第十三話
「ん〜! 久しぶりに沢山お買い物が出来て楽しいわぁ!」
そう言って歩きながら伸びをすれば、彼は苦笑いを浮かべた。
「とは言っても、君は自分の買い物はしていないじゃないか」
「あら、自分用にも貴方と一緒にクレープを買って食べたじゃない」
「それだけじゃないか。後は全部邸の者達のお土産だと言って」
「言われてみればそうねぇ」
そう言って後ろを振り返れば、私達が買った物を持ってくれている護衛達がいる。
(沢山買ってしまった上に全部持たせてしまっているけれど……、大丈夫かしら?)
そんなことを考えている私に対し、彼は尋ねる。
「君は何か、欲しい物はないのか?」
「そうねぇ……、それが特にないのよね。もし甘い物が欲しくなったら少し分けてもらって食べれば良いし、それにこれら全て貴方が買ってくれているのだから何だか申し訳ないわ」
「申し訳ないことではない。これはよく思うことだが、君はもっと我儘になるべきだ」
「……今日リオネルさんのところへ忙しい貴方と伺っただけでも十分、我儘を言っていると思うのだけど」
いきなり知らない物を知らないことのために作って欲しいと無茶振りをした上、エリアスにも時間を割いてついて来てもらっているんだもの、と首を傾げると、彼は首を横に振り言った。
「いや、そんなことは我儘のうちに入らない。それ以上に、俺が何か君に贈りたいんだ」
「私に?」
彼は真剣な表情で頷く。
(そ、そんなに私に贈り物がしたいの?)
それってどんな心理、と思う間もなく、彼は何かを閃いたように言った。
「そういえば、侍女から是非連れて行ってあげてくださいと言われた場所があったな……」
そう独り言のように呟くと、今度は後ろに控えていた護衛達に向かって告げた。
「今荷物を持っている者は、一度馬車に戻ってくれ。
俺達は少し先にある店に寄る」
「「「はっ」」」
彼らは馬車へ向かう者と、私達に付いてくる者達と二手に分かれる。
そして、エリアスはさらに彼らに向かって命じた。
「後、少し距離を取って歩いてくれ」
「え、なぜ?」
私が思わず尋ねると、彼は「そういう気分だ」とふいっと顔を逸らし、私の手を握ると歩き出した。
(き、気分って何?)
よく分からないけれど、とりあえずついて行きましょうと彼の隣を歩く。
少しして、彼に案内された店は、宝石が施されている可愛らしい小物を売っているお店だった。
お洒落で高級そうな店構えを見て、私は思わず彼に尋ねる。
「ね、ねえ、何だか高そうなお店なのだけど」
「大丈夫だ。安物のうちに入る」
「そんなバカな……」
明らかに今まで見ていたお店と違う! と思いつつ、そんな私を引きずるように店に入る彼に、恐る恐るついていく。
静かなその店内は、確かにキラキラとした物で溢れていて。
「……綺麗」
思わず呟くと、彼は笑って言った。
「何か気にいる物があれば遠慮せず買うと良い」
「……き、気にいるも何も……」
怖気付いた私は、せめて値段で決めよう、この調子だと一つは買わないとエリアスが帰してくれそうにないと思い、慌てて目を凝らして値札を探したのだけど、ところがびっくり、どれにも値札が書かれていない。
「エリアス、値段が書いていないのだけれど」
「値段など気にせず、自分の目で見て決めると良い」
「ひぇ……」
小説中のアリスだったら、こういう時は絶対高そうな物を選んだのだろう。
だけど私に、そんなことは出来ない。
何せ前世OL時代、化粧は特にこだわりもなくいつも決まったプチプラで済ませていたし、アクセサリーなどつけたことはなかった。
この世界に来て何となく与えられた物を着るだけだった私が、自分からいきなり高そうなお店に来て選べと言われてもハードルが高すぎる。
(私の目には、どれも高そうに見えるし……)
仕方がない、彼の言う通りデザインで決めよう。
そんな思いで、死んだ目をして探し出したのが彼にバレてしまったようで、エリアスは私の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「何だ、気にいるデザインがないか?」
「い、いえ、そんなことはないわ! ただ恐れ多くて……」
そんな私の回答に、彼は笑って言う。
「今更何を言っているんだ。侯爵が君に与えていた物とそう大差はないと思うぞ」
「……そ、そうよね」
それを聞いて冷や汗が流れる。
(やはり、アリスが与えられていた物は全て一級品だったんだわ……。
それなのに、いらないとか捨てるなど殆ど価値が分からず言っていた私は、もはや恥知らずなのでは)
そ、それは贈ってくる相手(お父様)が悪いのよね、とそう結論づけ、とりあえずもう一度商品に視線を落とす。
「でも本当にどれも綺麗だわ」
アクアマリン、トパーズ、ルビー……、前世の知識で分かる石から見たこともない石まであり、そのどれもが金や銀で加工されたアクセサリーに埋め込まれている。
髪飾りにピアス、ネックレスにブレスレットなど、お揃いの物まであるけれど、どれも綺麗だけど高そうだわ、で終わる品々ばかりで。
「ここには君が気に入った物はありそうにないか?」
「えっ?」
突然話しかけられ驚いて顔を上げれば、エリアスが続けて言う。
「もしなければ、他の品を持って来させるが」
その言葉に、私は慌てて首を横に振って返す。
「い、良いの良いの! 違くて、何だか気後れしてしまって」
「気後れ?」
「私には似合わないかなーって」
あはは、と誤魔化し半分で笑ったつもりが、エリアスが食い気味に口にした。
「そんなことはない!」
「!?」
そう言った彼の声が大きく、驚き目を見開けば、彼はハッとしたように口元を抑えて俯いた。
その耳が赤く染まっていることに気付き、不覚にも私までその熱が伝染ったように顔が火照るのが分かって。
(そ、そこまで全力で否定してくれなくても)
きっと彼なりの励ましの言葉なんだろう。
……本人は完全に反射的に口にしていたようだったけれど。
(あぁもう! 早く目欲しい物を見つけて帰りましょう!)
