第三十二話
その日の夜。
「……ふぅ」
何だか今日は色々なことがあったせいか寝付けなくて、バルコニーへ出た私は一人息を吐くと。
「わ」
「きゃ!?」
後ろから急に声をかけられたため短く悲鳴をあげ、思わずバランスを崩しそうになるが、その声の主に抱き止められる。
私はそんな彼に支えられながら声を上げた。
「ソール! 驚かさないで!」
「ボーッとしてんのが悪い」
「考え事をする時なんて誰にだってあるでしょう!」
そう口にしながら、私より背の高い彼を見上げて思う。
(未だにソールの人間の姿は見慣れない……)
「なんだ? 見惚れてんのか?」
「!!」
そう言って揶揄ってくる彼の腕から離れ、腕を組み口にする。
「おあいにく様! 私はそういうことには全く興味がないの」
「あっそ」
彼もまた興味ない、と言いたげな表情をしてそう口にすると、あくびをする。
そんな彼に呆れた目を向けて言った。
「ところで、今日は何しにきたのよ?」
「暇だったから、お前の脱ぼっちを祝うために?」
「は!?」
聞き捨てならない言葉にムッとすれば、彼は口角を上げて言った。
「良かったな。前世から友達皆無だったもんな」
「ど、どうして知って……っ、というか! 暇だとか言っていつもここへ来てる時点で貴方も一緒でしょう!?」
私の言葉に、彼は鼻で笑って言った。
「ま、俺は神だし? 友達とかそんなもん、煩わしいだけだし、どうせ裏切られておしまいだろ」
「そういうことを言わないでくれます?」
全く、そんなことを言うためにわざわざ来たというのか。
バカにされている気しかしないとそっぽを向くと、彼は笑って言った。
「でも良かったな。お前、本当は欲しかったんだろ? 友達」
「え……」
その言葉に思わず目を丸くする。
彼は頭の後ろで指先を組んで言った。
「ミーナ、とか言ったか? あいつならまあ信用できるだろ。後フェリシーとかいう転生者もな」
「彼女のことを知っているの? というか、転生させたのって貴方なの?」
その言葉に、彼は肩を竦めて言った。
「まさか。俺じゃねぇよ。あんな大掛かりな魔法、お前だけで十分だ」
「え……」
私だけ。その言葉に驚く私の方には目を向けず、彼は星空を見上げて続けた。
「しかも、その魔法は限られたやつにしか使えない。属性っていうのもあるし、その魔法自体が禁忌に近いっていうのもあるからな」
「禁忌!? じゃ、じゃあどうして私が転生できたの……?」
その言葉に、ソールは夜空色の瞳を私に向け、じっと覗き込むように見つめて言った。
「何でだと思う?」
「……っ」
あまりの距離の近さに、考えることも忘れ息を呑んでしまうと。
「なんてな」
「痛っ!?」
不意打ちでデコピンをくらい、文句を言おうとキッと彼を睨みつけると……、どこか悲しげな表情をして私を見ていた。
その表情に文句を言おうと開きかけた口のまま、何も言えずに固まってしまっていると。
「はは、間抜けな顔」
そう言って、いつものソールに戻ったから、私もいつもの調子で返す。
「何よ! 本当、いつも揶揄ってばっかりで何考えてるのか分からない!」
「へぇ?」
「……何?」
彼の口角が上がるのを見て、嫌な予感、と思わず後ずさる私の手を、彼は許さないとばかりに取る。
その手は驚くくらいひんやりとしていて。
え、と目を瞠る私に対し、彼はその笑みを浮かべたまま言った。
「俺のこと、そんなに知りたいのか?」
「は!?」
「なんてな。教えられることなんて何もねぇよ」
「な、何それ!?」
本当、意味わからない! と怒る私に対し、彼は今度はふっと切なげに笑った。
いつもとは違うその表情に思わず見入ってしまう私に対し、彼は私のもう片方の手も掴み、向かい合うようにして言った。
「アリス」
「な、何?」
「これから先、もし辛いことがあったら、俺に言え。『助けて』って。
そう言ってくれれば、俺がお前を連れ出してやる」
「ど、どこに?」
「それは秘密だ」
ソールの言っていることは分からない、けれど。
(ソールの瞳には、この先の未来でも何でもお見通しなような……、そんな気がしてしまう)
そう言いつつ、また彼なりの冗談かもと気付き、慌てて口にした。
「わ、私は逃げないわよ。辛いことなんてないと思うし」
「……そうか」
「!」
彼はそういうと、私の頭にポンと手を乗せる。
そして、終始驚きっぱなしの私に対し、彼は小さく笑って言った。
「無理するなよ」
「……!」
そう口にした瞬間、彼は目の前から忽然と姿を消した。
「……何、今の」
いつもと変わらない軽口を叩きながらも、その態度や表情はまるで。
「私のことを、心配しているみたい……」
いや、今までのことを鑑みると、“アリス”に対してなのだろうか。
だけど。
(今までとは、明らかに違っていた)
多分、それはこの前から。
ヴィオラのことやエリアスに対して、急に怒り出した時から。
「……ソール、貴方は一体何を知っているの……?」
彼が知っているのは、本当に小説のことだけなのだろうか。
私には分からないまま、夢現のように広がる満天の星空を見上げたのだった。
「……アリス?」
そんな光景をまた、二つ隣の部屋からエリアスが見ていたことになど気が付かずに。
第二部、これにて終了となります!
皆様の応援のおかげで、多忙な時期も何とか更新を続けることができ、そして、書籍化・コミカライズも決まりました!!本当にありがとうございます!
一区切りついたところで、また少し長めのお休みを頂き、三部の更新準備に入らせていただきたいと思います。
それまでお待たせしてしまうかと思いますが、お待ち頂けたら幸いです…!
これからも応援のほどどうぞよろしくお願いいたします!