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第四話

 花祭り十日前。


「妖精さんから聞いたのですが、ついに花の妖精さんからの祝福を得られたそうですね!」


 そう言って手を叩くミーナ様に、私は内心来た、と思う。


(エリアスと事前に話していたのよね。妖精の祝福持ちは妖精と繋がっているから……、特に私のことを知っているミーナ様とヴィオラ様には、バレる可能性があると)


 ただし、花の妖精にはそれが“癒しの力”であることは伏せるよう伝えているし、彼ら曰く女神様(?)からも口止めされているそうだから、他の方々には花の祝福とだけ伝わっている、はず。

 私は心を落ち着かせるため、紅茶を一口喉に流し込んでから頷いた。


「はい」


 そう言って頷いたのを見て、ミーナ様は「やっぱり!」と声を弾ませて言った。


「以前から思っていたのですわ。花の妖精さんから格別に愛されているアリス様なら、絶対に祝福をいただけると! おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「学園には通わないのですよね?」

「えぇ。魔法なら、エリアスが教えて下さいますから」

「あのロディン様が!?」


 ミーナ様が信じられない、と言ったふうに首を横に振る。そんな姿を見て尋ねた。


「そんなに驚かれることですか?」

「もちろん! ロディン様と言ったら、勉強でも魔法でも、絶対に教えてくださらないことで有名ですわ」


 彼女の口ぶりからするに、学園時代のことを指しているのだと思った私は、何となく興味本位でその先の言葉を促す。


「絶対に?」

「えぇ。一度ファビアンが図書館で教えてもらおうとしていたところを見かけたのですが、ロディン様、何とお答えしたと思います?」

「……冷たくあしらった、とか?」

「いえ、ロディン様は教えようとしては下さったのですけど、ファビアンが質問した問題に対して返ってきたのは……、教師が説明した以上に難解な専門知識を交えたお答えだったのですわ」

「……あー」


 容易く想像が出来てしまった。

 小説の描写でも、エリアスは並外れた知識量で教師でさえも圧倒し、書物は一度読めば覚えてしまうタイプの、所謂“天才”。

 それは、エドワールや秀才だったヴィオラでさえも凌駕するほどだった。

 そんなことを思い出している間に、今度はミーナ様から尋ねられる。


「アリス様は、ロディン様のご説明を伺って何を言われているかお分かりになりますか?」

「……逆に魔法に関しては、エリアス様は説明下手ですわね」

「なるほど……」


 相変わらず、エリアスは魔法の発動に関する質問をすると、首を傾げて「考えたことがない」と言う。

 もはやそれは教えることを放棄している、あるいは、面倒だと思っているのでは、と一瞬思うのだけど。


「でも、彼なりに一生懸命考えたり調べたりしてくれて、一緒に頑張ろうとしてくれるのです」

「!」


 エリアスは、質問をした次の日に必ず文献や妖精と会話を交わして、必死になって一緒に考えてくれるのだ。

 まるで、自分のことのように。


「だから頑張ろうと思えるのは、もしかしたら彼のお陰なのかも」


 日付変更線を超える時間、普段ならとっくに眠っている時間帯で眠いけれど、エリアスは私なんかよりずっと忙しく疲れているはずなのに、少しも弱音を吐いたり今日はやめようと言ったりしない。

 その上彼自身も、私が想像するよりもずっと高度な魔法が使えるはずなのに、更に高みを目指そうと努力をしている。


(だから私も、弱音を吐いてはいられないと思えるのよね)


