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第二十二話

「風の妖精……」


 花の妖精より一回り大きく、どこか神秘的な雰囲気を持つその妖精は、エリアスを見やると言った。


「あんたのその“癒しの力”が、エリアスが使った魔法を上回った。だから、それの影響で一時的に眠ってるだけだ。直に目を覚ます」

「……良かった」


 少しだけホッと息を吐いたのを見て、風の妖精が真剣な表情で言った。


「でも、初めてにしてエリアスが使った初級魔法を上回ったその力は間違いなく特別で、あんたにとって善と悪、両方にもなり得る」

「! 善と、悪……」


 その言葉に、思わず手を見つめる。

 そんな私に対し、妖精は言葉を続けた。


「さっきも感じただろ? あんた、エリアスが自分のせいで死んだと思った時、自分が悪に支配されていくのを」


 その言葉に黙って頷くと、彼は息を吐いて言った。


「俺が止めなかったら、結界内にいるあんたとエリアスは間違いなく死んでたぞ」

「っ、死……!?」


 その言葉に、身体が勝手に震え出したため、思わず腕を抱きしめると。


「アリスを驚かせるな」

「! エリアス……!」


 慌てて立ち上がろうとするけれど、足に上手く力が入らず、よろめいてしまう。

 それを逆に、エリアスが支えてくれた。


「あ、ありがとう」

「あぁ。俺も、驚かせてすまなかった」


 そう口にしたエリアスに対し、私は震える声で尋ねる。


「か、身体は、何ともない……?」


 そう恐る恐る尋ねると、彼は笑って言った。


「何ともないどころか、一瞬眠っただけで驚くほど身体が軽くなった。アリスのおかげだな」

「……っ」

「ア、アリス!?」


 気付けば、目から涙が頬を伝い、とめどなく溢れて止まらなくなってしまう。


「良かった……」

「!」


 張り詰めていた心が安堵に変わり、涙となってこぼれ落ちてしまうのを止めようと、指先で目元を押さえていると。


「心配をかけてすまなかった」


 そう柔らかい声で口にした後、彼の手が不意に私の頭の上に乗る。

 それによって、涙が一瞬で引っ込み思わず彼の顔を見上げると。


「その辺にしてくれ、バカップル」

「「バ……!?」」


 私とエリアスが同時に声を上げると、呆れたようにこちらを見る風の妖精と、きゃーっと目を押さえている花の妖精の姿があって。

 その光景を見て私達は顔を合わせると、何だか恥ずかしくなって互いに視線を逸らす。

 そして、エリアスが咳払いをしてから口を開いた。


「久しぶりだな、風の妖精。元気にしていたか?」


 その言葉に、風の妖精はため息を吐いて言った。


「いくら疲れてたからって癒しの力に当てられて寝るなよ……。まさかそのせいで彼女の魔力が暴走するとは思わなかったから焦ったわ」

「あぁ、お陰で助かった、ありがとう。こちらこそ、まさか君に助けられるとは思ってもみなかったが、よく現れたな」

「まあ、あれだけ強い力に対抗されたらな」


 そう言って、彼らは私のことを見た。

 その視線を受け、居た堪れなくなった私は恐る恐る尋ねる。


「あの……、私の“癒しの力”ってそんなに強いの?」

「強いも何も、根本から違う上に特別なんて言葉じゃ収まらないからな。花の祝福ってのは」

「そこまでにしろ」


 風の妖精の説明を制したのは、他でもないエリアスだった。

 驚く私に、彼は言った。


「この先を知ったら、後戻りが出来なくなる。君の言う“面倒なこと”に繋がってしまうこと間違いなしだ」

「っ、やっぱりエリアスは、何か知っているのね?」

「……」


 エリアスの沈黙を肯定と捉え、私は息を吐くと言った。


「……一つだけ、教えて欲しい。この力は、そんなに特別で強い力なの?」


 その言葉に答えたのは、風の妖精だった。


「特別であり、強大だ。あんたが使いこなせずさっきみたいなことがまたあったら、それこそ国を滅ぼすほどの力になる」

「国を……」


 私の呟きに、エリアスは言う。


「……どうして、よりにもよってそんな力をアリスが授かるんだ」

「エリアス?」

「今まで魔法など使ったことがなかったんだぞ。今更なぜ、そんな危険な役目を彼女が引き受けなければならない」


 エリアスの言っていることは分からない。ただ、私を心配して言ってくれているのだということは分かって。

 そんな怖い顔をして抗議するエリアスに対し、風の妖精は肩を竦める。


「さあな。俺にもさっぱりだ。……何となく、あの方に容姿が似ているっていう気もするし、それだけであの方が力を授けるとも思えないしな」

「あの方って……」


 何が何だかさっぱりだけど、エリアスの言う通り、間違いなくこの先を知ってしまったら“面倒なこと”になるということだけは分かる。

 私の呟きに対して答えることはなく、エリアスは言葉を返した。


「とにかく、彼女にそんな力を授けたんだ、君達に守ってもらわなければ困る。……何かあったらどこに矛先を向ければ良いか分からないからな」


