第十二話
部屋へ入ると、机の上に一枚の紙が置かれていた。その紙は裏返しになっている。
リオネルさんは少し緊張した面持ちで息を吐いてから、言葉を発した。
「先程拝見した図案を元に作成しましたが、完成形を知らないため、発明する際も試行錯誤にはなってしまうでしょう。それでも」
言葉を切り、こちらを見た彼の瞳には、先程までとは打って変わった強い意志が感じられ、その眼差しは、一人の職人の目そのものだった。
そんな目を宿した彼は、はっきりと口にした。
「どんなに大変でも、貴女が納得する一品を作り上げるまで、決して妥協はしないことをお約束します。
だからもし、不備があった場合は遠慮なく言ってください。
……よろしいでしょうか?」
最後だけ、恐る恐ると言ったふうに尋ねる彼に向かって、答えることはただ一つ。
私は微笑み、言葉を返した。
「もちろん」
「!」
(一緒に私の依頼品である“剣山”……彼らでは見たこともないようなものを作ってくれるというのよ? 断る理由がどこにあるというの)
大好きないけばなを続けるために。
私としても、土下座してでも頼みたいほどの品なのだから。
「見せていただいても?」
尋ねた私に対し、彼は慎重に頷く。
私はその紙をそっと裏返すと……、驚き目を瞠った。
「「わ……」」
それは隣にいるエリアスも同じだったらしく、二人で感嘆の声を漏らす。
そこに描かれていたのは、剣山を詳しく解析した図……上下左右から見た図や針、様々な土台の形まで仔細に描かれていた。
「いかが、ですか?」
沈黙してしまっていた私達に対し、リオネルさんが様子を窺うように尋ねてくる。
それに対し、私は出てきた感想をそのままに告げた。
「……素晴らしいわ」
「え?」
そう溢すと、その後は前のめりになって口にした。
「これよ! 私、これが欲しかったの!」
「驚いた。まさか、あんなに簡易な図一つでこれほどまで緻密に描けるとは……、君は天才だったんだな」
「本当にそうね! 凄い才能だわ!」
手を叩き喜ぶ私と、感心したように口にするエリアスに対し、彼はポカンと口を開けていた……かと思うと、頭を振り、再度尋ねられる。
「ほ、本当ですか? 何か不備はないですか?
僕、見たことのない品を描くのは初めてで、しかも短時間だったものであまり詳細は描けていなくて」
「これで詳細でないことが驚きだけれど、これでも完璧ですわ! 私が求めていたものそのものですもの!」
前世でいけばなをする際は当たり前のように使っていた物だけれど、こちらの世界にはない。
いけばな自体を知らない世界で生きているリオネルさんにとって、全く未知のものだったはずなのに、きちんと丹精込めて描いてくれているのが手にとるように分かって。
「……嬉しいわ」
「え?」
自然と溢れ出る笑みをそのままに、私は彼に向かって言葉を紡ぐ。
「私、すっごく楽しみ!」
「……!!」
刹那、持っていた手元の紙が眩いばかりに光り輝く。
「「「!!」」」
思わず三人で息を呑み、その眩しさに目を閉じる。
そして、ゆっくりと目を開けたその先にいたのは。
「……妖精さん?」
私の呟きに対し、向かいにいたリオネルさんが信じられない、と言ったふうに口元を押さえる。
そんな彼の反応を見て、もしかして、と目を見開く私の視線の先まで飛んでくると、妖精は口を開いた。
「……お初に、お目にかかる。私は、発明の妖精。以後、お見知り置きを」
そう名乗った発明の妖精は、彼と同じ紫の髪を七三に分け、洋服は白衣らしきものを着ている。
口下手なのだろうか重苦しい口調だけれど、きちんと自己紹介してくれる発明の妖精に向かって、私は微笑み口を開く。
「初めまして。自己紹介をして下さってありがとう。
私の名前はアリス。隣にいるのが私の夫でロディン公爵家のエリアス・ロディンよ」
隣にいる彼のことも紹介すると、発明の妖精は頷き口を開いた。
「お二方のことは、よく存じ上げている。花の妖精の愛し子と、氷属性と風の妖精から祝福を受けていらっしゃる数奇な方」
「「愛し子?」」
エリアスの数奇な方はともかく、私を表したのであろう“愛し子”という表現に、私とエリアスは揃って首を傾げる。
それに対し、発明の妖精もまた首を傾げて言った。
「花の妖精が、いたく貴女のことを気に入っていたが……、それは直接、本人達から聞いて頂きたい。
それはともかくありがとうございます、私の主を、救ってくれて」
「私は何も。むしろ少し説教じみてしまったと反省しているわ」
そう素直に肩を竦めて言うと、彼は首を横に振った後ほんの少し笑って言う。
「……なるほど、これが花の妖精に愛された方。何となく、腑に落ちた」
「?」
首を傾げる私をよそに、妖精は次に後ろを振り返る。
そこには、静かに涙を流すリオネルさんの姿があって。
そんなリオネルさんに向かって、妖精は頭を下げる。
「……リオネル、助けることができなくて、申し訳ない」
その言葉に、リオネルさんは首を何度も横に振り、涙を流したまま言葉にする。
