第二十四話
「ん〜……」
「アリス、つかれてない? だいじょうぶ?」
そう赤の花の妖精に尋ねられ、私は笑みを浮かべて口にする。
「大丈夫よ。それよりも……」
近くにあった椅子に座ると、ため息を吐いた。
「この力を得て二週間が経ったけれど、全然ダメね。全く使いこなせないわ」
そう、既に“癒しの力”を手に入れてから二週間、お茶会まで一週間を切っているというのに、いまだに上手く力を使いこなせていない。
(祝福の力は、本来であれば妖精達の力と自分の力を合わせて魔法を発動するのだけど)
私の場合はなぜか違う。力を使おうとすると、妖精達が自ら魔法を発動してくれるのだ。つまりそれは、私は妖精に対する指示のみで、私の力抜きで発動可能になっているということ。
「疲れていないか?」
考え込んでいた私に、同じく魔法の練習をしていたエリアスが、いつの間にかグラスに入った水を両手に、私の向かいの席に座っていた。
そして、自分の方のグラスを机の上に置き、私のグラスを両手で握る。その手から青白い魔法の光が淡く発せられたかと思うと、すぐに消してから、私の方の机の上に置いた。
「今は何をしたの?」
「少しだけ水を冷たくしたんだ。氷を入れるよりも丁度良い冷たさになるからな」
「……凄い、そんなことも出来るのね」
そうグラスを手に取って口にすると、丁度良い冷たさの水が乾いた喉を潤してくれる。
(こういうさりげない気遣いが出来るのが、またエリアスの良いところね)
そう思っていると、彼が口を開いた。
「あまり根を詰めすぎないようにするんだぞ?」
「でも、お茶会までもう時間はないし……、出来れば、妖精の力だけでなく私でも力が使えるようになりたいの。でなければ、花の剪定も自分で行うことが出来ないのだから」
今日の昼、クレールと少しだけ祝福の力の話をした。
そうしたら、花を剪定するのに必要な観察魔法というものがあるらしく、妖精達が庭にいる限り、その妖精達の瞳を通して花を観察することが出来るという魔法があることを教わったのだ。
「何が便利かって、“いけばな”の花材を必要な時に必要な分だけ、自分の目で確認して採取出来るのよ。上手くいけば、採取した花をこの場に出現させることも可能だって、妖精さんも言ってたわよね?」
「うん、そーだよー」
「それが出来たら、クレールや侍従達の迷惑もかからないし、私にとってもいちいち取りに行く必要や花もより長持ちすると思うから、何としてもこの力を手に入れたいの」
剣山は既に確認してあり、明日到着予定だ。
だから、後は私の力次第ということ。
「それに、お茶会のために使いたい“癒しの魔法”もまだ全然使えていないし……」
はぁーっとため息を吐くと、エリアスがなるほど、と口にし申し訳なさそうに言った。
「俺も、何かアドバイスが出来たら良いんだが……、生憎考えながら使ったことがあまりなくてな」
「考えながら使ったことがあまりない?」
「あぁ。例えば、この魔法を使いたいとなったら、その魔法だけのことを考えている、とかな」
「! ……なるほど!」
私は声をあげて立ち上がると、驚きこちらを見上げるエリアスに向かって言った。
「ありがとう! 貴方のお陰で見えた気がするわ! もう少し頑張ってみる!」
「っ、あ、あぁ」
「妖精さん、悪いけれどもう一度庭に行ってもらえるかしら?」
「はーい」
私の言葉に、青の妖精が消える。
そして、目を閉じて思う。
(そうだわ。私、魔法を発動する前に思えば色々なことを考えてしまっていた。
花の採取をする時だって、観察と採取を同時に行おうとしてしまっていた。それはつまり、二つ同時に魔法を使おうとしていたから発動しなかったということ)
エリアスの浮遊魔法もそうだ。陣がなければ、風除けと浮遊を二つ同時に発動することは出来ない。
だから、私も二つ以上行いたいのなら陣を使わなければいけなかったのだ。
(でも、今の私はまだ初歩段階。陣を使うには無理がある)
だから、今は一つずつ着実に行っていこう。
「アリス、じゅんびできたって〜」
その言葉に目を開けて頷き、言葉を発する。
「分かったわ。宜しくお願いね」
そう伝えると、目を閉じて意識を一点に集中させる。
そして、小さく呪文を唱えた。
