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第四話

 エリアス・ロディン。

 ロディン公爵家の唯一の子供として生まれた彼は、跡取りとして仕方がなく生まれてきたような子供だった。政略結婚によって結ばれた彼らは、エリアスに愛情を注ぐどころか、互いに愛人を作って育児を侍従達に全て押し付ける始末。

 そんな両親を見て育ったエリアスは、酷く彼らを憎み、蔑んでいた。恋愛とはなんと馬鹿げていて、滑稽なものであるか。


 そう思っていたエリアスだったが、10歳にしてある奇跡的な出会いをする。それが、当時8歳であった侯爵令嬢・ヴィオラだった。


 ヴィオラ・ノルディーン。

 その女性が正真正銘、この小説のヒロインであり、彼が恋をした唯一の女性なのだ。





(余計に面倒臭いことになったわ)


 隣に座っているのはお兄様、向かいの席にはお父様、そして……。


「全く、エリアス・ロディン公爵が助けて下さらなかったら、今頃どうなっていたことか。今すぐ礼を申し上げなさい、アリス」


「……」


 お父様のその隣にいる彼……エリアスを見やれば、こちらをじっと見つめる彼の姿があって。

 私はそんな彼に向かって、にこりと笑みを浮かべて言った。


「ありがとうございます、エリアス・ロディン公爵様。

 全く頼んでいないことをして下さって」


 その言葉に、エリアスの眉間に皺が寄り、お父様とお兄様が息を呑んだのが分かる。それには構わずに言葉を続けた。


「助けて下さらずとも、魔物が攻撃してくることはなかったはず。だって私は、魔力なしの“小娘”ですもの」

「……何?」


 今度こそ彼の口調が怒りの色を帯びる。それに構うどころか鼻で笑って言った。


「そもそも、家出をした理由は貴方との婚姻が嫌だったからですわ。

 ……幸せになれる保証がないのに、面識のない貴方と結婚しろと? 冗談じゃないわ!」

「!」


 彼が分かりやすく驚く。


(分かっている。これが私の我儘だということも。

 けれど、あんな結末を知っていて、好き好んでそのまま同じ轍を踏みたくない)


 そう思った私は、敢えて強気な女性……、悪女を演じる。


「私との婚姻を望んだのも、“都合が良いから”でしょう? ……魔力なしで貴族からは爪弾き、味方ゼロの小娘ですもの、貴方のお飾りの妻としてはピッタリでしょうから!」

「アリス!!」


 お父様の鋭い声が飛ぶ。そんなお父様に向かって私は冷笑した。


「お父様はよっぽど、私のことが“お嫌い”ですのね」

「なっ……!?」

「これ以上お話ししても無駄のようですので、これで失礼いたしますわ」


 最後に分かりやすくため息交じりにそう口にし、完璧な淑女の礼をしてその場を後にする。


(私は、アリスとは違う)


 愛を求めて媚を売るだなんて真似はしたくない。

 ましてや、あんな人達のどこが良いというのだろうか、さっぱり分からない。


(……顔かしらね)


