第十九話
「公爵様から伺いました! お花の妖精さんからついに祝福の力を得られたのだとか!」
「えぇ」
ララの言葉に、私は頷きながら思う。
(侍従達にはエリアスから説明してくれると言ってくれて助かったわ。私の口から説明するのは大変だもの)
エリアスの提案で、花の妖精の祝福の力を得たということを隠すよりも、邸の者達には報告しておく方が良いだろうということになったのだ。
そして、エリアスの口から、私が混乱しているから魔法の内容については触れないように、とも説明してくれたらしい。
そうすれば、質問攻めに合わないだろうという見解のもとだ。
そんなことを思い出している私に対し、ララは言葉を続けた。
「おめでとうございます! 私はずっと、アリス様は特別な方だと思っておりました!
私が妖精さんを見ることは夢のまた夢だと思っていたところを、アリス様のおかげで妖精さんにお会いして、それもお話が出来るなんてまるで夢、いや奇跡のようでした! そんなアリス様が祝福の力を得られたとお聞きして、とっても感激しております……!」
目に涙まで浮かべて喜んでくれる彼女を見て、私はポツリと呟いた。
「……私がこの力を授かって、喜んでくれる人もいるのね」
「え?」
小さな声で呟いたために、ララには聞こえなかったらしい。
私は笑みを浮かべると、別の言葉を口にした。
「こちらこそ、ありがとう。……私も、こんな力をまさか自分が戴くことになるとは思わなかったから、正直自信を持てなかったのだけど、ララにそう言って頂けて勇気が出たわ」
「そんな! アリス様は最高です! 私の自慢の奥様です!」
「ふふ、ありがとう」
そう言うと、ララは満面の笑みを浮かべてくれる。
その笑顔を見て和みながらも、さて、と息を吐いた。
(まさかこんなことになるとは、思わなかったわ……)
そう、その“こんなこと”というのが私の中では結構な大事、だったりする。
「……約束の時間ね」
心許ない月の光に照らされ、辛うじて見える時計が示す短い針は、既に真ん中よりも右に傾いていた。
そんな真夜中の部屋の中で、私は一人ベッドから抜け出し、ガウンを羽織ると、足音を立てないように慎重に足を運んでから、ある扉の前に立ち止まる。
その扉とは、ここへ来た時から一度たりとも開けたことのなかった扉だ。
そんな扉の前まで来た私は、深呼吸をすると、ポケットに忍ばせていた鍵を取り出し、その鍵をゆっくりと鍵穴に差し込んだ。
そしてまたゆっくりとした動作でその鍵を回すと、カチャリという音がした。
(……これで、良いのよね)
心なしか緊張している鼓動を落ち着かせるため、もう一度深呼吸をしてからドアノブを回す。
扉を開けた先に広がった部屋は、想像していたよりも広く、そして。
「……君は予想通り、また薄着だな」
そう怒ったように言うエリアスの姿があった。
間違いなく普段より速くなっている鼓動を聞かないよう、意識を逸らすために私もそんな彼に向かって負けじと返す。
「貴方こそ、薄着じゃない」
「君と俺とを一緒にするな。俺は上着を脱いだだけで、君は夜着の上に薄手の上着を羽織っただけじゃないか」
「そんなことを言ったって、貴方だって……」
「何だ」
その先の言葉は喉奥に押し留め、心の中で呟く。
(貴方だって、薄着のせいで色気がだだ漏れじゃない)
シャツをラフに着崩しているせいで、普段は見えない彼の鎖骨まで見えてしまって、ほんの少しだけ目のやり場に困ってしまう。
そんな私をよそに、彼は自分の部屋へと戻ると、バサッと私の肩に上着をかけて言った。
「風邪を引くといけないから着ていろ」
「あ、ありがとう」
ほのかに温かさを感じることから、先程まで彼が着ていた物なのだろう。とりあえず、今は大人しく貸してもらうことにして、袖を通す。
そんな私に対し、彼は口を開いた。
「では、始めるぞ」
その言葉に頷くと、彼の足元が銀色に光り輝き、発生した風が彼の同色の髪を撫でる。
そして、その銀色の光の粒が床から天井にかけて全体を覆った後、やがてその光と風は消えた。
その様を見ていた私に、彼は言った。
「部屋に防音の魔法をかけた。これで、邸の者達が物音に気付いて入ってくることはないだろう」
「ありがとう」
