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第十五話

 契約結婚から丁度二ヶ月を迎えた今日、私はある提案をエリアスに持ちかけた。


「お茶会を開く?」

「えぇ」


 その言葉に頷くと、彼は食べる手を止め言う。


「急にまた、どうしてそんなことを?」


 そう言った彼に対し、私は二本指を出して口を開く。


「目的が二つあって」

「二つ?」

「まず一つ目は、この屋敷の評判を上げること。

 “幽霊屋敷”という不名誉な二つ名を手っ取り早く無くすには、皆様に直接その目で見て頂く方が良いと思うの」


 折角カーテンを取り替えたり、侍従達も“幽霊屋敷”という名を払拭しようと奮闘しているのだ、そんな努力の賜物である屋敷を見てもらおうという作戦である。


「それともう一つ」


 人差し指を立て、短く息を吸ってから口にした。


「そのお茶会に、ヴィオラ様もご招待させて頂きたいの」

「ヴィオラ嬢を?」

「えぇ。この前、髪飾りを譲って頂いた上に、お茶会のお誘いを断ってしまったでしょう? あのお詫びも兼ねて、改めてこちらからもう一度お誘いさせて頂こうかと」

「……なるほど」


 その言葉に、彼は顎に手を当て言った。


「“幽霊屋敷”の名を払拭するというよりは、ヴィオラ嬢と話すため、がお茶会を開催したいと言い出した主な理由だな」

「うっ……」


 エリアスの鋭い指摘に図星を突かれた私は、言葉を喉に詰まらせる。

 そう、“幽霊屋敷”の名を払拭したいというのは建前で、本来の目的は、ヴィオラ様とお話しすることだった。

 私は観念し、彼に正直に話す。


「だってヴィオラ様と二人でお茶するだなんて出来ると思う?」

「なぜそんなに嫌なんだ? 君はあまり話したことがないのだろう? 彼女が苦手なのか? それとも、俺がフラれた相手であることに何か問題が?」

「いえ、そのどれでもないわ。ただ、彼女は鋭そうでしょう?

 だから、話している内に、私と貴方の関係がバレてしまう可能性が高いと思って」

「なるほど、確かに……」


 私の言葉に、彼も理解したように視線を彷徨わせた。

 そう、私が心配しているのは、彼女と話すことで私とエリアスの関係……、愛のない契約結婚であることがバレてしまうのではないか、という点だ。


「いくら私とエリアスの間で話を合わせたとしても、ヴィオラ様にはバレてしまうのではないかと思うと気が気でないのよ」


 小説中のヒロインであるヴィオラのことなら、その性格をほぼ完璧に知っている。

 彼女の洞察力や知識量は、エドワール殿下やエリアスと引けを取らない。

 まさに、次期王妃に相応しい人物なのだ。


(そう見ると、この幼馴染三人はズバ抜けて化け物じみた優秀さなのよね……。まあ、悪女アリスも三人に劣るとはいえ、知識量は豊富だけれど)


 と、思わず遠い目をしてしまう私に対し、彼は「確かに」と苦笑いをして私に同意した。


「エドワールの鋭さは本当に怖いが、その婚約者であるヴィオラ嬢もまた勘が鋭いからな。

 もし彼女に俺達の関係性がバレてしまったら、エドワールに話が行くことは間違いないだろうな」

「でしょう? そう考えると、二人きりで話すよりはなるべく大勢と話をしている方が、話を掘り下げることは出来ないのではないかと」


 深く突っ込まれないようにするために、お茶会を開くという結論を出したのは、苦肉の策だった。


(大変面倒なことだと思うけれど、隠蔽工作をするためにはこれしか方法が思いつかない)