「観察」
すると。
「……わ」
真っ暗だった視界が、色鮮やかな景色に変わる。
「っ、見えるわ!」
「本当か!?」
エリアスの言葉に「えぇ!」と瞼を閉じたまま頷き、花の妖精達に向かって尋ねる。
「でも、どうして今は夜のはずなのに、こんなに色鮮やかな光景が見えるの?」
「はなのようせいのめには、おはながよるでもいろあざやかにみえるよ〜」
「よめ? がきくの〜」
「そうなのね」
まるで、夜にライトアップされた花々を見ているようで綺麗、と思いながら見ていると、不意に景色が途絶えた。
刹那、身体から力が抜ける。
「「「アリスッ!」」」
目を開けば、エリアスが私の身体を支えてくれていて。
「あ、ありがとう」
「大丈夫だ。最初のうちは魔力消耗が多く、魔法が長くは続かないことを忘れていた。すまない」
「そうなのね」
「あぁ。慣れれば、自然に消耗が少なくなっていくはずだ」
「慣れが必要、ということね……」
私が呟いたのに対し、庭園に行って視界を共有してくれていた青の妖精が戻ってきた。
「アリス、だいじょうぶ〜!?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとう」
「よかったぁ」
ホッと息を吐く妖精達とエリアスに向かって、私は口を開いた。
「貴方方のお陰で、魔法の使い方を掴めたような気がするわ。ありがとう」
「「「どういたしまして〜!」」」
「あぁ」
そんな彼らに向かって言葉を続ける。
「お茶会までは一週間を切っているから花の観察と採取魔法についての練習は無理をせず、少しずつ行うことにするわ。その代わり、お茶会に必要な魔法の方を重点的に練習するから、皆、引き続きよろしくね」
「「「は〜い」」」
「俺にも、何かできることがあったら言ってくれ」
「ありがとう、エリアス」
皆がいてくれるから心強いと改めて思いながら、笑みを浮かべたのだった。
そして、ついにお茶会の日を迎えた。
「ララ、おかしくないかしら?」
「ふふっ、大丈夫です、よくお似合いですよ」
「そ、そうかしら……」
鏡の中にいる自分を何度も確認してしまう。
いつもの夜会以上に、そわそわと、落ち着かない気持ちになってしまうのはどうしてなのか。
そんな私に対し、ララは笑って言った。
「アリス様、まるで……」
「え? 何?」
「いえ、何でも。お可愛らしいなと思って」
「なっ……、それって馬鹿にしているでしょう!?」
「いいえ、微笑ましいなと思ったんですよ」
クスクスと笑う彼女に加え、他の侍女達も笑っている。
その空間が居た堪れなくなって立ち上がると言った。
「もう! お茶会の準備の確認をしてくるわ!」
「あ、お待ち下さい、アリス様!」
ララの制止の声を聞かず、扉を自ら開けると。
「「きゃっ/わっ!?」」
開いた扉の先にいた人物と、勢い余ってぶつかってしまう。
言わずもがなそれはエリアスで。
「ご、ごめんなさい!」
「……」
慌てて謝罪したというのに、反応がない。
「エリアス?」
不思議に思って、名を呼ぶと。
彼はふわりと花が咲いたように笑った。
「!?」
見たことのないほど綺麗なその笑みに驚き、固まってしまっている私に彼は口にした。
「髪飾り、付けてくれたんだな」
「……っ、せ、せっかく、いただいたものだから」
そう、今日の髪飾りは以前城下でエリアスが買ってくれたものだった。
なぜだか勿体無くて使っていなかったのだが、せっかく戴いた物だからと着けてみたのだ。
いち早くそれに気付いたエリアスに対し、その顔を直視できず顔をそらせば、彼が髪飾りと髪に触れる。
それによって反射的に顔を上げてしまった私に対し、彼は言った。
「嬉しい。似合っている、凄く」
「っ」
その笑みは、まるで花の蜜のように甘くて。
頬に熱が集中するのが分かった私は、「ありがとう」と、俯き小さく答える。
そして、慌てて口を開いた。
「お、お茶会の準備の様子を見てこなければいけないから、行ってくるわね!」
「あ、おい!」
この場から早く逃げたい。
そう思った私は、途中で転けそうになりながらも足早に廊下を歩き出す。
それを見たエリアスは、クスッと先程と同じ甘やかな笑みを湛えて笑っていたのだった。