第二十九話
エリアスと二人で会場に戻るため廊下を歩いていると。
「アリス様、エリアス様」
「ヴィオラ様」
後ろから声をかけられ振り返れば、そこにはヴィオラ様の姿があって。
彼女は心配したように口を開いた。
「ごめんなさい、先程の貴女の侍女との会話を聞いて居ても立っても居られなかったの。フェリシー様に何か言われたりしなかったかしら?」
「!」
ヴィオラ様がここにいる理由は、私を心配して探してくれていたかららしい。
(さすがはヒロイン。本当に心優しくて非の打ち所がないわ)
そんなことを思わず考えてしまいながらも、頷き答える。
「はい、大丈夫です。フェリシー様も二度とあんなことが起きないように努力すると誓ってくれました。そうよね、エリアス」
隣にいる彼に同意を求めると、エリアスは苦笑いをしながら頷いて言う。
「あぁ。その変わり様と言ったらまるで別人だった。……やはり彼女の言い分としては、あくまで意識を乗っ取られたと」
「そうね、私達も彼女と何度かお話をしたのだけれど、本当に申し訳なさそうにそう言っていたわ」
「だが、彼女より年下であるアリスを“お姉様”と呼んだことには驚いた」
(エ、エリアス!)
ここで余計なことを……! と思ったときには時既に遅く、ヴィオラ様は目を見開いて言った。
「お姉様!? 貴方の取り巻きだった彼女がそんなことを? 信じられないわ」
「あぁ。……アリスはどんな者でも惹きつけてしまう魅力があるらしい」
「それは……、そうね」
そう言って、二人は何とも言えない顔でこちらを見つめた。それに対し、私は口を開いた。
「……それは、褒めていらっしゃるのでしょうか?」
その言葉に対し、ヴィオラ様、それからエリアスと言葉を続ける。
「もちろんよ。それが貴女の良いところじゃない」
「俺としてはもう少し加減してほしいくらいだが……」
「あら、それを守るのが貴方の役目でしょう?」
そう言ってクスクスと笑うヴィオラ様に対し、エリアスの顔がほんのり色付く。
それを見て、なぜだか胸が痛んだ。
(あれ? 風邪でも引いてしまったかしら?)
何となく、この場にいない方が良い気がしてしまって。
気が付けば、口にしていた。
「主催者がいつまでもいないのは良くないので、私はこちらで失礼致しますね」
「あ、待て、俺も」
「エリアスはまだ来なくて大丈夫よ。お開きするまで時間があるから、貴方が早く来すぎたらきっと騒ぎになってしまうだろうし。
というわけでヴィオラ様、お先に失礼致しますね」
そう言って淑女の礼をすると、会場である庭園へと向かって歩き出す。
その後ろ姿を見て、ヴィオラはため息を吐いた。
「まさか、貴方の奥様にまで私と貴方の関係を誤解されてしまうなんてね。どうするの?」
その言葉に、エリアスはヴィオラをまっすぐと見つめ、拳を握ると意を決したように口を開いた。
「俺は……」
「良かった。風邪ではないみたい」
会場に着くまでに胸の痛みが治ったことにホッとしながら、ふと気が付く。
(あれ、そういえば、ヴィオラ様と私がここにいるということは、テーブルにいるのは今)
「どういうおつもり!?」
「!?」
そんな声が突然耳に届いたことに驚き、その方向を見る。
(薔薇園の方からだわ)
会場に向かっていた足を薔薇園の方に向け、小走りでそっとその声のする方に近付くと、そこには三人の女性達と対峙する一人の女性の姿があって。
その姿にハッとして口元を押さえる。
(ミーナ様!?)
ミーナ様はそんな彼女達に臆することなく、その亜麻色の瞳を真っ直ぐと声を上げたと思われる彼女の方に目を向け、口を開いた。
「どういうおつもり、とは何のことでしょう?」
「惚けるのも良い加減にしてちょうだい! 貴女があのドレスを作っているオーナーと知り合いなのでしょう!? 認めたらどうなの!?」
(“プチット・フェ”のことを言っているのかしら? これは止めに入るべき?)
