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第九話

「アリス」


 そう名を呼ばれ、先に馬車を降りたエリアスに手を差し伸べられた私はその手を取ると、吹き飛ばされそうになった帽子を押さえながら口を開いた。


「わぁ、今日も良い天気ね!」


 そう感嘆の声を上げながら、眼下に広がる城下とその向こうに見える海を見渡した。


 こうして二度目の城下に来ることになったのには、またある目的があったから。

 その目的とは、言わずもがな私が依頼した剣山を作ってもらうために、彼の学園時代の後輩だという方に会いに行くためである。


「嬉しそうだな」

「もちろん! だって成功したらもっと沢山お花を生けられるのよ? 私の夢であり生き甲斐だわ!」


 そう言って止まらない笑みを浮かべると、彼はポツリと何かを呟いた。


「……一応デートなんだが、眼中にないな」

「何か言った?」

「いや、何でも」


 そういうと、彼は私の手を取りそのまま歩き出した。


「!?」

「はぐれたら大変だろう?」

「……もう、子供扱いしないでってば」

「ははは」


 彼はそう笑い、視線を前に向ける。その横顔を見て、私は思う。


(最近、私の前でよく笑顔を見せてくれるようになった。侍従達に聞いたら、“それは奥様の前だけですよ”と言われるけれど……、そんなことがあるのかしら?)


 小説中では見たことがないほど、彼が心から飾らない、屈託のない笑みを浮かべている。

 時には、お腹を抱えて笑っていることも。


(……まあ、無口で無愛想、いつもムスッとされるよりは断然、こちらの方が年相応な感じがして良いのではないかしら)


 と、そんな親目線で彼を見ていると、エリアスが言いにくそうに口を開いた。


「……アリス、何か言いたいことでもあるのか?」

「いえ? 特にないけれど」

「なら、もう少し街中に目を向けてくれないか。

 そこまで凝視されることには慣れていないからな」

「あら」


 よく見ると、彼の耳が赤くなっており、照れているのが分かる。

 思わず笑みを溢すと、彼はそれに気付きちょっと怒っているが、その顔もどこか赤い。

 これ以上揶揄うのは可哀想だと、彼の言う通り街に視線を移す。


「本当に、物語の中の世界みたい……」


 実際に物語の世界なのだけれど、その世界がこうして目の前に広がっているというのは、何とも新鮮で心が躍る。


(こういうのが、“聖地巡礼”というのよね)


 小説では、ヴィオラとエドワールがお忍びで城下を訪れる、というシーンがあった。

 その時に出てきた城下というものを想像していたけれど。


「想像していたよりも素敵ね。石畳も新鮮だし、お家も色とりどりで可愛い」

「そうか、君は城下はまだ二回目だったか」

「はい」


 私が頷くと、彼はよし、と口を開いて言った。


「約束の時間までまだ時間があるから、少し店を周ってみるか。どこへ行きたい?」

「んーと……」


 その言葉に私が迷ってしまったことに気が付いたらしい。

 彼は笑って言った。


「そうだな。君の一番の目的は剣山を作ることなのだから、そちらが優先だな」

「!」


 彼の言う通り、今の私は剣山を作って頂くことで頭がいっぱいだった。

 考えていることを的確に当てられ、思わず口にする。


「凄い、どうして分かったの?」


 その言葉に、エリアスは心からの笑みを浮かべて言った。


「君のことなら何でも」

「!?」

「……分かるわけではもちろんない」

「びっくりした」


 思ったことをそのまま口にすると、彼は「まあ」と言ってから言葉を続けた。


「いずれはそうなれるように、努力しているんだが」

「え……」

「ではまずは、彼の元へ行こう。その後でも十分時間はあるからな」


 そう言って彼は、戸惑う私の手を引いたのだった。





 その彼の工房というのは、プチット・フェに程近い、小さくて可愛らしい家だった。


「彼は平民の出でな。田舎育ちらしいが、城下でないと材料が揃わないからと一人暮らしをしているんだ」

「そうなのね」

「ちなみに俺も来るのは初めてだ」

「そう」

「前にも言った通り奇特なやつだから、君は何があっても驚かないように心の準備をしておいた方が良い」

「そ、そんな大袈裟な」


 そう口にしつつも、エリアスが言うくらいだから相当変わっているのかな、と首を傾げつつ、彼がドアノブを回した、その時。


「「!?」」


 扉が開いた瞬間、ブワッと埃が舞った。

 彼が慌てたように扉を閉め、私も思わず後ろに飛び退く。

 そして二人で顔を見合わせた。


「……ここで、合っているのよね?」

「間違いはない、はずだ」


 そう言いつつも、驚くなと言った彼の顔は驚愕の色に染まり、ドアノブに手をかけたままその手を動かそうとはしない。


(これは……)


