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第十八話

「何度も時間を割いて頂いてごめんなさい」


 そう私が口にすると、目の前にいる彼……エリアスは氷色の瞳に戸惑いの色を滲ませ、口にした。


「いや、君のためならそれは全然構わないが、どうした? 何かあったのか?」


 その言葉に、ぐっと拳を握る。


「そ、そうなの。えーっと、どこから話せば良いのかしら……」

「?」


 口籠る私に対し、彼が首を傾げたところで、どこからともなく光が現れ、弾けて現れたのは先程の三人の妖精達だった。

 彼は目を見開き口を開く。


「は、花の妖精か。何度見てもこの光景は見慣れないものだな。それで、今日はどうしてここに?」

「こうしゃくさまに、ぼくたちからせつめいしてほしいってたのまれたの〜!」

「説明?」


 エリアスが私と妖精とを交互に見たのを確認してから、彼らは頷くと両手をあげて言った。


「あのね! きょうからアリスも、おはなのしゅくふくのちからがつかえるの〜!」

「!? な、何!?」


 彼は余程衝撃だったのか、バンッと机を叩くと立ち上がる。

 それを聞いた妖精達が怒ったと勘違いして、一気に涙目になったことに気付き、慌てて言った。


「エ、エリアス、妖精さん達が驚いているわ」

「あ、す、すまない、つい、驚いてしまって……。本当なのか? アリスが、花の妖精の祝福を?」


 エリアスの戸惑いに、彼らは気を取り直したように頷くと、笑みを浮かべて言った。


「うん! そーだよ〜!」

「わたしたちが、アリスにあげたの!」

「めが……、じゃなかった、アリスはいやしのちからをつかえるようになったの〜!」

「癒しの力?」


 驚くエリアスに、私も頷き答える。


「そ、そうみたい、なのよね〜」


 エリアスには、嫌でもバレることになると予想した私は、“女神様と同じ力”という言葉は伏せてもらって、妖精達にお願いしてエリアスに伝えてもらったのだ。

 あははと誤魔化し、とりあえず説明したという事実を得た私は、そそくさとその場を後にしようと後退りを始めたのだけど。


「そ、それは本当なのかっ!? アリス!!」

「きゃっ!?」


 あっという間に瞬間移動でもしてきたのかというほどの勢いで、私の目の前にきた彼は、ガシッと私の肩を掴むと、信じられないと言ったふうに氷色の瞳をこれ以上ないほど見開き、私を映し出した。


(な、なになになに!? 祝福の力を得たことがそんなに驚くことなの!?)


 そんな私の戸惑いをよそに、彼はまさか、と小さく呟き言った。


「花の妖精の力といえど、癒しの力と言ったら、それは……」

「それは?」


 まさか、彼も妖精達が指す“女神”のことを知っているのでは。

 その先の言葉を聞くのが怖くてギュッと自分の服の裾を掴むと、彼は「いや」と目を逸らして言った。


「驚かせて悪かった。君もまさか祝福の力を使えるようになるとは思わなかったから、驚いて」

「そ、そう?」


 それだけでそこまで驚くことなのか。エリアスも祝福の力を授かることは経験しているはずなのに、と疑問符を打つ私に対し、彼は花の妖精に向かって頭を下げた。


「ありがとう、大事なことを教えてくれて。これで俺は、やるべきことが決まった」

「それはよかった〜」

「アリスをよろしく〜」

「あぁ」


 その言葉に頷いた彼を見て、首を傾げた。


(アリスをよろしくってどういう意味??)


 次から次へと湧き上がってくる疑問をそのままに、エリアスは再度私に目を向けると口を開いた。


「アリス」

「っ、は、はい!」


 何故だか彼の真剣な表情に、思わずドキッとしてしまいながらも返事をすれば、彼は私の手を取って言った。

 それに戸惑う私をよそに、彼は言葉を続ける。


「まずは花の妖精の祝福の力を授かったこと、おめでとう」

「あ、ありがとう……」

「その力は、君を守ってくれる大事な力だ。同時に、君の運命を色鮮やかに彩ってくれるものでもある。だが、その力は便利であることと表裏一体に、君を縛ることにもなるだろう」

