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第十六話

 それから間もなくして、お茶会の日取りは三週間後に決まった。

 そのために準備をしなくてはいけないと、邸内はエリアスの言う通り活気付いていた。


「招待リスト、完成したから確認して頂けるかしら?」


 そう言って完成した招待客名簿をエリアスに手渡すと、彼はそれを受け取りながら驚いたように私を見上げる。


「もう出来上がったのか?」

「えぇ。招待客は早めに決めて招待状を出さなければ、皆様ご都合がつかないでしょう? それに、直前では非常識に当たるでしょうし」


 そう言ってリストを彼に見せれば、エリアスはふむ、とその名簿をざっと見た後、驚いたように顔を上げた。


「バシュレ伯爵令嬢も招待するのか?」


 彼がその名に驚くのも無理はない。

 バシュレ伯爵家のフェリシー様は、この前の夜会で私に喧嘩を売ってきた本人なのだから。

 私は頷き、答える。


「貴方は許せないからと、彼女が私に直接謝罪をしたいという申し出を断ったと聞いたけれど、私はお会いして直接話したいの」

「どうしてそれを」

「侍女から聞いたわ」

「……」


 分かりやすく不機嫌になるエリアスに対し、私は笑って言った。


「大丈夫よ。私だって簡単に許すつもりはないわ。

 ただ、彼女があの時のことを今どんな風に思っているのか、聞きたいだけ」


 そう口にした私に対し、彼は頭を抱えた。


「……魔物に取り憑かれたかもしれないからと無罪放免にした上、茶会に招待するなんて。

 君の考えていることはエドワール以上に分からない」

「あら、王太子殿下より分かりにくいかしら? これでも分かりやすいつもりよ」


 うふふ、と笑ってみせれば、彼は頭を抱えてため息交じりに言った。


「とりあえず、何かあったらすぐに俺に言うんだ。分かったか」

「あら、私の心配をしてくれるのね」

「当たり前だろう。あんなことがあったからには、君に危害を加える可能性は十二分にある。

 いつも言っているはずだ。俺が君を守ると」


 その言葉に、私は目を瞬かせてから思わず口にした。


「……本当に貴方って律儀ね」

「は?」

「契約結婚したのが、貴方で良かった」


 その言葉に目を瞠る彼の手からリストを取ると、それを手に言った。


「とりあえず、ここに書かれている全員に招待状を作って早急に出すわね。

 忙しい中時間を作ってくれてありがとう」


 そう言ってなぜだか固まっているエリアスをよそに、私は部屋を後にした。

 一人部屋に残ったエリアスは、閉まった扉を見て呟く。


「……俺は君と、契約結婚なんてしなければ良かった」





 その日の内に招待客合わせて二十数名分の招待状を書き終えた私は、うーんと伸びをした後肩を回した。


「さすがに二十数名分の招待状を書くのは苦労したわ……。けれど、この内一体何名が来るかよね」


 今回招待したのは、私が選んだごく一握りの同世代の女性だ。

 貴族問わず平民の女性……、エリアスが学園時代を共にしたであろう方々にも声をかけることにした。

 それも全て、“幽霊屋敷”の名を平民にも払拭出来たらという思いが含まれている。


「問題は、学園に入学していない魔力皆無の私が開催したお茶会に、どれほどのお客様が集まるかよね」


 ロディン公爵家の妻、という肩書きはあるけれど、それを逆に面白くないと思っている方々の方が多いに決まっている。


「だからと言って、筆頭公爵であるエリアスの敵に回らないように、という心配りはするだろうから……、まあ、全く予想はつかないわね」


 とりあえず、私もエリアスも、敵の方が多いことに違いはないのだから、ここはもう開き直るしかない。


「後はヴィオラ様次第よね……」


 彼女もまた次期王妃となるため、その準備をしており多忙だということも、小説中に描かれていた。

 だから、このお茶会にだって参加するかは分からないと思うのだけど。


「エリアスは絶対来ると言っている」


 ヴィオラ様は私のことが気になって仕方がないのだと、そう言っていた。

 その言葉を思い出し、私はこめかみを抑える。


「……来なければこのお茶会をする意味はあまりないことは分かっているけれど、来たら来たでとんでもなく疲れるに違いないわ」