そう思い、足を踏み出そうとしたけれど、ミーナ様はそれに対して眉を顰めて言った。
「惚けるも何も、私は仕立て屋など存じ上げません。何かのお間違いでは?」
「〜〜〜使えないわね! 成り上がり貴族の分際で、伯爵家であるファビアン様にどんな手を使ったのか知らないけれど、伯爵夫人になったからって調子に乗るんじゃないわよ!」
そう吐き捨てるように罵倒し、取り巻き達がクスクスと笑う光景を見て、私は気が付けばそんな彼女達の間に割って入っていた。
「「「アリス様!?」」」
後ろにいるミーナ様もハッとしたように息を呑んだのに対し、私はそんな彼女の方を見ずに口を開いた。
「あら、楽しそうなお話をされていらっしゃいますのね。私も混ぜて頂けますか?」
その言葉に、彼女達は息を呑む。
(確か右から順に伯爵家、侯爵家、男爵家の方々ね。エリアスに害を与えそうな方々は今日は呼んでいないはずなのだけれど……、陰でいじめるという姑息な手段を使うということは、これが本性ね)
覚えておきましょう、と目の前にある三人を敵認定をした私に対し、リーダーなのだろう侯爵家の彼女が口を開いた。
「そういえばアリス様も、ご存知ですわよね? あの幻の店“プチット・フェ”を。この前の夜会もそのドレスを着ていらっしゃいましたし、私にもそのお店をご紹介してくださらない?」
今度は矛先を私に向けてきた彼女に、私は心から軽蔑の眼差しを向けて言い放つ。
「あいにくですが、あのドレスは私のために、主人が仕立ててくださったもの。
ですので、私にお店の伝はありませんわ」
「では、エリアス様に是非口添えをして頂くようお願いできるかしら?」
「……そんなに“プチット・フェ”のドレスに執着がおありですのね」
呆れた目でそう返したのに対し、彼女達の目が一瞬にして吊り上がる。そして、侯爵家の彼女が怒気を強めて言った。
「社交界に出たことのないアリス様はご存知ではないようですけど、当然ですわ。何せ王家御用達のお店ですもの」
「……失礼ですが、そのお言葉だと私のことも侮辱していると捉えられますが?」
その言葉に、彼女が初めてハッと目を見開いた。
私はわざと、口角を上げて口を開いた。
「確かに私は、自由に庭園を周っても良いと皆様にお伝えしました。
ですがそれは、表立っては言えないような悪口を言う場所をご提供したのではなく、あくまでお花を鑑賞して頂くためのもの。
それを履き違えている時点で、人に物を頼む態度ではないと、そうは思いませんか?」
「全くもってその通りだ」
「「「!」」」
その言葉にハッとした時には、肩を引き寄せられていて。
言わずもがな彼の登場に、女性達が顔を赤らめたり青くしたりする。
「エ、エリアス様、これは、その」
「確か“プチット・フェ”を紹介してほしい、と聞こえたが?」
その言葉に彼女達は一斉に黙り込んでしまう。
エリアスは笑みを浮かべつつも、そこに怒気の色を込めて言葉を発した。
「確かに俺は、“プチット・フェ”を知っている。だが、紹介することは出来ない」
そう言うと、不意に視界が遮られ、真っ暗になる。
それが彼の手だと気付いた時には、彼の低い声が耳に届いた。
「妻を、友を侮辱する者達に誰が教えるものか」
「「「も、申し訳ございませんでした!!」」」
そう言って彼女達の慌てたような足音が遠ざかっていくのが聞こえたところで、私は私の目元を押さえている彼の手を掴み、そんな彼を見上げて不貞腐れたまま口を開いた。
「後もう少しで私が論破出来たのに」
「いつも思うんだが、どうして君はわざと嫌われ役を買って出るんだ」
「言いたいことを言っているだけよ。それを言うなら貴方だって人当たり悪いわよ」
「俺は元からだ」
私とエリアスがそんな会話を繰り広げていると、小さく吹き出したような笑い声が聞こえてきた。
(そうだわ、ミーナ様)
ハッとして後ろを振り返ると、こちらを見て彼女が笑みを浮かべて口にした。
「助けて頂きありがとうございました。アリス様、ロディン様」