でないと、このままこの場にいては、なぜだか心臓に悪い気がして。
そんなあやふやな感情を抱えたまま、ふと視線の先に映った一つの品に目が止まる。
(……あ)
それはまるで、光を纏った妖精達が花畑で戯れている様子を表現したような、そんな色合いをしている髪飾りだった。
吸い寄せられるようにその品物に手を伸ばした、その時。
トンッと、同じく伸ばされた手に誰かの手が触れる。
「ご、ごめんなさい!」
思わず謝罪の言葉を口にした瞬間、透き通るような声が私の耳に届いた。
「……アリス様?」
「え?」
その聞き馴染みのある声に顔をあげるけれど、首を傾げてしまう。
(どちら様……?)
そう思った矢先、後ろにいたエリアスが口を開く。
「ヴィオラ嬢。どうしてここに」
「……ヴィオラ様!?」
「しーっ」
私の大声に慌てたように艶の良い唇に人差し指を当て、こちらを困ったように見つめて微笑みを浮かべていたのは、紛れもない、この国の王太子の婚約者であり小説のヒロインである、いつもとは違う茶の髪をしたヴィオラ様の姿だった。
「ど、どうしてこちらへ? でん……、婚約者様は?」
私がそう口にすると、彼女は肩を竦めて笑った。
「お忍びで一人で訪れているの。見逃してちょうだい。あ、護衛は側にいるから安心して」
「……!」
そう茶目っ気たっぷりに言う彼女を見て、私は不意に小説の設定を思い出す。
(そういえばそうだったわ。ヒロインであるヴィオラは大人っぽく優等生タイプだけれど、たまにヒーローである王太子でも手を焼くほどのお転婆や無茶を発揮するという設定があったっけ)
まさにヒロインらしい、完璧なところと少し抜けているところを併せ持つ彼女がヴィオラ・ノルディーンというキャラクターだった。
そんな彼女に対し、エリアスは呆れたように息を吐いて言う。
「見逃してと言われても……、後でエドに何を言われるか」
「そこを何とかしてくれるのが幼馴染でしょう?」
そんな幼馴染同士の会話を聞き、告白して玉砕した後でも本当に仲が良いのね、なんて半分失礼なことを考えてしまっていると、エリアスが慌てたように私に言った。
「君を退屈な話に巻き込んでしまってすまない」
「いえ。それで、ヴィオラ様はどうしてこちらに?」
そんな問いに、彼女は肩を竦めて言った。
「少し気分転換に、自分で足を運んで何か買い物でもしようと思ったの。そうしたら、素敵な髪飾りを見つけて」
そう言いながら向けた視線の先には、私が目に留めた物と同じデザインの髪飾りがあって。
(あぁ、同じものに手を伸ばしたから、当たってしまったのね)
なるほど、と頷くと、ヴィオラ様は笑って言った。
「でも、アリス様もこちらの髪飾りに手を伸ばされていたでしょう?」
「え?」
「素敵ですものね。きっと一点ものでしょうから、アリス様のお髪によく映えますわ」
「!」
そんなヴィオラ様の口ぶりで、彼女が私にこの髪飾りを譲ろうとしていることに気付いた私は、慌てて首を横に振った。
「い、いえいえ大丈夫ですわ! 少し興味があって、手を伸ばしただけですから!
ヴィオラ様がお気に召した物なのですから、是非ヴィオラ様が」
私はこの場を全力で収めにかかる。
それはなぜか。
(前世と同じ思いをしたくないからよ!)
もし小説中のアリスであれば、ヴィオラとこのような場面に遭遇した時、真っ先に自分の物だと言い張るだろうけれど、私は別。
(面倒なことになるくらいだったら、自分が引くのが一番!)
確かに綺麗で私にしては珍しく目に留まった品だけれど、何もヒロインと争ってまで……、それこそ、悪女のような振る舞いをして奪うほどの執着はない。
エリアスがいるなら尚更、この場はできるだけ穏便に収めたい!という私の気持ちなどつゆ知らず、ヴィオラ様はあらあらと上品に微笑んで言う。
「アリス様はお優しいのね。そう自分を落としてまで私に譲ろうとしてくださるなんて」
「いえいえそんな、ヴィオラ様こそ、私などのために自然と髪飾りを譲ってくださろうとするから」
私も負けじと上品に笑い、そう返す。
ここまできたら、譲り合いという名の意地の張り合いだ。
さあこの場をどう切り抜けようかと、考えあぐねていたその時。
「俺から口を出させてもらっても良いだろうか」
そう言って私達の間に割って入ったのは、他でもないエリアスだった。