第二話
「ありがとう。君のおかげで長年皆を悩ませ苦しめてきた課題の解決が出来そうだ」
怒涛の質問ラッシュの後、すっきりとした表情でそう断言する彼に反し、私はげっそりとした気分で口を開く。
「それはまだ分からないじゃない」
「いや、君の言っていることは間違いなく革命的だ。まさか“光”を他の属性から代用する案が、こうも詳細に出るとは」
(確かに、この世界において“光”は電気の役割を担うもの、且つ魔物の一番の弱点ともされる何にも変え難い重要な役割を担っている。
そして、“光”を司るノルディーン家は比較的新しい新興貴族の内に入る……)
ノルディーン家は、三代前まで平民だった。その理由は、それまで“光”の妖精から祝福を得た、一代に一人という割合でしか使えなかった力が、三代前から突然血筋全員がその力を魔術として使えるようになったかららしい。
(また、その理由は魔物が活発化する予兆だからとも、ヴィオラは学園時代に言っていた)
“光”属性がそれほど重要であり、そして、ヴィオラは同時に祝福としても魔力を与えられた、歴代でも強力な魔力を持っているからこそ、この物語のヒロインとなったのだ。
(恋愛だけでなく魔法の面で謎が深まるところが、“とわまほ”が流行した要因でもあるのよね)
そして私も、七巻までしか読まずに亡くなってしまったことから、その真相を知らない。
どうして今になって魔物が活発化しているのかも、ましてや悪役令嬢である私に“癒しの魔法”なんていう魔法が使えたなどという記述はなかった。
そんなことを考えているうちに、はたとあることを思いつく。
(そういえば、フェリシー様なら何か知っているのではないかしら)
私が亡くなった時点で、既に十巻もの刊行がされていたから、もしかしたら彼女なら何か知っているかもしれない。
(私が知っている七巻の中盤より先の出来事を。そして)
―――アリスの結末を。
「アリス?」
「!」
エリアスに名前を呼ばれてハッとする。
慌てて頭を振り、口を開いた。
「何?」
「いや、君こそ疲れているんじゃないかと思って」
「いえ、私も考え事をしていただけよ。……そろそろ、お休みしていた特訓も再開したいところだし」
特訓とは、言わずもがな魔法の特訓のこと。
“癒しの力”がどんなものかまだよく分からないけれど、使えるようにならなくては自己防衛すら出来ないと思うからだ。
(一緒に特訓してくれているエリアスにはバレてしまうかもしれないけれど、彼も公言しないと言ってくれているし)
「エリアスも、無理のない範囲で良いから魔法の使い方を教えてくれたら嬉しいわ」
「!」
そう口にすると、彼は驚いたように目を見開いた後、ふっと微笑んで言った。
「あぁ、君のためならいくらでも」
「!」
面倒事なはずなのに、その声音や表情は、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいなのだろうか。
いや、気のせいだということにしておこうと、そっと視線を逸らした私に対し、彼は口を開いた。
「そういえば、聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
その言葉に頷く彼の顔は、見間違いでなければどこか紅潮しているように見えて。
その表情に気を取られている間に、彼は薄い唇で言葉を紡いだ。
「半月後に開催される“建国祭”……“花祭り”について、なんだが」
花祭り。
その言葉にドクンと大きく心臓が跳ねる。
その単語を聞いた瞬間、咄嗟に言葉を発した。
「そのお祭りについてなんだけど、私から先に話しても良い?」
「あ、あぁ」
そんな私の反応は予想外だったようで、彼は目を丸くして頷く。
それに頷きを返してから話を切り出した。
「私、その日はミーナ様と一緒に城下を見てまわりたいの」
「!? そ、それはまた、どうして」
驚きから上擦る彼の声を聞き、私は必死に言葉を並べた。
「ヴィオラ様が、殿下の婚約者として初めてバルコニーからご挨拶をするそうなの。
そのドレスをミーナ様が作ったそうだから、私も見てみたいなと」
「……そう、なのか」
ポツリと呟かれた言葉に、「えぇ」と言葉を返すと、彼は「分かった」と言って笑みを浮かべた。
「リンデル夫人と友人として交流を深めることは良いことだ。楽しんでくると良い」
そう言った彼が、無理をして笑っていることには気が付かないふりをして、私もまた小さく笑みを浮かべて頷く。
そして、彼は「後」と口を開きかけ……、その言葉の先を続けることなく、首を横に振って言った。
「いや、何でもない。とりあえず、今夜からまた特訓を始めるとしよう。では、また」
そう言って席を立ち、彼は部屋を出て行ってしまう。
そんな彼がいた机の上の食事は、殆ど残ったまま。
その彼が残した料理の数々を見て思う。
(エリアスを見ていると、どうしてもあの場面を思い出してしまう)
あの場面とは、言わずもがな花祭りでの出来事……、アリスが身投げしてしまうシーンのこと。
(花祭りという単語を聞くと、どうしたってアリスの命日と重なる)
だから、彼の言葉を遮ってしまった。
エリアスのその先の言葉……、彼の言葉や表情から、何を言おうとしていたか何となく分かってしまったから。
また、その言葉を聞いてしまったら、“何か”が変わってしまうような、そんな気がして。
(もし、その先の言葉を聞いてしまったら、私は……)
そこまで考えて、いや、そんな根拠もない恥ずかしい思い込みをしている自分はなんなんだと、考えを打ち消すために慌てて頭を振ったのだった。