「え……」


 エリアスの言葉に、私は目を見開く。彼はそれでもと言葉を続けた。


「その魔法が君にとって害とならないように、俺が君を導くと約束しよう。

 そして、必ず君を守る」

「わ、私を守るって……、この力は一体何なの?」

「それは」


 彼は少しの間の後、意を決したように口を開く。


「それが、俺にも分からないんだ」

「分からない?」


 その言葉に、驚き目を見開く。


(筆頭公爵家という立場であるエリアスにも分からないだなんて)


 そんな私に対し、彼は頷くと言葉を続けた。


「癒しの力の使い手は、文献で見たことがない。

 ゆえに、その力も未知数であると同時に、希少、なんていうものではないほど前例がない」

「!?」


 確かに、妖精達は先程『人にあげたのは初めて』というようなことを口にしていた。

 それはつまり。


(歴史上で私だけ!?)


 サッと青褪める私に気付いたのだろう、エリアスは「落ち着け」と私の背中をポンと叩き言った。


「とりあえず、俺も君のその力を文献で探してみることにしよう。そして、その魔法のことで俺と約束して欲しいことがあるんだ」

「約束……?」


 問い返した私に対し、彼は私の両手を包むように握る。

 そして、優しい口調でまるで言い聞かせるように口を開いた。


「君のその力は、間違いなく希少なものだ。

 だから、その力を狙う者も少なからず現れるだろう」

「狙う者……」

「そのために、約束して欲しい。決して、その力のことを他人に話さないこと。それは、エドワールやヴィオラ嬢でさえもだ。

 そして、もしその力を人前で使う場合は、事前に俺に相談すること。

 魔法のことなら、俺は詳しいと自負しているからな」


 エリアスは笑みを湛えながらも、その瞳は真剣そのもの、そして、どこか懇願するようにも見えて。


(そんな希少な力をエドワール殿下にさえも黙っておくなんて……、でも、エリアスがそう言うのならここは従っておいた方が良い)


 この魔法が、少なくとも他の人より特別だということは理解した。

 そして、こう言ってくれているエリアスは、私の魔法を絶対に悪用したり裏切ったりしないと、彼と時間を共に過ごしてきているからこそそう思える。


「もちろん、クレールにも話さない方が良い」

「クレールにも?」

「まあ、そうは言っても花の妖精が話すだろうから、“癒しの力”とは言わず、“花の妖精の祝福”で通すのが無難だろう」

「分かったわ」


 エリアスの言葉に慎重に頷けば、彼もまた頷いて口にする。


「とはいえ、そこまでその魔法を君自身が恐れることはない。それで使えなかったら魔法とは言わないだろうからな。折角花の妖精が祝福の力を君のために授けてくれたんだ、君もそれに応えると良い」

「……私に、出来るかしら?」

「!」


 正直、魔法とは無縁だった私がいきなり手にしたのが前例のない希少な魔法だなんて、はっきり言って怖い。


(魔法に詳しいエリアスがここまで言っているのよ? 本来小説内では無力な悪役令嬢だったはずの私に与えられたこの力は、一体何のために女神様が授けたというの?)


 いつもなら面倒、の一言で片付けていたことも、どんどん手に負えないくらい大きな問題に直面している気がして。

 戸惑いを隠せないでいる私の手を、彼が加減したように少しだけ強く握る。


「大丈夫だ。妖精達は、君を想って与えた祝福の力なのだから。

 それに、君には俺がいる」

「……!」


 そう口にした彼は、私と視線を合わすと、温かな笑みを浮かべて口にした。


「君とは契約結婚の仲といえど、俺達は夫婦だ。君は思う存分俺を利用すると良い」

「!? そ、そんなことを言ってしまって良いの?」


 私の言葉に、彼はあははと笑って口にする。


「構わない。それに、君に頼られるのは本望だ」

「!?」


 思わず息を呑む私に対し、彼はどこまでも優しい笑みを浮かべて言葉を発した。


「大丈夫。俺はずっと、君の味方であり続けるから」




 深夜。

 邸全体が寝静まった時間に、この邸の主人の人影があった。

 銀色の髪から覗く氷色の瞳は、年季が入った古い書物に向けられている。


「……“癒しの力”」


 そう呟き、蝋燭の灯り一つを頼りに、開かれたページを指でなぞりながら言葉を紡ぐ。


「その力の担い手で俺が知っているのは、“創世の女神”だけだ」


 “創世の女神”。

 それは他でもない、この世界を創り出した神々の頂点に立つ、女神の呼称であった。

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