「というわけで、お茶会を開かせて頂きたいのだけどどうかしら?」


 もう一度そう尋ねると、エリアスは少し考えた後口を開いた。


「……茶会には、誰を招待するのかは決まっているのか?」

「えぇ。とりあえず、今回は同年代の女性のみでの小規模なお茶会にしようと思うのだけど」

「女性のみ……」


 彼がその言葉に引っかかったのを見て、あぁ、と頷き補足する。


「貴方は最初と最後あたりに顔を出して挨拶をするくらいで良いと思うわ。いたらいたできっと女性が色めき立ってしまうだろうし」

「そ、そんな心配が」

「貴方もご存知でしょう? その見目麗しいお姿は、いるだけで人目を引いてしまうって」

「……」


 彼は何とも言えない表情で視線を彷徨わせた。

 そんな彼を見て、「とにかく」と口を開く。


「私としては、このお茶会を開催することを許してほしいのだけれど、どうかしら」


 その言葉に、彼は少し考えてから息を吐くと口にした。


「他でもない君の提案だから、断るわけにはいかないな。

 茶会なんて前公爵が生きていた時以来だし、屋敷の者達の士気も高まるだろうから、俺も異論はない。それに」


 そこで言葉を切ると、彼は笑って言った。


「招待客が女性のみということは、君を他の男の目に晒す心配はないということだしな」

「!?」


 急に何を言い出すんだ、この人は。

 さらりと発言したその言葉に驚きを隠せないでいる私に対し、彼はクスッと笑ってから何事もなかったかのように尋ねる。


「それで? 部屋はどの部屋を使うかは決めているのか?」


 そんな彼の言葉に、無駄に意識してしまったことを誤魔化すため、軽く咳払いをした後返す。


「そのことなんだけど、貴方にも協力して欲しくて」

「協力?」





「というわけで、こちらの庭園を使わせて頂いてガーデンパーティーを開きたいの」


 そう告げた私の目の前にいるクレールは、今日も深く帽子を被り、その帽子から覗く緑の瞳を瞬かせて言う。


「ガーデンパーティー、ですか」

「えぇ」


 私が頷くと、隣にいたエリアスも口を開く。


「招待客には、次期王妃であるヴィオラ・ノルディーン嬢にも声をかけることになっている。アリスはそのために、是非この場所を使いたいと」

「えぇ。私は、この素敵な庭園を皆にも見てもらいたいと思って」


 そう言ってグルリと見渡せば、今日も花が太陽の光を浴びて光り輝き、光を纏った無数の妖精が飛んでいる姿も目に入る。

 そんな美しい庭園を見ていると、クレールが頷き言った。


「なるほど、分かりました。そういうことでしたら、俺も、協力いたします」

「本当!?」

「はい。……祖父も、その方が喜ぶと思いますので」


 そう言った彼は、小さく笑みを浮かべた。

 そんなクレールの言葉に何だかジンときて、私は全力で頷いて言った。


「そうね、お祖父様にも喜んでいただけるように、私も頑張らせてもらうわね!」

「はい。ちなみに、お茶会というのはいつ頃の予定ですか」


 クレールの質問に、エリアスが答える。


「詳しくはまだ決めていないが、今月中には開催出来たらと思っている」

「今月中ですね。分かりました。妖精達にも伝えておきます」

「よろしく頼む」


 エリアスの言葉にクレールが頷いたのを見て、私は手を叩くと言った。


「では、早速今から準備を整えないと!

 私は招待客の選定とお手紙を書かなければいけないから、エリアスは私が招待客を選んだらその方々を確認して。

 クレールは、妖精達と一緒にいつも通りお花の手入れをよろしくね。私も、空いている時間はなるべく手伝いに来るわ」


 そんな私の言葉に対し、二人は目を丸くして顔を見合わせた。


「……何かおかしい?」


 私が思わず尋ねると、彼らはなぜか笑い出す。

 思わずムッとする私に対し、エリアスが口を開いた。


「いや、君は面倒ごとが嫌いだと言いながら、俄然張り切り出したり、人一倍人のために働いたりしているのが何だか面白くて」

「な!?」

「そうですね。俺から見ても、アリス様は人一倍世話焼きだと思います」

「……もう!」


 分かったような口ぶりで私のことを話す二人に対し、頬を膨らませると、腰に手を当て言った。


「そうよ! やるからには妥協は許さないわよ! 徹底的にこの“幽霊屋敷”という異名を払拭してやるんだから見てなさい!」

「「!」」


 そう言って啖呵を切った私に対し、彼らは今度は声をあげて笑ったのだった。

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