第十話
リオネル。
そう名前を口にした彼は、本当に小説では挿絵すらないモブキャラなのかと思ってしまうほど、中性的で可愛らしい顔をしていた。
そんなことを考えてしまってから、私も慌てて言葉を返す。
「は、初めまして。私が今日依頼に伺ったアリス・ロディンと申します。
こちらこそ、よろしくお願いいたします」
そう言って淑女の礼をすれば、私を見て言った。
「貴女がエリアス様のお嫁さん……」
「は、はい」
美少年にまじまじと見つめられドギマギとしてしまっていると。
「おい」
「!?」
私とリオネルさんとの間に割り込む形で入ってきたエリアスは、私を背中に庇うと言った。
「お前が来いと言うから来たというのに、この部屋のザマはなんだ。
しかも不躾にも俺の妻をジロジロと見るなんて」
「あ、す、すみません!
あのエリアス様の心をここまで射止められた女性というのが不思議で……、確かに、可愛らしいお方なんですね。まるでお花みたい」
「あ?」
私の外見をお世辞でも誉めてくれたリオネルさんの言葉に、その場の空気が更に冷たくなった気がした私は慌てて口にした。
「エ、エリアス、リオネルさんはお世辞で誉めてくれているだけだから」
「何だと?」
「お、お世辞ではないです!」
「は?」
「もう!」
私とリオネルさんの言葉にいちいち反応する彼の手を引き、私の方を向かせると口を開いた。
「エリアス! ウザ絡みをしないで」
「う、うざがらみ?」
「あぁ、もう! はっきり言ってウザいってこと!」
「う、ウザい……」
その言葉にショックを受けて固まっている彼をよそに、私はリオネルさんに向かって声をかける。
「リオネルさんごめんなさい、エリアスがうるさくて」
「! ……あははっ」
私の言葉に、リオネルさんは耐えかねたようにお腹を抱えて笑い出す。
「僕、エリアス様のそんなお姿を見たのは初めてで驚きました。今日お会いして、エリアス様はアリス様に対して弱いということが分かったのと、エリアス様の本性をやっと見られたなという感じがします」
「本性?」
私がその言葉に首を傾げると、エリアスが声音を低くして口にする。
「……リオネル。それ以上余計なことを言う口は凍らせるぞ」
「ぶ、武力行使しないでください!」
リオネルさんに対し、彼はふんっと鼻を鳴らすと言う。
「とりあえず早く片付けるぞ。床に散らばってる物も全部まとめて一箇所にまとめておく」
そう言うや否や、彼の周りから爽やかな風が吹く。
その風は絶妙なコントロールで床に散らばっている紙を巻き上げていき……、数秒で机にきちんと整理されていた。
「「凄い……」」
私とリオネルさんが思わず感嘆の声を漏らすと、エリアスはコホンと咳払いした後言った。
「とりあえず座れる場所は確保した。さっさと本題に入るぞ」
そう急かし、彼は先に椅子に座る。
私も隣の椅子に座ると、リオネルさんは私の向かいの席に座った。
そして、エリアスは懐から一枚の紙を取り出すと、リオネルさんの机の前に置いた。
「これが依頼したい“剣山”というものだ」
その紙に描かれている剣山の図をリオネルさんに見せると、彼は首を傾げた。
「これは……、見たことがないですね」
「お花を生ける……支えるために使う物なのです」
「お花を」
私が返した言葉を反芻し、リオネルさんはその図案をじっと見つめると、質問を重ねる。
「具体的には、どんな用途で使うのですか?」
「お花を水盤に飾る時に使います。お皿の上に置いて、その剣山の上にお花を刺したり間に上手く立てたりという感じで……」
実物がないため、身振り手振りを使って説明すると、彼はふむ、と頷き言った。
「なるほど、使用用途は分かりました。
完成系の図からすると、数十本単位の針は鋭く尖った形、下の土台の形には円形や四角など、大小様々である……」
「お願いできますか?」
私は祈るような気持ちでリオネルさんの言葉を待つ。
すると彼は、呟くように言った。
「分かりません」
「え……」
思わず言葉を失う私に対し、エリアスは眉間に皺を寄せる。
「どういうことだ」
「正直、作れる自信はありません。
……お二人にだけお話をさせて頂くことですが、僕の発明の祝福の力は、自在に操ることが出来ないのです」
「「!」」
自在に操ることが出来ない。
それに対し、エリアスは口にした。
「学園時代にそんな話は聞いたことがなかったが。むしろ、発明というと瞳をキラキラとさせて俺の周りをうろついていたじゃないか」
「正確に言えば、エリアス様がまだ在学中のあの時は自在に使えていました。
……ただ、ある日を境に一切魔法が使えなくなり、妖精が僕の前に姿を現すこともなくなってしまった」
そう言って彼は、視線を外し違う方向を見る。
その視線の先には、先程エリアスが風魔法を使って積み上げた、彼が描いたと思われる発明品の数々の絵があって。
「僕は、幼い頃から人のためになりたい、特に魔法を使えない僕達を含めた平民のために魔道具を作りたいという思いで、妖精の祝福の力を得て勉強していました。
……ですがある日、分からなくなったのです」
「分からなくなった?」
私の言葉に彼は頷き、自分の手元に視線を落とす。
「僕は既存の品を見よう見まねで作ることが得意でした。
でも、いつしか自分でもデザインが出来るようになりたいと、デザインの勉強もしたりして。対魔物用の魔道具を作った頃が、今思えば最盛期でした。
……ですが、エリアス様方が卒業した次の年、卒業試験の際に提出するデザイン案を友人に見せたら言われたのです」
そこで言葉を切ると、彼はポツリと呟いた。
「“そんな女みたいなデザインを男が作るだなんて気持ち悪い”って」
「! 何てこと……」
私が眉を顰めると、彼は無理矢理笑って言った。
「僕も最初は頭にきて、その友人とも縁を切りましたが、その後冷静に考えて見たらそうだなあって。
デザイン画をよく見たら、僕が描いた物はほぼ全て可愛らしいデザインのものばかりで」
「……先程のお花のランプのように?」
思い当たってそう尋ねると、彼は今にも泣き出しそうな表情を浮かべて頷いた。
「僕は元々大勢いる姉達の中で生まれた、唯一の男児なのです。
だから、幼い頃からお古などの可愛い物に囲まれているのが当たり前で。
僕はそんな姉達のために可愛い物を作りたいと、多分無意識に思っていたのでしょう。
……僕自身も、可愛らしい物が好きなことを、否定は出来なくて」
そんな悲痛な彼の言葉に、私とエリアスは息を呑む。
リオネルさんはハッとしたような顔をすると、慌てて言った。
「ぼ、僕の趣味が悪いんですよ! 男なのに可愛い物が好きだとか言ってるから、皆に変わってるねって言われるし……。
そんな考えを改めようって、卒業試験の品は何とかデザインを変えて出来ましたが、卒業後可愛いものを封印したその日から、いつも友達のようにいた妖精も姿を現さなくなったんです」
「その日から?」
「えぇ。もう何年も、今までずっと。
……どんなに描いても、もう僕の目には祝福の光が見えません。
もしかしたらもう、僕には祝福の力がないのかも……」
そう言って長いまつ毛を伏せた彼の目には、涙が溜まっているのが見えて。
私はそんなリオネルさんに向かって一言、言葉を発した。
「甘いですわね」
いつもお読みいただきありがとうございます。
〈リオネル〉を登場人物設定〜エリアス学園時代の友人〜に追記させていただきました!