「違う、違うよ、僕のせいだ。君は、好きな物を描けば良い、周りは気にするなとそう言ってくれたのに……、僕はその言葉を、最後は裏切ったんだ」
「違う、裏切ったのではない。リオネルが深く傷付いていたことは、私が一番、理解しているつもりだ。それを、私は救えなかった。
ただ見守ることしか、できなかった」
「……っ」
リオネルさんは何度も首を横に振る。
発明の妖精は、それを静かに見つめてから、「だが」と口を開いた。
「ここにいる花の妖精の愛し子が、貴方を救ってくれた。だから今、こうしてまた、貴方に会うことが出来た」
そう言うと、妖精は再度こちらに向き直り、頭を下げた。
「ありがとう。またもう一度、リオネルの発明に対する想いを、思い出させて頂いて。
貴女がいなかったら、私は二度と、彼に会うことは出来なかったでしょう」
「!」
リオネルさんはその言葉に目を見開き、私を見る。
私は慌てて首を横に振った。
「本当、そんなに大したことはしておりませんわよ!? というかむしろ、何様だという発言をした私を怒るべきではなくて??」
「怒ることなど出来ません。むしろ、どこにあるというのです。
貴女がきて下さったことに、心から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました」
そして、そんな妖精の言葉に続き、リオネルさんも鼻を啜ってから言った。
「僕からも言わせてください。僕をどん底から救って下さったのは、間違いなく貴女……アリス様です。アリス様のお言葉で、僕はようやくあの日の呪縛から解放された気がします。
発明と向き合い、妖精ともう一度出会えたこと。このご恩は一生忘れません!
本当にありがとうございます……!」
「え、えぇ?」
そう言って深々と頭を下げる彼らに対し、私は困ってエリアスを見やる。
そんな彼もまた、私に暖かな眼差しを向けて口にする。
「彼らの気持ちを受け止めてあげると良い。君はそれだけのことを、彼らのために成したのだから」
「エ、エリアスまで」
私の言葉に、どこからともなく飛んできた光が目の前で弾け、言わずもがな花の妖精が現れて口々に言葉を発した。
「わーい! ぶじにさいかいできたー!」
「アリス、すごーい! さすがアリス〜」
「めでたーい!」
「も、もう! そんなに大袈裟なことじゃないから、揶揄わないで!」
説教したはずなのに、何でこんなに感謝されるの……! と無駄に熱くなってしまった頬を押さえていると、リオネルさんが静かに口を開いた。
「大袈裟なことじゃない、と言えるのが貴女の利点だね。
……だから、花の妖精に愛されるのだろうけれど、僕にとっても、きっと彼にとっても、貴女は間違いなく恩人だ。
ありがとう、アリス様」
そう言って彼は、心からの笑みを浮かべたのだった。
「ほ、本当に良かったのかしら? 剣山のお代も払わずに作成してくれる上、ランプももう少し計画を練ったら私に是非プレゼントしたい、だなんて」
リオネルさんと別れ、道を歩きながらエリアスに向かってそう尋ねると、彼は頷いて言った。
「あぁ。彼らにとって君の行いがそれだけ尊いということだ。この場合は、ありがたく受け取っておくと良い」
「……エリアスがそう言うなら、そうするわ」
後でやっぱり返してほしいと言われたら私は返せるかしら、と本気で考えている私に、エリアスは呟くように言った。
「本当、君は改めて凄いな」
「え?」
その言葉に考えることをやめ、彼の顔を見上げる。
そんな彼は、困ったような笑みを浮かべて言った。
「君の魅力に周りが気付いていくのも、時間の問題だな」
「魅力??」
「あぁ。君は的確に物事を口にして、解決へと導いていく。そんな君に皆、救われているんだ」
「……解決へと導くというよりは、我が道を行っているだけだと思いますが」
首を傾げた私に対し、彼はふはっと吹き出したように笑う。
「困ったな。君は頭が良いと思っていたが、ここまで無自覚だとは思ってもみなかった。
……これはなかなか手強いな」
「はい?」
最後の言葉が上手く聞き取れず、そして何を言っているのか大半が分かっていない私に対し、彼は再度笑って言った。
「こちらの話だ。俺が頑張れば良いことだと、今ではそう思っている」
「貴方が頑張る……」
「ま、この話はまた今度するとして」
「!」
そう言った彼の大きな手に、次の瞬間私の手が絡め取られていた。
それに驚き目を見開く私に対し、彼は楽しそうに笑うと口を開く。
「次は君が悔やんでいた土産物屋を見に行く番だな。侍従達に何を買って行こうか。
その前に、君は何を見てまわりたい?」
「……っ、あ、貴方のおすすめは?」
「そうだな……」
その先の言葉を私から促したというのに、何一つ頭に入ってこなかった。
どうしてか、どうしても、繋がれた右の手に意識が集中してしまうからだ。
何度も手なんて繋いだことがあるはずなのに、なぜ今更と思うけれど、これはきっといきなり繋がれたからだとそう結論付け、とりあえず右手から意識を逸らそうと、必死に賑わう街並みに目を向けたのだった。




