第十四話
「俺から口を出させてもらっても良いだろうか」
そう言って私の前に進み出た彼に対し、一瞬驚いたものの安堵する。
(良かったわ、逆にエリアスがいてくれて!)
エリアスならきっと、私の味方になってくれるはず。
だってどう考えても、この場は次期王妃であるヴィオラ様に譲るべきなのだから。
そう考えホッと息を吐いていた私の耳に、彼の衝撃の言葉が届く。
「ヴィオラ嬢。申し訳ないが、ここはアリスにその髪飾りを譲ってくれないか」
「え……!?」
思いがけない言葉に私は絶句し、ヴィオラ様もまた息を呑んで彼を凝視していた。
そんな彼女に対し、エリアスは言葉を続ける。
「彼女はまだ城下に来るのが二回目だそうなんだ。そんな彼女に何か贈り物をしたかったのだが、この通り物欲がなくてなかなか彼女の気に入る物がなくてな。
だがここで、唯一彼女の気に召したのがその髪飾りなんだ」
「まあ! そうなのね!」
「ちょ、ちょっとエリアス」
ヴィオラ様はその言葉に声を弾ませて手を叩くけれど、私としては全身冷や汗が止まらなかった。
(なぜそこで私に加担するの!)
本来貴方はヴィオラ様側の人間でしょう!?
それに、これでは結局人の物を横取りする悪女アリスと変わらない結果を迎えてしまうじゃない!と内心怒る私のことなどお構いなしに、彼らは話を続ける。
「俺としても、その髪飾りが一番彼女によく似合うと思う。
他でもない、その髪飾りをアリスが付けているところを見られたらと、そう思うんだ」
「……!」
そう口にして微笑む彼の姿に、私とヴィオラ様は思わず息を呑む。
だって、それではまるで……。
その続きを考える間もなく、ヴィオラ様が先に口を開いた。
「なるほど、分かりましたわ。それほどまで本気なのでしたら尚更、お譲りいたしますわ。
……と言っても、私は本当にただ綺麗だと思って見ていただけですので、お気になさらず」
「あぁ、ありがとう」
「あっ」
そう言うと、エリアスは本当に髪飾りを持って店主に声をかけに行ってしまう。
私はその状況を見て慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ございません、ヴィオラ様!」
「あら、本当に気にしないで。私は見ていただけなのだから」
そう言って朗らかに笑う彼女は、まさにヒロインそのもの。
後で殿下にバレた時に何か言われないだろうか……と、小説中のアリスのせいで嫌な予感が止まらない私に対し、ヴィオラ様はクスクスと笑って言った。
「本当に、お花のように可愛らしい方なのね。不思議な魅力に溢れているからこそ、お花の妖精にも愛された方なのだとわかるわ」
「……えっ」
なぜ花の妖精のことを知っているのか、と驚く私に、彼女は笑みを浮かべたまま言う。
「私もよく光の妖精とお話をするから、その時に貴女の話題を彼女達が自ら話してくれるのよ。それだけ妖精の間では貴女が有名なのだとか」
「!?」
ヴィオラ様がよく光の妖精と会話をしているのは小説で読んだから知っているけれど、まさかその話の中に私が出てきていて、それも私が有名になっているとは。
初耳な話に驚く私に、彼女もまた興味津々で口にする。
「それに、あのエリアス様を変えたのも貴女でしょう?」
「変えた??」
「貴女という存在が、周りに大きな影響を及ぼしている。……それがどうしてなのか、個人的にとても興味があって」
「!?」
そう言うと、ヴィオラ様はじっと私を見つめて言った。
「もしよろしければ、今から少しお茶でもどうかしら?」
「え、あ、あの」
(ヒロインとお茶!? エリアスの初恋の相手であり次期王妃との!?
それは全力でお断りしたいけれど断れないでしょう……!)
面倒くさい予感しかしないのにどうしよう、逃げ場がない!と焦っていると。
「生憎だが」
「!?」
いつの間にか現れた彼……エリアスに、スルッと手を取られる。
その手の甲に彼は唇を寄せて言った。
「彼女は今俺とデート中なんだ。話ならまた今度にしてくれ」
そう言って手の甲に触れた柔らかな感触にハッとする間もなく、彼にそのまま手を繋がれて店を後にした。
「あら、残念」
一人残されたヴィオラ様のそんな独り言が、私の耳に届くことはなく。
「エリアス、良かったの? ヴィオラ様に対してあんなことを言った上に髪飾りを譲って頂いてしまって」
私は内心戸惑っていた。
だってまさか、ヴィオラ様至上主義なエリアスが私を優先するとは思わなかったから。
そんな私に対し、彼は首を傾げた。
「君はヴィオラと話がしたかったのか?」
「あ、いえ、それは……」
本音など言えるはずもなく言葉を濁せば、彼は吹き出したように笑って口にする。
「そうだろう? 君が困っていたように見えたから咄嗟に言ってしまった。まあ、俺の場合は本心だがな」
「え……」
驚き固まる私に向かって、彼は「それに」と手に持っていた箱を取り出し、その蓋を開けて私に手渡す。
そこには、先程の髪飾りが収められていて。
エリアスはそれを見て口にした。
「君はこれを、本当は欲しかったんだろう?」
「……どうして」
箱を持つ手が動揺から微かに震える。
そんな私に対し、彼はどこか嬉しそうに笑って言った。
「あまり物に執着しない君が、その髪飾りだけは吸い寄せられるように見ていたから。それに」
エリアスは言葉を切ると、私と目を合わせてからふわりと笑って言葉を発した。
「先程も言ったかもしれないが、俺もその品は君によく似合うだろうと思ったから。……それを付けている君を、俺が見たかったんだ」
「……っ」
何で、そういうことをさらりと言ってのけるのだろう。
恥ずかしくなった私は、誤魔化すように咄嗟に口を開く。
「そ、そういうことを軽率に言うと、勘違いされるわよ」
「軽率じゃない」
そう彼に即答され、ドキッと心臓が跳ねる。
さらに彼は、「それに」と言葉を続けた。
「君にしかこんなことは言わない」
「……!?」
その意味を理解出来ず、固まる私をよそに、彼は私の髪を一房手に取ると、じっと私を見つめて言った。
「本当は今見たいところだが、俺では君の髪に綺麗に飾ることは出来ないからな。
今度侍女にこの髪飾りを付けてもらったその時に、俺に一番に見せてくれないだろうか」
そう言った彼の瞳には、彼が氷公爵と呼ばれる所以である冷たい色を一切失くしているどころか、静かな熱を湛えて私を見つめていて。
そんな彼の視線に囚われた私は、その視線から目を離すことが出来ず、ただ黙って頷いたのだった。