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第二十五話

 今日のお茶会の参加者数は、三十一名。

 招待した人数の大半が来て下さったという点では合格点だろう。

 今日の目的は、邸の評判を上げることとヴィオラ様と会話をすること。

 それを考えると、大変だけれど人数が多いのは良いことだ。


(少数ではあるけれど、城下に住んでいる平民の方々にも来て頂けたし)


 もちろんヴィオラ様も、二つ返事ですぐに参加の旨を伝える手紙を送って下さったのだ。

 だから、失敗は許されないと自分に言い聞かせ、背筋を張る。


「張り切り過ぎると疲れてしまうぞ」


 そう頭上から声がして顔を上げれば、エスコートしてくれているエリアスと目が合った。

 気遣わしげにこちらを見る彼の瞳に、私は笑って返す。


「気張らないと、ヴィオラ様も来て下さったのに失敗は許されないでしょう?」

「君はそのままで十分魅力的だ」

「っ!?」


 私が驚き目を見開いたのを見て、彼がクスッと笑う。

 それを見た私は怒って口にする。


「そ、そんな話はしていないわよ! もう、どうしてすぐそうやって揶揄うの!?」

「揶揄うもなにも、真実を口にしているだけだから」

「〜〜〜本当、貴方はタチが悪いっ!」

「あ、お、おい」


 恥ずかしくなってエスコートされていた手を解き、一人で足早に歩き出す。


「……本気、なんだが」


 そうエリアスが呟いたのが聞こえてきて。

 そっと後ろを振り返れば、シュンと肩を落とし、俯く彼の姿があった。


(あぁ、もう!)


 私はツカツカと歩み寄ると、下を向いている彼の手を取る。

 それによって、ハッとこちらを向いた彼と目を合わせて口を開いた。


「早く行かないと、皆様お待ちかねよ」

「! あぁ、そうだな」


 そう言ってふわりと笑みを浮かべる彼は、絶対策士だと思う。


「〜〜〜絶対そうよっ」

「?」


 悔し紛れにそう呟きながらも、今度は手を振り解くことはなく、大人しくエスコートをされたのだった。





「本日はお越し頂きありがとうございます」


 そう挨拶をしながら辺りを見渡す。

 会場として選んだ場所は、庭園の五つのエリアに囲まれた空間だった。

 そこは花のない広い空間であることから、ガーデンパーティーを開くように設計されているのではないかと思う。

 そんな場所に並べられた机には、(ひと)テーブルにつき三〜四名が席に着き、こちらを見ていた。


(良かった。どの視線も好意的ね。この場にはヴィオラ様もいるから余計に変な真似をする方はいらっしゃらないでしょう)


 油断は禁物だけど、と内心思いながら、挨拶を進めていく。


「本日のお茶会は、ガーデンパーティーということで、私が大好きなお花をモチーフとさせて頂きました。皆様にとって、この空間が忙しい日々から解放される憩いの空間となりますように。会話や庭園内の散策も、どうぞご自由にお楽しみください」


 そう言って笑みを浮かべれば、誰からともなく拍手をして下さる。

 そして、隣にいる彼に目配せをすると、今度はエリアスが一歩前に進み出て口を開いた。


「本日は、私の妻が主催の茶会にお越し頂きありがとうございます」


 そう言って、彼が今ではすっかり自然になった笑みを浮かべれば、女性達の視線が一気に彼に釘付けになり、またその頬が紅潮しているのが見て取れる。


(美貌の公爵様だものね)


 この笑顔が心臓に悪いと思うのは正常なんだわ、と皆様の反応を見て思っていると。


「アリス」

「え……」


 不意に名を呼ばれ、顔に影が差した……と思ったら、そんな彼の顔が近付き、頭に口付けが落とされる。


「!?」


 思わず頭を押さえる私を見て、彼は甘やかな笑みを浮かべた後、また皆様のいる前に目を向けて言った。


「彼女は今日のために沢山準備をしていました。そんな彼女がもてなす茶会を、どうか存分にお楽しみください」


 そう口にした瞬間、女性達からきゃー! という黄色い歓声が上がった。

 私は慌てて口を開く。


「ちょ、ちょっと! こんなところで仲良しアピールをするとは聞いていないわよ!?」


 そう小さく抗議の声を上げると、彼は今度は私の頭に手を載せ、耳に顔を寄せてきて言った。


「俺がそうしたかっただけ」

「……は!?」

「ではアリス、また後で」


 ポカンと口を開ける私をよそに、彼はもう一度笑みを溢してから踵を返すと、颯爽と会場を後にしていく。

 その後ろ姿を見送ってから、内心頭を抱えていた。


(ちょっと、最近スキンシップ多すぎない!?)