 何より他ならぬ彼のせいで作戦が失敗に終わったことに腹を立てていると。


「アリス・フリュデン嬢」

「……」


 またか。そんな思いで、後ろから声をかけてきた人物を、睨むようにして振り返る。

 そんな私の視線を受け、彼……エリアス・ロディン公爵様は一瞬目を見開いた後、ムッとしたように口を開いた。


「君と話がしたい」

「私は話したくありません」


 はっきりと拒絶の意を示したが、それでも彼は引き下がってはくれなかった。


「家出をしたのは俺のせいだとはいえ、一応君を助けたのは俺だ」

「……なるほど。つまりそれは、私に対するご命令ということでしょうか?」


 開き直るか言い返してくると思った彼は、私の言葉に狼狽える。

 その態度を見て息を吐くと、踵を返して口を開いた。


「分かりました。ご案内いたします」

「どこへ」

「応接室です。何かお話しされたいことがおありなのでしょう?」


 先程は血が上ってしまって私も言いすぎたと思っているし、少しは彼の言い分も聞こうと思ったのだ。

 そんな私に、彼は一言答えた。


「……宜しく頼む」





 23歳のアリスに転生したとはいえ、アリスのそれまでの記憶が私の頭の中に入っていたのは不幸中の幸いだった。

 そのため、侍女の力を借りずに応接室まで無事に案内出来た私は、彼の向かいの席に座ると口を開いた。


「それで、ご用件は何でしょうか?」


 出来れば簡潔にお願いしたい、という言葉は控え、笑顔という圧でそう尋ねると、彼は重い口を開いた。


「……どうして家出なんてしたんだ。そんなに俺のことが嫌か」

「はい」


 間髪を容れずに真顔で頷けば、彼はこめかみを押さえて言った。


「初対面だろう?」

「はい」

「どうしてそんなに俺のことを嫌っているんだ」

「では逆にお尋ねしますが、どうして会ったこともない私に婚姻の申し込みを?」

「!」


 公爵様の言葉が詰まる。

 それを良いことに、私は言葉を続けた。


「先程も言いましたけど、“都合が良かったから”ですよね? 貴方が好きなのはヴィオラ様ただお一人だから、お飾りの妻が欲しかったと、そういうことなのでしょう?」

「……知って、いたのか?」


(それは、学園に通っていない私が、ヴィオラ様とのことをなぜ知っているのか、ということね)


 その言葉に笑って頷く。


「はい。だって貴方は有名人ですから」


(知らないし興味ないけど)


 本当は小説の知識なのだけど、まあ何かあったら婚姻を打診してきた相手の調査をしたといえば問題ないわよね。

 そう結論付ければ、彼は「そうか」と腕組みをした後言った。


「そこまで知っているのなら、少し話を聞いてほしい」


(……また面倒なことになりそうね)


 思わず遠い目になった私に気付いたのだろう、彼は小さく咳払いすると、気を取り直したように口を開いた。


「君の言う通り、俺は“有名人”らしいから、大人しく独身を貫こうと思っていたんだ。しかし」

「殿下にご命令されたのですね」


「!?」


 その言葉に、今度こそ彼の目がギョッと見開かれる。


(まずい、これは小説の裏設定だったわ)


 案の定、公爵様の私を見る目が疑いの眼差しに変わる。


「どうして、そのことを?」


 背中には冷や汗が流れるのを感じるが、どうにかこの場を切り抜けなければと考え、咄嗟についた言葉は。


「考えなくとも分かるでしょう?」

「……え?」


 私はそう言ってクスクスと笑ってみせる。出来るだけ毅然と、悪女っぽく見えるように。そうして言葉を続けた。


「第一王子殿下はヴィオラ様と結ばれている。

 そして、貴方はヴィオラ様をお慕いしている、彼女の幼馴染でいらっしゃる。

 そんな貴方にもし、ヴィオラ様を横取りされたら?」


「俺はそんなことをしない!」


 ダンッと彼の拳が力一杯机の上に振り下ろされる。

 私はそんな彼に対し、呆れた目を向けて言った。


「たとえ貴方がそうであっても、周りはそうは思わないでしょう。

 それに、これはものの例えですから、落ち着いてください」


 その言葉で、彼は渋々居住まいを正す。それを見届けてから続けた。


「ですから殿下は、それを考慮して貴方に結婚するよう言い渡した。違いますか」

「……っ」


(思い当たる節はあるようね)


 私は息を吐き、言葉を続ける。


「そうして結婚相手を探したものの、条件に見合うお相手は見つからない。当然ですわ、粗方学園生活の内にパートナーを決める方が殆どですもの」

「……」


(……少々苛めすぎているかしら)


 これくらいにしておきましょう、と話をまとめる。


「そうして見つけたのが、学園時代を知らない私だったと、そんなところでしょう。

 しかし、折角足を運んで頂いて申し訳ないですけれど、私では貴方のお力になることが出来ません。

 お引き取りください」


 早く帰れ。

 その思いを笑顔の裏に隠す私に対し、公爵様は少し逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。


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