 念のため、エリアスと再度私達の設定を確認しておきましょう、と心に決めていると。

 コンコン、とノックをする音が耳に届いた。

 だけどその音は、扉からではなく……。


「あら」


 その姿に思わず目を細め、窓を開けると飛び込んできたのは、言わずもがなソールだった。


「珍しいわね。貴方がノックをするだなんて。その上今日は黒猫姿なのね?」


 そう尋ねると、彼は面白くなさそうに言った。


「人間の姿だとお前が認知しないってことが分かったからな」

「見慣れないからよ」


 そう言いつつ、黒猫姿の彼を見て私は笑みを溢すと、床に座っている彼の目の前でしゃがみ、その頭を撫でた。


「!?」


 驚き目を瞠るソールに対し、私は笑って言う。


「でも、私もこちらの姿の方が可愛くて良いと思うわ。

 それにしても、初めて触ったけれど毛並みが揃っていて肌触りがとても良いのねぇ」


 その言葉に、彼はウザそうに顔を顰め、その手を払いのけるように頭を振って言う。


「可愛いとか猫扱いするな」

「あら、私の目の前にいるのは黒猫さんよ?」


 そう言って笑うと。


「……やめた」

「え? ……!」


 そう言った彼が、ボンッと煙に包まれる。

 そして、私の目の前に現れたのは、夜会の夜に見たソールの男性の姿だった。


「この姿を見ても、“可愛い”なんて言えるか?」

「!?」


 そのあまりの近さに驚き、思わず身体をのけぞらせた私を見て彼は笑った。


「間抜けな顔」

「った!」


 不意にデコピンを喰らい、おでこを押さえている間に彼は立ち上がると口にする。


「男に向かって“可愛い”なんて言うな。嬉しくも何ともねぇから。むしろ腹が立つ」

「……口で言って欲しかったわ」


 そう言ってむくれると、彼は「言っても分からなそうだから」と失礼なことを言ってから、机の上の招待状の一枚を手にして言った。


「それにしても、また面倒なことやってんな?」

「ちょっと触らないで。人に送るものなんだから」


 そう言って慌てて取り返すと、ソールはその差出人を見て忌々しげに呟いた。


「茶会を開くのが、まさかあの女のためだなんてな」

「あの女って……、もしかしてヴィオラ様のこと? 彼女は王太子の婚約者なのだから、あの女呼ばわりは失礼ではなくて?」

「神である俺があの女呼ばわりをして何が悪い」

「そ、それを言ってしまえばそうでしょうけど……、なぜそんなに棘があるの?」


 ソールはヴィオラ様と接点でもあるのだろうか。

 そんな棘のある口調に思わず突っ込めば、彼は腕を組み憎々しげに言った。


「俺はあの女が嫌いだからだ」

「嫌い?」

「能力があるというだけで周りからチヤホヤされ、何の努力もしてないくせに偉そうだからな」

「ど、努力をしていないことはないと思うけれど……、それに彼女は、そういう方ではないと思うわ」


 思わず言葉を返した私に対し、彼の目が眇められる。

 そして、声音を低くした。


「……どうしてお前が庇う」

「そ、それは……、小説中で、彼女を知っているから」

「小説中でアリスを陥れた女だぞ?」

「あれはアリスが悪いのだから、ヴィオラは当然のことをしたまでよ」

「アリスは悪くない!!」


 そう大きな声をあげた彼に驚き、私は目を瞠る。

 そんな彼は、ハッとしたような顔をした後、舌打ちをして吐き捨てるように言った。


「……俺は、ヴィオラもエドワールも、そしてエリアスも大嫌いだ。反吐が出る。

 お前も、特にエリアスには間違えても絆されるんじゃねぇぞ」

「ほ、絆されたりなんかしないわ」


 次から次へと飛び出るソールの言葉に驚きを隠せないものの、慌ててそう返せば、彼は顔を覗き込むようにして私と視線を合わせる。

 そして、その夜空色の瞳に私を映すと、言葉を発した。


「その言葉、忘れるなよ」


 そう言うや否や、彼の姿は一瞬で消えていた。


(……今のは、一体どういうこと?)


 ソールはなぜ、そこまで彼らを恨んでいるのか。

 いえ、それよりも。


『アリスは悪くない!!』


「……ソールは、“アリス”のこと……、私のことになるとムキになる。それは一体、なぜ?」


 そんな私の呟きは、一人の部屋の中で空気となって溶けたのだった。

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