相変わらずエリアスの魔法は多彩で凄い、と自然と笑みが溢れる私に対し、彼は急に頬を赤らめたかと思うと、咳払いをして言った。
「と、とりあえず妖精を呼ぶと良い」
「呼ぶ……?」
「花の妖精から聞いていないか?」
その言葉に首を横に振れば、彼は「まあ、人それぞれか」と息を吐くと、口にした。
「祝福の力を得た妖精の呼び出し方は簡単だ。これは人それぞれなんだが、最初に決めた呼びかけに対し、彼らは答えてくれる。だからいきなりだが、今からその言葉……呪文を考えて、口にしてみると良い」
「よ、呼び出す呪文……」
(妖精を呼び出すのに呪文がいるのね。それは知らなかった)
花の妖精達は、いつも彼らの気まぐれで不意に現れるものね、なんて考えながら、何が良いのだろうかと考えて閃く。
そして、目を閉じてゆっくりと開けると、空中に向けて両手をかざして口にした。
「いらっしゃい、お花の妖精さん達」
シンと静まり返った部屋に、私の声がこだまする。
すると。
「「「は〜い」」」
刹那、赤と黄と青の妖精がその姿を表す。
それを見て驚いていると、エリアスもまたその妖精達の姿を見て言った。
「妖精達が答えたから、これで呼び出すことが可能になったはずだ」
「す、凄い……、呼び出す時はいきなり妖精が現れるのね」
翳した掌の上あたりををふよふよと舞う妖精達を見て、思わずそう呟くと、今度は妖精達が答えた。
「そうだよ!」
「よばれたら、すぐにかけつけるよ〜!」
「ひかりは、すがたをかくすためのものだけど、そのひつようはないからね〜」
「まあ! そうなのね」
彼らの言葉に、術者に呼ばれたら光を纏わずに駆けつけてくれるのか、と納得する私に対し、赤の妖精が言った。
「それで!? きょうからとっくん、はじめるの?」
「あぁ」
エリアスが頷いたのを見て、こうなった経緯を思い出す。
そう、私達がこうして深夜集まることになったのは、私が秘密で魔法の特訓をするため。
エリアスが私の魔法を秘匿した方が良いと言っていることもあって、深夜に共同寝室を使って魔法の特訓を行うのが最も怪しまれず、バレることがないだろうと口にしたのだ。
最初は少し……、いやかなり共同寝室の鍵を開けるということに抵抗があったものの、魔法の特訓をしなければ、自分でコントロール出来ない、つまり暴走してしまう可能性があると言われたのだ。
そのコントロールの仕方は本来学園に通わなければならないのだけど、それもまた秘密裏にということで、妖精とエリアスから直接教わることになり、そして現在に至る。
「妖精さん達、エリアス、こんなに夜遅くに時間を作ってもらってしまってごめんなさいね」
私のために集まってくれた皆に礼を言うと、彼らは口を揃えて言う。
「ぜんぜんだいじょーぶ!」
「ようせいは、ねるのがみじかいから」
「よるもアリスにあえてうれし〜!」
「あぁ。俺も、君の役に立ちたいからな」
そんな彼らの優しい言葉に、胸の奥が温かくなる。
(そうか、私は今は一人じゃない)
この力を得てから内心凄く不安だったけれど、エリアスも、妖精さん達も、それからララも応援してくれている。
改めて、一人でないということがどれだけ心が救われているかを感じて。
「……皆」
私は、溢れる想いをそのままに、笑みを浮かべて言った。
「ありがとう」
「「「……!」」」
「……っ」
その言葉に、彼らは目を瞠る。
そして、妖精さん達が口々に言葉を発した。
「アリス、かわいい!」
「わらったかおもおはなみたい!」
「アリスのえがお、すき!」
そう言われて、素直に口にする。
「ふふ、ありがとう」
そして、なぜか黙り込んでしまっているエリアスの方を見やると、彼は顔を逸らしてしまう。その耳が……。
「あれ? こーしゃくさま、あか〜い!」
「おはなのあかとおなじくらいまっか〜!」
「こーしゃくさまも、かわいー!」
その言葉に、エリアスは赤い顔で妖精と私とを見て、怒ったように口にした。
「気のせいだ! というか可愛いとは何だ!
……っ、そんなことより、時間は有限だ。早く始めるぞ」
「「「はーい!」」」
元気の良い妖精さん達の返事を見習って、私はエリアスに向かって元気よく言葉を発した。
「ご指導、宜しくお願い致します!」