第十一話
「甘いですわね」
そう一言発した言葉に対し、隣にいたエリアスが焦ったように口にする。
「お、おい、何を」
「だってそうは思いません? 高々一人に“気持ち悪い”などとそんなことを言われたくらいで、可愛い物を発明することをやめるだなんて。
貴方、本当に発明することがお好きなのかしら?」
「す、好きですよ!!」
私の言葉に、リオネルさんは怒ったように立ち上がり口にする。
そんな彼を見て、私は足と腕を組むと鼻で笑って言った。
「口では何とでも言えますわ。現に好きだとか言いながら、“可愛い物を作るのはやめている”と仰っているんですもの。矛盾していません?」
「……っ」
そんな私の言葉に、リオネルさんは悔しそうに拳を握り、唇を噛む。
私は息を吐くと、口を開いた。
「私が妖精でも、くよくよしている貴方に力を与えようだなんて到底思いませんわ。
だって、可愛い物を発明したいという気持ちから目を背けるということは、本来自分が好きなはずの発明そのものを否定し、投げ出しているのと同義だと思いますもの」
「!」
リオネルさんは驚いたように目を見開く。
そんな彼の瞳を見上げ、言葉を続けた。
「貴方が誰かに命じられただけで発明をするなんて、そんな楽しくもないことのために力を貸す妖精の身にもなってください。
貴方の気持ちがそこになかったら、頭の良い妖精達には伝わってしまう。そして妖精達だって、そんな貴方に力を貸すだなんて面倒なこと、したくありませんでしょう」
そう口にした瞬間。
私の目の前に現れた光がポンポンと弾け、三人ほどの花の妖精が現れる。
「!?」
それに驚いた様子のリオネルさんに向かって、花の妖精達は口々に声を上げる。
「そうだよ〜」
「ぼくも、アリスをえがおにさせたくてちからをつかってるもの〜」
「アリスがのぞまないことに、まほうはつかわないよ〜」
「……!」
そんな言葉をかけられた彼は、大きい瞳をさらに大きく見開いた。
そして、花の妖精は説得を試みるように続ける。
「はつめいのようせい、あるじのきもちぜんぶしってるって」
「あるじにちからをつかいたいけど、しあわせになれないならつかわないって」
「どうしたらいいのか、まよってる〜」
「……っ」
見開かれた彼の紫の瞳から、涙が溢れ落ちる。
そんな彼に向かって、私も言葉をかけた。
「“気持ち悪い”? そんなことを言う人を友とは呼びません。縁を切って正解です。
そんなゴミみたいな言葉を吐く人間なんてゴミクズ以下と思い、ゴミ箱という名の記憶の彼方に捨てておしまいなさい」
「言い方……」
横からの呟きは無視し、私は無言で立ち上がると、先程彼が私から取り上げ、机上にあったランプの図案を持ち上げる。
「な、何を……」
リオネルさんの慌てたような言葉に、私は紙に視線を落としてはっきりと口にする。
「私は好きですよ、この発明品」
「……!」
息を呑んだ彼の方には目を向けず、私はその図案をなぞり言った。
「男性が可愛らしい物が好きで、可愛らしい物を作って何が悪いのです。こんなに素敵な物を世に出さない方が余程損失があると、そうは思いません?
私は、貴方がお姉様方のために発明をしたいという気持ちは、本物だと思うのです」
そう言って、私はその図案を彼の目の前に差し出す。
驚いた様子の彼に向かって、私は口にした。
「この図案をご覧になってください。私の目には、ランプの図が微かに光り輝いて見えますけれど、貴方にはその光が本当に見えませんか?」
そう尋ねた私に対し、彼は恐る恐ると言ったふうにその図を見つめる。
すると。
「……見える」
そう目を見開き呟いた彼に、私は微笑みを浮かべて言った。
「貴方は、可愛い物をデザインすることを絶ったと仰っていたけれど、それは嘘でしょう?