 嫌な予感に一旦帰ろうかと思ったその時。

 彼が手にしていたドアノブが勢いよく回される。


「!?」


 彼もまた驚き私の横まで後ずされば、その間に扉が軋んだ音を立てながら開く。

 そして……、元の色が分からないほどのボサボサの髪に、煤けた顔をした男性の姿があった。


「あ、いらっしゃい……」

「ひっ!?」


 思わず悲鳴を上げかけた私を見たエリアスは、肩を震わせると怒鳴った。


「それが客人を迎える態度か! 顔を洗って出直してこい!!」

「し、失礼しましたっ!」


 エリアスの剣幕に驚いたのか、そう言って一瞬で扉が閉まる。

 そして、エリアスは私に向かって一言口にした。


「今のは、見なかったことにしておこう」

「……それは、大分無理があるけれど」


 そう恐る恐る口にした私に対し、彼はこめかみを抑えながら、もう一度ドアノブを回す。

 そして、埃をかぶり、雑然としている部屋の中にいたその人物に声をかけた。


「おい、ここは俺がやっておくからとりあえずその格好をどうにかしろ。

 俺はともかく妻が来ているんだから、異論は許さん」

「!? エ、エリアス様が自分よりお嫁さんを優先するなんて……!」

「良いから早く行け」


 エリアスはしっしっと手で追い払うような真似をして、彼を部屋の外へと追い出す。

 彼が二階へ上がっていく音を聞き、エリアスは息を吐くと言った。


「……アリス、悪いがこの部屋をとりあえず人間が住めるようにするのを手伝ってくれないか」

「す、住めるように……」


 そんなエリアスの物言いにそれは失礼なのではないか、と思ったけど、確かにその部屋の中の薄暗さ+汚さは、どう足掻いても擁護できる言葉が見つからない。


「……そうしましょう」


 面倒くさいことは嫌いだけれど、この部屋にいてはさすがに体調を崩してしまいそう。

 ということで、多分同じことを考えたエリアスと共に、部屋の掃除を開始する。

 それにしても。


「一人暮らしの男性の部屋って、こういうふうになるものなのかしら?」


 前世ではそういう話を聞いたことはあるけれど、さすがに男性の部屋に入ったことはなかったため思わずそう口にすれば、窓を開けて風魔法を使い、空気を入れ替えているエリアスが口を開く。


「いや、一括りにはしないでくれ。俺だったらこんな部屋一日、いや、半日と居られない」

「そ、そうでしょうね……」


 何せエリアスだもの、潔癖とまではいかないけれど完璧主義でしょう、と思わず苦笑いをしながら床に散らばっている紙をとりあえず拾い集める。

 あまり見ないようにしようと心がけていたつもりだったけれど、描かれているものの中にたまにキラキラと魔法の光を放っているものがあって、つい目が止まってしまう。


「わ……」


 そこには、発明品と見える何かが描かれていた。


「お花の形をしているわ! ランプかしら? 可愛い」


 お花の形をしているそれには、電球の周りに花弁が施されており、またそのランプの足元の部分には、リスやウサギと言った小動物達が飛び回っている絵が描かれていた。


「こんなに素敵なランプは初めて……」


 思わずそう言って見惚れてしまっていると。


「わー!? 見ないでください!」

「!?」


 そう言って背後から伸びてきた手にその紙を取られ、ハッとした私は慌てて頭を下げる。


「ごめんなさい! 勝手に見てしまって」

「あぁ、顔をあげてください! 失敗作で見られるのが恥ずかしかっただけだけなので!」

「失敗作だなんて……、え?」


 言われた通り顔を上げながら言葉を返そうとしたところで、その言葉は止まる。

 先程の声の主と同じだと思って話していた私は、目の前にいた人物を見て思わず息を止めた。

 真っ白な髪から毛先にかけてかかる紫のグラデーションに、毛先の色と同じ(アメジスト)を湛えた瞳を持つ美少年がそこにはいて。

 そんな彼は、恥ずかしそうにはにかんで言った。


「先ほどはお見苦しい姿をお見せしてすみませんでした。

 改めまして僕は、エリアス様の後輩で発明の祝福を与えられた、リオネルです。宜しくお願いします」


 そう口にした彼は、先程は長い前髪に隠れて見えなかった瞳を柔らかく細め、笑みを浮かべたのだった。

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