第二十一話
「初歩の段階?」
エリアスの言葉に私が首を傾げれば、彼は頷き答えた。
「まだ魔法が使えない段階のことだ。その段階では、他の魔法使いの手を借りて、身体の中で魔力が流れる感覚を捉え、発動条件や発生イメージを実践で掴むんだ」
「そ、そんなことが出来るの?」
私の問いかけに、彼は頷き言う。
「あぁ。俺は幼い頃からこの力が使えたから、その方法は実際に見学しただけだが。
俺にも出来ることではあると思うから、とりあえず説明するよりやってみた方が早い」
そういうと、彼は握っていた手をするりと解いたと思ったら、握り直した。
「!?」
そして、驚く私のもう片方の手も同じように繋ぐと、鏡合わせになるように立った。
しかも、その手の繋ぎ方は確か、前世で言うところの。
「恋人繋ぎ……」
「っ!?」
その手を凝視して口走ってしまったらしい。
ハッとした時には時既に遅く、彼はバッと効果音でもつきそうなくらいの速さで私の手を振り解いた。
それを見ていた妖精達は、口々に言う。
「こーしゃくさま、なにしてるのー?」
「アリス、なんかいった〜?」
「い、いえ、何でもないわ!」
慌てて笑って答えると、彼にもう一度手を差し出して小声で口にする。
「ごめんなさい。急だったから、ちょっと驚いてしまって」
「こ、こちらこそすまない。何の前触れもなく。……繋いでも良いか?」
「っ」
そう改めて口にされ、小さく息を呑んでしまう。
恐る恐る頷くと、彼も真剣な表情をして頷き、その手を取ると、今度は説明を交えながら導くように繋がれていく。
「魔法は、掌から発動する。そのため、掌を合わせるようにして、流れる魔力を感じるんだ。また、ただ合わせるのではなく手を組むのには、魔力を流している間に離さないようにするためらしい」
(……わっ)
そう言いながら、スルスルと手を繋がれるくすぐったさに思わず笑みを溢すと、彼はどこか顔を赤らめて呟くように言った。
「そ、そういう顔をするな。……無防備すぎる」
「!」
そう口にしてから、気を取り直したように咳払いをして言った。
「これから俺の言う通りに行動してほしい。まずは、目を瞑って」
「こ、こう?」
これも魔法を使うため、と高鳴る鼓動に言い聞かせ、ギュッと目を閉じれば、彼は慌てたように言った。
「う、上を向かなくて良い。というか向くな、下を見ろ」
「……何だか注文が多いわね?」
「気のせいだ」
魔法を教えてもらうだけでもこんなに大変なのね、と呟きつつ、彼の言う通りに下を向き目を閉じる。
そして、彼は言葉を続けた。
「邪念は捨て、俺の言葉に集中してほしい」
「分かったわ」
彼の言う通り、心を無にする。
そして、彼は言葉を続けた。
「今から掌に俺の魔力を流す。そうしたら、君もその魔力に同調するように、自分の魔力が一緒に流れるイメージを持って実際に発動してほしい」
「そ、それっていきなり魔法を使うということ!? 出来ないわ!」
思わず目を開けて、彼に向かって声を上げると。
「出来る」
「……!」
そう言い切り、私をじっと見つめる彼の瞳が真剣そのもので。
息を呑んだ私に対し、彼は握った手に少しだけ力を込めてから言った。
「大丈夫。君なら出来る。信じなければ、魔法は応えてくれない。
だから、自分は出来ると信じるんだ」
「……信じる」
私の呟きに、彼は挑発的に言う。
「ほら、俺に説教する時のいつもの威勢はどうした」
「……こういう時に持ち出すのね」
「こういう時だからこそだ」
そう言って微笑むエリアスは、私を励ましてくれているのだと分かる。
そんな彼に対し、私もクスッと笑うとそれに乗った。
「分かったわ。私、貴方を絶対に追い越す!」
「! なるほど、そう来たか。それは面白い、受けて立とう」
「ふふっ」
エリアスを追い越す気などさらさらないし、絶対に無理だけれど、それでも。
(エリアスがいてくれるという安心感が、私を強くしてくれる。そんな気がするの)
そんなことを考え、自然と紡いだ言葉は。
「ありがとう」
「……っ」
そう心からの笑みを浮かべて目を閉じれば、彼が「それは反則だろ」とか何とか呟いていた気がするけど、私の意識は繋がれた掌に集中する。
そんな私に向かって、エリアスは静かに口を開いた。
「始めるぞ」
そう口にすると、周りの空気が一気に涼しくなり、私達を中心とした風が発生する。
そして、掌に意識を集中するのだけど。
(駄目、何も感じ取れない……!)
