉に、彼は「いや」と歯切れ悪く返し、何かを呟いてから言った。


「分かった。折角だし、誘いに乗ろう」

「ふふ、そうこなくてはね?」


 そう言って、ミーナ様は悪戯っぽい笑みを浮かべて私を見やる。

 そんな彼女の表情を見て、また何かいらぬお節介を考えているに違いないと思った私は、思わず苦笑してしまったのだった。

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