 そう思うと、彼は改めて凄いと思える。

 そんな感情でいる私に対し、ミーナ様は目を見開いた後言った。


「アリス様は……」

「?」


 そう私の名前を呼んだ後、彼女は「いや」と目を伏せて呟いた。


「こういうことは、他人が口出しするべきではないわよね」

「ミーナ様?」


 うまく聞き取れなかった私に対し、彼女は顔を上げて「何でもないですわ」と口にすると、目の前にあったケーキを一口口に入れた。

 そして、「美味しい」と言って食べている彼女を見て、そういえば、と口を開いた。


「ミーナ様は、“親愛魔法”という魔法はご存知ですか?」

「えぇ、もちろん。それが何か?」

「この前、エリアスとその魔法を交わしたのですが」


 その先の言葉を紡ぐ前に、彼女は持っていたフォークを慌てたように置いて言った。


「“親愛魔法”をロディン様と交わした!?」


 そう言ったミーナ様の声が応接室中に響き渡り、ギョッとしたように目を見開く。

 私もそんな彼女の様子に驚きながら尋ねた。


「“親愛魔法”とは、やはり親密な仲でないと行わない魔法ですよね?」

「え、えぇ。少なくとも、友人同士で行ったりしませんわ」


 困惑したような表情をするミーナ様に対し、私は恐る恐る尋ねる。


「“親愛魔法”とは、ただ相手と話せる便利な魔法ではないということですか?」

「えぇ。少なくとも、ロディン様はアリス様をそれはそれは大切に想われている証なのでしょう」

「!? た、大切に想われている!?」

「“親愛魔法”は、夫婦の中でも特に信頼し合っていないと交わさない魔法ですわ。

 ……アリス様はあまり知らないようですけれど、ロディン様は少なくとも、アリス様に対して過保護だということになりますわね」

「か、過保護」


 ミーナ様はもう一口紅茶を飲んでから言葉を続けた。


「というのも、“親愛魔法”は別名“絆魔法”と言って、相手が危険な目に遭った時は双方に知らせが瞬時に入りますし、それは良いとして、調べようとすれば今アリス様がどこにいるかなど分かってしまうのですわ」

「!? そ、それは初耳ですけど!?」

「逆にロディン様の居場所も分かるはずですわ。……ロディン様、そのことについてはお伝えしていらっしゃらなかったのですね」

「はい」


 全く聞いていないと頷けば、ミーナ様は頭を抱えて言った。


「それは……、ロディン様が悪いですわ。いくらアリス様と仲が良いとはいえ、親しき仲にも礼儀ありですわ」

「とりあえず、エリアスにはその件について後で問い詰めるとして。

 お手紙でお伝えした“花祭り”の件なのですが」


 そう話を切り出すと、彼女は困惑気味に頷いた。


「まさかアリス様からお誘い頂けるとは思いませんでした」

「ヴィオラ様のご挨拶を私も拝見したいと思ったので」

「それは良いのですけど……、よろしかったのですか? ロディン様とは」


 ミーナ様の言葉の意図が分かり、頷いて言った。


「もう彼からは承諾を得ているのです」

「そうなんですの!? よくお許しが出ましたね」


 “花祭り”は、夫婦はもちろんカップルのお祭りとしても有名だ。

 想い合う二人でお祭りに参加すれば、未来永劫幸せになれるという言い伝えがあるからだ。


(『とわまほ』にはそう描かれていたけれど、所詮は言い伝えよ。お祭りに参加したくらいでずっと仲良くいられるワケがないでしょう)


 そもそも結婚願望がない私にとって、はなからそんなことには興味がない。

 そんな私が興味を持っているのは。


「街が花で彩られるお祭りがどんなものなのか、また、ミーナ様がお作りになったヴィオラ様の御衣装を拝見したいのです」


 そう口にすると、彼女はハッとしたように言った。


「私の衣装が見たいというのは素直に嬉しいですけれど……、アリス様は花祭りに参加すること自体が初めて、なのですか?」

「はい、お恥ずかしながら」


 万年引きこもりだったからね、と心の中で付け足すと、ミーナ様は目を見開き……、突然ガバッと立ち上がった。


「ミ、ミーナ様?」

「こうしてはいられませんわ! アリス様、ロディン様の元へ今すぐ伺いましょう!」

「え、今からですか!?」

「えぇ。私も一言、女性としての立場でものを申したいと思いますの」

「お、お待ちください!」


 そう制止の声を上げたけど、ミーナ様は部屋の外に控えていたララに声をかけている。


(な、なぜこんなことに……)


 そんなこんなで、ミーナ様と共にエリアスの執務室へと向かったのだった。

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