分かるのは、エリアスが魔法を使っていることにより彼の掌が冷たいだけで、その魔力が流れるイメージが湧かない。
「どうしよう、何も分からない」
思わず焦ってそう呟いた私に対し、エリアスが口を開く。
「落ち着いて、意識を掌だけに集中するんだ」
「ぼくたちもいっしょにやるよ〜!」
「アリス、しんこきゅー!」
「しんじて!」
繋いだ手の甲に、彼らが触れている感触を感じる。
そんな彼らの言葉を信じ、全神経を触れた掌に集中させる。
すると。
「!?」
ドクンッと大きく心臓が高鳴ったかと思うと、身体中を何かが駆け巡る感覚を覚える。
(見えた!)
これが魔法の力だと、何の根拠もないけれど確信する。
そして、その流れと共に込み上げる力を、全て掌に流し込むように意識した瞬間。
「!」
ふわっと、甘い花の香りが鼻を掠める。
目を開けば、エリアスの背後で巻き起こっている風の中に、花弁がキラキラと光り輝きながら舞っているのが見えて……。
その光景に目を奪われているうちに、ふっと風が止む。
それと同時に花弁も消えたと思ったら、エリアスがポツリと呟いた。
「……成功だ」
「!」
「「「アリス、おめでと〜!」」」
妖精達の声で、ようやく夢から覚めたような気持ちで冷静になる。
(私が、魔法を使えた?)
じわじわと、喜びが胸を占めていくのが分かって。
「〜〜〜やっ……」
たぁ、という言葉は続かなかった。
それは、繋がれていた掌がするりと抜け、力を失ったように彼の身体が横に傾いたかと思うと、そのまま地面に力無く倒れこんだからだ。
「……エリ、アス?」
ポツリと呟くが、地面に横たわった彼がそれに応えることはなく、目は固く閉じられたまま。
刹那、心臓が嫌な音を立てたのと同時に、目の前が真っ暗になっていく。
「っ、エリアスーーー!!!」
(私の、せい? ワタ、シノ……)
絶叫した私の叫び声が響き、身体中の血が一斉に騒ぎ出して心の内を暗闇が支配した、その時。
「大丈夫だ」
「え……」
聞いたことのない声が頭上からしたと同時に、暗闇だった景色が色付き、元の部屋の景色に戻る。
そして、現れたその声の主が私の頭に触れたことによって、力が抜け、私はその場で膝から崩れ落ちた。
「「「アリス!」」」
花の妖精達が飛んで来るのを見て、大丈夫、と応えてから私の髪に触れた二頭身の妖精の姿を見やると、その妖精は横たわるエリアスの額に手を当てていた。
そして、驚く私の方を見ることはせず、エリアスの顔を見たまま言った。
「あんたの魔法に当てられて眠っているだけだ」
確かに彼の顔色は良く、眠っているようにも見えて一先ず安心する。それと同時に、疑問が湧いたのをそのままに尋ねた。
「貴方は……」
その言葉に、妖精は銀色の長い髪を揺らし、透き通るような切れ長の同色の瞳で私を見つめて言った。
「風の妖精。エリアスに祝福をしたのも、この俺だ」