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第七話

「君に聞きたいことがあるんだ。

 他でもない、君の目の前に現れた“魔物”の件について」


 そう言われ、小さく息を呑む私を見たエリアスは、眉を顰めて言う。


「おい、その話はもう少し調査してから彼女に話す予定ではなかったのか」

「そう思っていたんだけど、調査が難航していてね。

 このまま逆に彼女の耳に入れておかなければ、彼女を守ることも出来ないだろう?」

「守る……」


 私が思わず呟くと、エリアスは怒りを露わにする。


「彼女を不安にさせてどうする!」

「エリアス」


 私が隣にいる彼に向かって制するように名を呼ぶと、彼は押し黙ってしまう。

 そんな彼に向かって口を開いた。


「ありがとう。私は大丈夫だから。

 私も今何が起きているのか知りたいから、話を聞かせて欲しい」

「……分かった」


 エリアスが息を吐き前を見たところで、驚いたような表情をしながら彼らは顔を見合わせる。

 そして、こちらに視線を戻したエドワール殿下が口を開いた。


「急な話で驚かせてしまって申し訳ないけれど、君が知っている範囲で何か分かることがあったら、情報を提供して欲しい。

 これ以上、君も他の人々も被害に遭わないようにするために」

「……分かりました」


 明らかに小説とは違うことが起きているのは確かなことだと分かっている私は、その言葉に頷くと、エドワール殿下は「ありがとう」と口にしてから言葉を続けた。


「君は“魔物”のことをどこまで知っているかな?」

「……エドワール殿下やヴィオラ様、エリアスの学園時代に、魔界との結界が何らかの原因で破れ、そこから出た魔物を封印されたという話は、伺っております」


 これは、貴族なら誰でも周知の事実であるから、口に出しても良いこと。


(そう、私の知識は小説中のものもあるから、慎重に言葉を選ばなければ、なぜ知っているのかを疑われてしまう)


 最悪魔物と繋がっていると疑われても困るし、だからといってソールの話をするつもりもない。

 だから、誰もが知っている常識的な知識の範囲でしか答えないようにする。

 すると、殿下は「そうだね」と頷き尋ねた。


「では、どうして魔物が学園に現れたかは知っているかい?」

「魔物は、魔法使いにだけ姿を現し、攻撃します。学園には魔法使いしかいないことから、学園を狙ったのではないかという学者の見解もお聞きしました」

「そう。それが事実ならおかしいことがある。それが、君だ」


 その言葉に、エリアスが怒ったように身を乗り出したのが分かって、それを手で制すと、答えた。


「私が、属性も祝福の力も持っていないからですよね?」

「そういうことになる」


 それは、私もエリアスもずっと疑問に思っていたことだった。けれど、私はその答えを後から聞いて知っている。

 なぜなら、ソールに言われたからだ。


(“私が転生した時、ソールが使った魔力が私の魂に微量ながら宿っているから”だって)


 つまり魔物達は、ソールの魔法に引き寄せられて私の目の前に現れるようになったということになる。

 でもそれを、説明することは出来ない。


(大体説明したところで信じてもらえないだろうし)


 ということもあり黙る私に、エドワール殿下は質問を重ねる。


「君が見た魔物の姿は?」

「エリアスも見たと思いますが、狼に扮した魔物でした」

「狼か……、ということは中級の魔物だな」


 魔物は魔界から人間界にやってくる時、人間界にいる動物に扮すると言われている。

 強い魔獣であればあるほど個体の大きさが大きく、見た目も肉食獣であることが殆どだと小説中に描かれていた。

 また、魔獣の見分け方は魔法の光を纏っているかどうかということも。


「大きさは?」


 その質問に、エリアスが腕を組み重苦しく口を開く。


「腰あたりの高さだ」

「中級で間違いはないようだね。……さて、そこからが問題なんだけど」


 殿下は指を私達の前に出し、指折り数えるように言った。


「私が疑問に思ったことは3つ。

 封印したはずの魔物がなぜアリス嬢の目の前に現れるのか。また、なぜ魔法使いにしか見えないはずの魔物がアリス嬢には見えているのか。

 そして、二回目にアリス嬢の前に現れた魔物が、伯爵令嬢に乗り移っていたのは事実かどうか、ということだ」


 その言葉に、ヴィオラ様も神妙な顔をして口を開く。


「魔物が人間に憑依したということは調査中だが、最も怖いのは、魔界との境界線である結界が再度破られた可能性があるということ」

「「!?」」


 私とエリアスはその言葉に目を瞠る。


(それはつまり、学園編で封印した結界が再度解かれたということ……)


 その言葉に、殿下は「だが」と難しい顔をして言う。


「実際に結界に穴が生じているところは確認されていない。つまり、結界とは()()()()で魔物が移動してきているのではないかと言われている」


 私とエリアスは、思わず顔を見合わせる。

 そんな話は前世の記憶を持ってしている私でも聞いたことがない。


(何だか学園編の時よりもシリアスな展開になっていない……!?)