 心臓に悪いからどうか控えてほしいと後で訴えよう、と心の中で誓いつつ、いきなり心臓に悪い状態でのお茶会がスタートしたのだった。





「アリス様、本日はお招き頂きありがとう」


 そう儚げな見た目をしていながらも、凛としていて圧倒的存在感のあるヴィオラ様は、笑みを浮かべる。

 それに対し、返事を返した。


「こちらこそ、お忙しい中お越し頂きありがとうございます、ヴィオラ様。

 そして、先日は無礼を致しまして申し訳ございませんでした」


 そう言って頭を下げると、彼女は首を傾げた後、あぁ、と声を上げ上品に笑った。


「あれは本当にお気になさらないで。私は見ていただけなのだし。

 それにその髪飾り、貴女の髪の色にも合っていて本当によく似合っているわ。エリアス様がどうしてもと仰ったのも頷けるわ」

「あ、ありがとうございます……」


 まさかそんなにすぐ髪飾りに気が付かれた上、褒められるとは思わず、少し恥ずかしくなってしまう。

 そんな私達の会話に、もう一人席に座っている彼女が口を開いた。


「まあ! 本日のお召し物に加えてその髪飾りも素敵だと思っていましたが、ロディン様がお選びになったんですの?」

「えぇ、ミーナ様」


 “プチット・フェ”の店主である彼女の言葉に頷くと、ミーナ様はきゃっと手を叩いて言った。


「まさかあのロディン様が! 先程もお見受けしていて思いましたけれど、ロディン様は本当にアリス様のことを思っていらっしゃるのが伝わってきますわ!」

「へ?」


 思わず間抜けな声が飛び出た私に対し、ヴィオラ様も優雅に紅茶を飲みながらそれに同意したように頷く。


「私もそう思うわ。あのエリアス様が、貴女のために髪飾りを譲ってくれだなんて仰るとは思わなかったもの。それはきっと、相手がアリス様だからこそなのよね」

「え、えぇ?」


 それをヴィオラ様が言う!? と内心ツッコミたくなる衝動に駆られながらも、私は言葉を発した。


「エ、エリアス様は確かに、とっつきにくいところもありますけれど、本当の彼はとても優しく温かい方ですわ。だからたまに、お側にいるのがどうして私なのか、不思議に思うことがあるくらいなのです」


 そう口にしてからハッとした。


(わ、私、これでは彼のことが好きではないみたいな発言ではないの!!)


 撤回しなくては、と口を開くより先に、ミーナ様が声を上げた。


「アリス様は何も不安になることなどありませんわ! ロディン様を見ていたら、分かりますもの」

「え?」

「そうよ。アリス様は間違いなく凄い方だわ。……幼馴染である私でさえ、彼を助けてあげることは出来なかったもの」


 ヴィオラ様の予期せぬ言葉に、私は驚き思わず尋ねる。


「そんな、彼はヴィオラ様に救われていたはずですよ?」 


 エリアスにとっての光であり、好きな人であるヴィオラ様がなぜそんなことを、と疑問に思ってしまう私に対し、彼女は紅茶の水面を見つめて口を開いた。


「いえ、彼を救ったのは間違いなく貴女だわ。……私では、彼を本当の意味で救うことはできなかったのだから」

「え……」


 どういう意味か分からず、言葉を失ってしまう私に対し、こちらを見上げた彼女はいつも通りの笑みを浮かべると言った。


「なんてね。この話は忘れて頂けるとありがたいわ。それよりも」

「!」


 今度はズイッと私の方に身を乗り出したヴィオラ様は、良い笑顔を浮かべて尋ねた。


「私、気になっていたことがあるの。貴女とエリアス様のことについて」

「!」

「私も気になっておりました! 是非、お聞かせくださいな」


 そんな二人の身を乗り出す様子に、私は冷や汗が止まらない。


(よ、予想はしていたけれど、あまりにも二人が前のめりすぎる……!)


 この日のためにエリアスと打ち合わせをしていて良かった、と心から思いながら、キラキラとした瞳を向ける彼女達の口から飛び出る質問に、なるべく丁寧に(嘘の情報を)答えていったのだった。


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