だってこの紙は、まだ破れや折れ一つなく新しい。
それこそが貴方が“可愛い物をデザインすること”に対して諦めきれなかった証拠、なのではないですか」
「……っ」
今度こそ、紙を握る彼の瞳から、ポタポタと涙が溢れ落ちる。
そして、泣きじゃくりながら彼は言った。
「そうなんです、アリス様の、言う通りです。
僕は好きな物を否定しようとして、出来なかった。その迷いが妖精にも伝わってしまったのだと、そう思います。
……今まで忘れていましたが、幼い頃、僕は妖精と約束したのです。
人のためになる物、そして僕が好きな物を作るって」
彼はそう言うと、私と目を合わせて心からの笑みを浮かべて言う。
「ありがとうございます、僕の目を覚ましてくれて」
「お礼を言うのはまだ早いでしょう? 妖精はまだ見えておりませんのよ?」
その言葉に、彼は首を横に振って言った。
「いや、今なら描ける気がします。僕の描きたいもの。……貴女のために」
「……!」
そう口にした彼はゴシ、と乱暴に目元を袖で拭うと、気合いを入れるようにはっきりと告げた。
「もう少しだけ、僕に時間をください。すぐに描きあげますので。エリアス様も、よろしいですか?」
その言葉に、考え事をしていたのか彼は返事を一拍遅らせて返す。
「あ、あぁ」
その言葉に、「ありがとうございます」と深く頭を下げ、机に向かった彼の瞳にはもう、迷いの色はなかったのだった。
集中している彼の妨げになってはいけないと、エリアスと一緒に外に出た私は口を開いた。
「とりあえず、リオネルさんが何か吹っ切れたようで良かったわね」
そう口にしたのに対し、返事が帰って来ない。
不思議に思った私は、彼の方を振り返り名を呼ぶ。
「エリアス様?」
それに対し、彼はポツリと呟いた。
「……あぁ、君は本当に凄い」
「え……、!?」
刹那、彼の腕の中にいた。
驚いた私は反射的に身をよじろうとするが、彼は更に私の背中に回した腕を強め、離そうとはしてくれない。
「エリアス!?」
「!」
私に名前を呼ばれたことで我に帰った彼の手が、パッと私の背中から外される。
そして、彼は申し訳なさそうに言った。
「……ごめん」
「い、いえ……、急にどうしたの?」
何かあったのかと戸惑う私に、彼は少しの間の後答えた。
「……上手く言えないが、君が、遠い存在に感じられて」
「は?」
「今日だけでなくたまにそういうことがあって、驚いて。
それで……」
「抱きしめたと?」
私の言葉に、彼は俯いたまま頷く。
私はそんな様子のおかしい彼に対し、首を傾げて言った。
「それが抱きしめることと一体何の関係があるのかは分からないけれど」
「うっ」
彼は言葉を喉に詰まらせる。
そんな挙動不審気味な彼に対し、今度は私から手を伸ばす。
「……え」
伸ばした手を、私は背伸びをして彼の頭に乗せてそっと撫でて言った。
「お疲れさま」
「……!」
そんな私の言葉に、彼は大きく瞳を見開く。
私はその手を取り、彼の顔を見上げて微笑んだ。
「きっと疲れているのでしょう。考えがまとまらないのも、疲れて誰かに寄りかかりたくなる気持ちも、私には分かるから」
前世で仕事をし、過労していた私にはその気持ちが分かる。
疲れて考えすぎてしまうことも、逆に何も考えずに誰かに支えてほしくなる気持ちも。
(公爵であるエリアスにかかる負担なんて、前世の私の苦労と比べ物にならないだろうけど)
私は笑みを浮かべると、彼に向かって言った。
「もし疲れているとしたら、遠慮せず何でも言って?
出来る限り、私も(契約)妻として支えてあげられるようになるから」
「……!」
そう言って彼に再度笑いかけたその時。
ギィッという扉が開く音がして、ハッとした私はその方向に目を向ける。
すると、そこには真剣な表情を浮かべたリオネルさんがいて。
「出来ました。見ていただけますか」
リオネルさんの言葉に、私は彼の家の中へと足を踏み出したのだった。