 そして、ヴィオラ様が言葉を続ける。


「幸い、今はまだ他の人に被害は広がっていないけれど、魔力を持たないアリス様が狙われているということは、魔力の有無を問わず魔物が襲ってくる可能性は十分にあるということ。

 くれぐれも用心して」

「分かっている」


 そう告げた後、エリアスは私を見た。

 その視線を受けどう反応すれば良いか分からず困ってしまっていると、ヴィオラ様が呟いた。


「……やはり変わったわね」

「え?」


 その声を聞き取れなかった私に対し、ヴィオラ様は「何でもないわ」とにこやかに告げる。

 そして今度は、エドワール殿下がこちらに目を向け口を開いた。


「アリス嬢は、魔物が君の前に現れることについて、何か知っていることや心当たりはあるだろうか? 

 もしあったとしたら、教えて欲しい」


 そう言われ、私はきっぱりと答える。


「いえ、私は何も」

「……そうか」


 それ以上、エドワール殿下は踏み込もうとはしなかった。

 内心安堵する私に、エドワール殿下は「では」と口を開いた。


「最後にもう一つだけ質問させて欲しい。

 君に魔法を放った伯爵令嬢とその令嬢と共にいた二人についての処遇だ。

 まだ定かでないが、もし魔法を放ったのが魔物のせいだったとしても、君に行った愚行は紛れもない彼女達の意志だ。

 君ならどうする?」

「私が決めてよろしいのですか?」

「最終的な判断は私だが、君が被害者なのだから参考までに聞きたいと思ってね」


 その言葉に、私は少し考えた後口を開いた。






「あれで良かったのか?」


 殿下とヴィオラ様を乗せた馬車を見送る私の横で、エリアスが口を開く。

 その言葉の意図している意味を理解し、頷くと言った。


「だって別に、彼女にはただの子供じみた悪口を言われただけでしょう? そんなことで罰を与えるようでは、私の寝覚めが悪くなるだけじゃない」


 先程の殿下の最後の質問に対し、私はこう答えたのだ。

『お咎めはなしで良い』と。


「もちろん、だからと言ってただで許す気はないから、根には持つでしょうけど」

「根に持つのか」

「当たり前よ。まあ、もしあの魔法が本人の意志であり、且つ私を傷付けていた場合は、たっぷり慰謝料を請求していたけれど」

「まあ、それくらいはな」

「あら、私の意見に賛成してくれるのね?」


 冗談めかして言ったつもりが、彼は頷く。

 私が驚けば、逆に彼に驚かれた。


「それはそうだろう。傷付けられようものなら当たり前だ。

 ……それに、たとえ君が許したとしても、俺が許さないからな」

「!?」


 そんな彼の口調が物騒なものに変わったのを感じ、少し血の気が引く。

 エリアスはそんな私に気付くと言った。


「まあ、今回も犯人は分かっているから、今後手出しをさせないよう目を光らせておくが」

「……一番敵に回したくないタイプは貴方ね」

「安心しろ、俺は一生君の味方だ」

「!?」


 何言っているの、この人!? と驚き、純粋な疑問を口にする。


「ど、どうして貴方は、そこまで私を信用してくれているの?」


 それに対し、彼は意味ありげに口角を上げて言う。


「知りたいか?」

「!」


 そう言った彼の瞳に灯る何かを感じ、私はぶんぶんと首を横に振ると、彼は「残念」と口にしてから言った。


「ま、俺が勝手にやっていることだと思って、君はただ受け入れてくれていれば良い」

「……でもそれでは、貴方に貸しばかり作ってしまうことになるわ」


 そう言った私に対し、彼は驚いたように言う。


「君はいつもそれを気にするんだな」

「当たり前でしょう? 私、貸し借りを作るのは嫌いなの」

「はは、君らしいな」


 エリアスは笑うと、「それなら」と微笑んで口にした。


「いつか君が俺に気を許せる時が来たら、その時は本当のことを教えてくれないか」

「本当のこと?」


 何を言っているんだろうと首を傾げる私に、彼は告げた。


「君は何かを知っていて隠していることがあるだろう。

 たとえば、“魔物”が君の目の前にどうして現れるのか、とか」

「……!」


 思わぬ言葉に息を呑んでしまう私に対し、彼は「やっぱり」と口にして言った。


「言わなくて良い。俺も無理には聞かないし、このことに関してはエドワールにも誰にも言わないから」

「……どうして」

「君を信用しているからだ」


 目を見てはっきりと告げられた言葉に、心臓がドクンと大きく高鳴る。

 そんな私に更に彼は言葉をかける。


「それに、魔物が君を攻撃してくるのなら、俺が君を守れば良いだけの話だ。そうだろう?」

「……っ」


 私を守ることが、彼にとって何のメリットもないどころかデメリットになるに違いはないのに、どうしてそこまで尽くしてくれるのか。

 私にはその答えが分からなかったけれど、彼はただ優しい眼差しをこちらに向け、微笑んだのだった。


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