 そう言ったエリアスの周りを、ひんやりとした空気が漂っているのは気のせいではないだろう。

 そんな彼に向かって、風の妖精はじっと彼を見て口にした。


「……やっぱり、あんた変わったな」

「おかげさまでな。あの頃とは違うだろう?」


 そう冗談めかして笑ったエリアスは、どこかあどけなさを感じさせて。それだけ風の妖精と気心が知れているような、そんな口調で風の妖精もまた言葉を返す。


「あぁ。ずっと様子は見てたけど、今が一番生き生きしてる。前のあんたじゃ人のためになんて動かなかっただろうからな」

「違いない」


 風の妖精の言葉を肯定したエリアスは、不意に私の背を軽く押して口を開いた。


「俺は、彼女と出会って運命が変わった、そんな気がする。間違いなく彼女は大切で、そして俺にとっても守るべきひとだ。だから彼女のことを、何人たりとも傷つけさせはしない」

「エリアス……」


 そう言って目が合い、微笑む彼に対し、私は口を開いた。


「でも私だって、守られてばかりは嫌」

「アリス?」


 私はエリアスと、それから妖精達を順に見て言葉を発した。


「私は、今まで無力な自分が嫌だった。誰かに守られて、引きこもってばかりの自分に戻るのは、もう嫌なの。

 だから、私のこの力が善と悪両方になり得るのだとしたら、私は善として、エリアスと共に戦えるような、そんな力が使えるようになりたい。ここが自分の居場所だと、胸を張っていられるように」


 その言葉に、彼らは息を呑む。

 口にした私自身も、少しだけ戸惑っていた。


(今私の心にあるのは、前世の自分と“アリス”、両方の心情が渦巻いている。どちらも、孤独で無力だった自分を嘆いているのだわ)


 そんな私に対し、風の妖精がじっと私を見つめて言った。


「その力を習得するということは、これから先大きな問題に直面することを……、俺達妖精でも想像がつかないような、そんな問題に真っ向から向かわなければならなくなる可能性がある。その時に真っ先に狙われるのはその力を持つアリス、あんただ。あんたにはその覚悟があるか」

「!」


 風の妖精の真に迫る言葉で、私がどれほどの魔法を得たのか、その重圧を感じる、けれど。私はその言葉にフッと笑って言った。


「覚悟? 私がその力の担い手に選ばれた時点で必要ないでしょう?」

「!」


 風の妖精が驚いたように目を見開く。そんな彼に向かって、私は悪女っぽく笑って言葉を発した。


「この魔法は私が手に入れた、私のための私だけの武器。

 未来を恐れて使わないなんていう選択肢は頭にないわ。折角手に入れたこの力、私が使いたい時に使うだけよ」


 その言葉に、彼らは顔を見合わせると……、声を上げて笑い出した。


「!?」


 何か面白いことを言ったかしら? と逆に驚いてしまうのに対し、花の妖精達が私の周りを飛び回って口々に言う。


「アリス、かっこい〜!」

「さすが、アリス! アリスにしゅくふくしてよかった!!」

「わたしたち、ずっとついていくよ〜!」

「皆……」


 そんな花の妖精を見て、風の妖精は笑みを浮かべたまま言った。


「なるほど、花達を愛し愛されたのも、そして、“氷”を溶かしたのも彼女というわけか。合点がいった」

「だろう?」

「!」


 今度は、彼に肩を掴まれ引き寄せられる。

 その腕の中に囚われるように入った私の頭に頬を寄せ、彼は口にした。


「俺としては、彼女をこの腕の中に一生閉じ込めて守り通したいくらいなのだが、生憎彼女がそれを許してくれなくてな。そこが彼女の良いところでもあり、悪いところでもあると思っている」

「エ、エリアス!?」


 思わぬ言動の連続に、声が上擦る。

 そんな私を、彼は至近距離で目を細め、真剣な眼差しで言った。


「だから俺も、彼女の言うように彼女と共に戦う……、彼女が安心して隣を任せられる男になりたいと、そう思っている。これからも精進し続けるとここに誓おう」

「しょ、正気なの!? 貴方はもう、十分強いでしょう!?」


 思わず声を上げる私に対し、彼は首を横に振って言った。


「いや、先程君が初めて発動した魔法で眠りについてしまうような、やわな身体ではいけないと改めて気が付かされた。……君を守れなければ、魔法使いである意味がないと」

「は……、!?」


 そう言うや否や、彼にするりと髪を一房取られ、そこに口付けを落とされる。

 そして彼は、得も言われぬ甘い笑みを湛えて言葉を紡いだ。


「俺も、君の隣に胸を張って立てる男になりたい。

 だからどうか、そんな俺を隣で、一番側で見守っていてくれないだろうか」

「……っ」


 彼は時々、返事に困る物言いをする。

 そして、いつも決まって、今までに誰にも向けられたことのないような温かな眼差しで私を見つめるのだ。

 それが何だか……、何だか、落ち着かない気持ちになるのはなぜなのだろうか。

 未だにその答えは分からないまま、私は今日も頷き返すので精一杯なのだった。

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