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第二十八話

「こ、これは一体、どういう状況なんだ?」


 応接室の扉がいきなり開かれたと思ったら、エリアスから一言発せられた言葉に対し、私はしーっと人差し指を口に当てると、彼はなぜかほんのり顔を赤らめた。

 私は泣き疲れて眠ってしまった彼女にそっとブランケットをかけ、そんな彼女のためにララに馬車の手配を頼むと、エリアスと共に部屋を後にする。

 そして、廊下を歩きながら彼に向かって口を開いた。


「例の件を酷く気に病んでいたようで、泣きながら謝ってくれたのよ」

「それはひょっとしなくても俺のせいか?」


 そんな彼の言葉に、私は答える。


「いいえ、貴方が罪悪感に感じることはないわ。だって、貴方は私のためにフェリシー様の謝罪を断ってくれていたのでしょう?」

「……それは、そうだが」

「それなら大丈夫よ。あの子……、いえ、あの方だって分かっているはずよ。もうあんなことは絶対にしないわ」


 そう口にすると、彼は驚いたように目を見開き……、そして呟くように言った。


「君は本当に、人の心を掴むのが上手いな」

「え?」


 どういう意味? と首を傾げる私に対し、彼は苦笑交じりに言う。


「そういう自覚がないところもまた、小悪魔的要素の一つなんだが」

「ほ、本当に何のこと? 人の心を掴むだなんて……、私はごく当たり前のことを言っているだけだし、それも偉そうに口出ししているだけよ?」


 人の心を掴むのが上手いだなんて初めて言われた。

 それが本当なら、前世で孤独でいなかっただろうし……、と本気で困惑する私に、彼は言う。


「俺は前にも言ったと思うが、時々不安になる。君のその無自覚さは良いところでもあり、俺としては気が気でないからもう少し加減してはもらえないだろうか、と」

「??」


 何を言っているの? と、いつものことながらエリアスが言っている意味が分からない、と首を傾げる私に対し、彼は不意に私の手を掴み、その手を彼の方にぐっと引き寄せられる。


「!?」


 それによって近くなった距離に思わず息を詰めれば、彼は真剣な表情で……、加えて、僅かに切なげな瞳に私を映して言った。


「……こうして迫られたらどうするんだ。そんなに無防備でいたら、相手に隙を与えているようなものだぞ」


 そう言った彼に対し、高鳴る心臓の音には聞こえないフリをした私は、平静を装って答える。


「ご心配なく。私は生まれてこの方誰かに迫られたことなどないし、それを言うなら現在進行形で貴方だけだわ。それに」


 私はもう片方の空いた手を、掴まれている彼の手に置く。

 それに驚いたように目を丸くする彼に向かって言葉を発した。


「たとえ貴方に迫られたとしても、貴方は私が嫌がることはしない。そうでしょう?」

「……っ!」


 彼はハッと息を呑む。そして、掴んでいた腕を放し、気まずげに目を逸らす。

 その手を今度は口元に持っていって、呻くように呟いた。


「信頼されているということが、こういう時に仇になるとは……」

「何か言った?」


 その言葉が聞き取れなかった私は尋ねると、彼はじっと私を見つめて言った。


「良いか。いくら俺でも、気を許しすぎるな。でないと……」

「でないと?」


 じっと見つめてくる彼に負けじと見つめ返せば、彼の方がふいっと顔を逸らして頭を掻く。

 そして、小さく呟くように言った。


「君にとっても俺にとっても困ることになるぞ」

「……それって、貴方のことを信用してはいけないということ?」

「違う、そうは言っていない」


(いや、何が言いたいのよ)


 顔を赤くしたり青くしたり。今日の彼もまた忙しそうね、と傍観者を気取っていると。


「お姉様あああ!」

「!?」


 そう口にして走ってきたのは、フェリシー様の姿で。

 そんな彼女の姿を見たエリアスが驚き声を上げる。


「お姉様!?」

「こ、これには色々事情があって……」


(前世とこの世界でまさか、フェリシー様の歳が違うなんてね)


 大人から高校生ならまだしも、高校生から大人の年齢になるのはきっと不安が多いだろう。

 そう思いつつ、走り寄ってきたフェリシー様を嗜めた。


「フェリシー様、淑女が廊下を走るのはマナー違反よ」

「ご、ごめんなさい、起きたらアリス様がいらっしゃらなかったので、つい」


 そんな私のやり取りを見て、彼は不思議そうに首を傾げた。


「何だか立場が逆転しているような……」

「私の性格がまるで姉のよう、らしいです」


 我ながら、先程のエリアスのように何を言っているのか分からなくなってしまっているけれど、こればかりは仕方がないことだと思う。

 何せ、この関係を説明するには、前世のことから話さなければいけなくなってしまうのだから(それは面倒だし、絶対に避けたい)。

 そんな私の言葉に、彼女も同意したようにコクコクと全力で頷いてから、エリアスに向けて言った。


「アリス様にもエリアス様にも、多大なるご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。

 言い訳かもしれませんが、あれは負の感情に精神を乗っ取られた状態でしたので、これからは絶対にない……とは言い切れませんが、とにかく二度と危害を加えないよう努力します! そしてどうか、エリアス様もお許し頂けませんか……?」


 そう彼女が恐る恐る尋ねる。その姿を見て、彼女が誠心誠意謝ろうとしているのが伝わってきて。

 エリアスもまた、そんな彼女の言葉を信じたのだろう、口を開いた。


「許すも何も、アリスが許しているのなら俺もそれに従うまでだ。

 ただし、次にアリスに危害が加えられるような真似……、例えそれが、君の言う“負の感情に精神を乗っ取られた”状態になったのだとしても許しはしないから、そのつもりでいてくれ」

「はい! 勿論です。私もお姉様が傷付くのは断固阻止したいと思いますので、これからはお姉様をお守りするために魔法の特訓を頑張りたいと思います!」

「!?」


(そ、それは初耳なんだけど!?)


 というか、一度喧嘩を吹っかけ、私が転生者だと分かっただけでどれだけ彼女の中に忠誠心が生まれているのよ!? と驚き断ろうとするよりも先に、エリアスが口を開く。


「あいにくだが」

「!?」


 そう言うと、エリアスが私の頭を彼の方に引き寄せる。

 それにより、トンと後頭部が彼の固い胸に当たり、そんな彼の吐息が髪にかかる距離のまま、彼は告げた。


「彼女を守るのは俺の役目だ。だから、君は自衛のために魔法を学ぶと良い」

「……!!」


 その言葉に、彼女の橙色の瞳が大きく見開かれた……と思うと、なぜか両手を組み、興奮したように口にした。


「あぁっ、エリアリがこんなに尊くなるだなんて……っ!」

「「へ?」」


 返ってきた返答が斜め上を行っていたため、私達の目が点になったことに気が付いた彼女は、コホンと咳払いすると言った。


「分かりました。エリアス様の仰る通り、自衛するために魔法を勉強し直すことにします。それと」


 彼女は私を見ると、頬を赤らめて言った。


「こんなに“氷公爵”のエリアス様の表情が変わるとは思いませんでした。さすがは()()()様ですね!」

「!」


 そう言ってウインクをされ、彼女の頭の中で度々誤解が生じていることに気付く。


(そうだわ、小説の内容を知っているから、今の彼女の目には私達が原作とは違って仲良さげに見えているに違いないわ! そして盛大な誤解をしているようだから解かないと。

 私達が結ばれているのは正式には契約結婚だから……、って契約結婚の話をしてしまったら契約違反になってしまうから、もしかしなくても誤解は解けない!?)


 とグルグルと頭の中で考えている間に、案の定彼女に生じた誤解は解けないまま、彼女は言葉を続けた。


「とにかく、私はお二人のことを応援しておりますので、陰ながら見守らせて頂こうと思っております! 

 アリス様、今度は是非推しの話を致しましょうね!」

「お、推し!?」

「お忙しいところお引き止めしてしまい申し訳ございませんでした。

 今日はこれにて失礼させて頂きたいと思います。ごきげんよう」


 そう彼女は口にするだけ口にすると、どこか嬉々とした様子で……、歩いて行く後ろ姿がまるでスキップをするような、軽い足取りで去って行くのを呆然として見送りながら、私は自然と呟いた。


「……まるで嵐のようだったわ」


 これがいわゆる、オタクの女子高生の力なのか。

 彼女が元気を取り戻したのは良いことだけれど、私の方はまたも生じた誤解に、心から嘆息してしまうのだった。

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