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第六話

(ど、どうしてこんな面倒なことに……)


「アリス嬢、今日は公式の訪問でないから肩の力を抜いて」

「そうですわ。元はといえば、何のご連絡もせず急に伺った私達が悪いのですもの」


 そんな彼ら……、エドワール殿下とヴィオラ様に向かって、エリアスは言葉を発する。


「……本当だ。君達は人のことを暇人だとでも思っているのか」

「エ、エリアス」


 嗜めようとするけれど、そういう私もこの場が嫌だった。

 だって。


(目の前に小説のヒーローとヒロインがいて、その向かいに当て馬とその妻である悪役令嬢よ!? 何のフラグよ!!)


 まさか公爵邸に、エドワール殿下とヴィオラ様が現れるなんて……!






 そんな状況に陥る少し前のこと。


「……あの」

「何だ?」


 目の前に座る彼が顔を上げる。

 そんな彼に向かって私は恐る恐る口を開いた。


「無理して一緒に食事を摂ろうとしなくて良いのよ?」

「無理なんてしていない」

「それなら……」


 私は彼の食器の横に置かれた書類を指差して言った。


「食事の時くらいお仕事は控えたら?

 ながら食べは良くないし、黙っているばかりでは私と食事をしている意味が全くないもの」

「……そうだな」


 彼はそう言って後ろに控えていたカミーユに書類を下げさせようとしたけれど、そのカミーユが笑っていることに気付き何やら文句を言っている。

 そんなエリアスを見て小さく息を吐いた。


(まさか、あの日の翌日から毎朝食事を摂ることになるなんて)


 あの日とは、言わずもがな夜会の日のことである。

 大分様子がおかしかった彼は、さぞ酔っ払っていることだろうと思い、その時は話半分で聞いていた。

 案の定翌朝、彼は私の朝食の席に現れると、土下座せんばかりの勢いで私に謝ってきたと思ったら。


(まさか、『昨夜言ったことは全て本心だ。だから今日から食事を一緒に摂らせてほしい』だなんて……)


 それを聞いた時、私は思わず目が点になった。

 なぜ、私のことを知りたい=食事を一緒に摂るということになるのか。

 思わず首を傾げた私だったけれど、後ろに控えていた侍従達が吹き出していたから、彼が相当変なことを言っているという私の認識は間違いないのだろう。


(というわけで、その日からとりあえず一週間が経つ今日まで、律儀に毎朝欠かさず一緒に朝食を摂っているわけだけど)


 今日は初めて仕事道具を持ってきたということから、忙しいのだろうなという推測をすると、私は彼に向かって尋ねる。


「急ぎの案件なの?」

「あぁ、まあ、そんなところだ」


 彼の曖昧な返しからするに、私が聞いてはいけないことなのだろうと判断すると、すぐに話題を変えた。


「ところで、ずっと気になっていたことがあるのだけど」

「何だ?」

「夜会で私に喧嘩を売ってきたあの女性達は、一体どうなったの?」

「……そのことだが、エドワールとヴィオラが自ら事情聴取を行っているらしい」 

「お二方が自ら!?」


 私の言葉に彼は頷くと、手を止めて口を開いた。


「君が予想していた通り、君に魔法で攻撃してきたのは彼女の意志ではないかもしれないからだ」


(やはり、ソールの言った通りだったんだわ)


 侍従達がいるため、エリアスは直接的な言動を控えているけれど、その言葉の意味は間違いなく“魔物”のことを指している。


(あの時も、私は彼女達の瞳の中に渦巻く何かを感じ取った。まるで操られているような、そんな感じ)


 だからあの時、彼女達に言及するエリアスにそっと囁いたのだ。


『もしかしたら“魔物”か何かに操られているのかもしれない”』


 と。

 当時の状況を思い出しながら、私も言葉を続ける。


「……最初は確かに、自分達の意志で言葉を発していた。だから私も喧嘩を買ったし、特に伯爵令嬢の彼女は、学園時代に陰でエリアスの取り巻きをしていたとミーナ様から聞いていたから、要注意人物であるとは思っていたの」

「俺が知らないことを、なぜリンデル夫人が知っているんだ……」

「決まっているじゃない。貴方の場合はヴィオラ様以外眼中になかったからよ」

「うっ」


 思い当たる節しかないような彼はさておき、私は言葉を続ける。


「けれど、その後に伯爵令嬢の彼女だけだんだん様子がおかしくなっていった。

 多分、彼女自身の怒りに呼応したのではないかと」


 その言葉に彼が驚いたように目を見開き口にする。


「君は推察力も凄いんだな」

「私、人のことを観察して分析するのは得意な方だったから」

「なるほど……」


(この世界のことは特に小説の記憶もあるから、エリアス様程ではないけれど、魔法や魔物に関してのある程度の知識はあるし)


 ただ、引っかかっているところもある。


「……少し怖いのは、人に憑依するという話を一度も聞いたことがないのよね」

「そもそも、魔法使いでも人に干渉することは禁止されているからな」

「貴方も聞いたことがないということね?」

「あぁ」


 私は夜会で出会った時のソールの言葉を思い出す。


(私が危ない目に遭いそうだった時のことを、“大分やばいやつ”、“天界でも騒ついていた”とソールは言っていた。

 封印されたはずの魔物が私の目の前に二回も現れているということはつまり、何かが起きていることに違いはない……)


 私が考えている間に、彼もまた私に向かって何か口を開きかけたその時。


「お食事中失礼致します!」


 そう言ってノックをせずに急に扉が開け放たれ、焦ったような表情をした近侍が現れる。

 それを見たエリアスは眉を顰め、口にした。


「急ぎの用だとは分かるが、せめてノックくらいしろ」

「は、はい、申し訳ございません!」

「それで何の用だ」

「それが……」


 そう近侍が戸惑いながらも口にしようとするが、それよりも先に、隣からヒョコッと金色の髪の持ち主が顔を出す。


「「!?」」


 私とエリアスは、衝撃のあまり一緒に立ち上がった。

 そして、私が先に声を上げる。


「エ、エドワール殿下!?」


 その言葉に、金色の長い髪を揺らし、殿下はにこやかに言った。


「そう、いきなりだけど来てしまった」

「お止めしたのだけど、どうしてもと聞かなくて。ごめんなさいね」

「「……!」」


 今度は隣からそう言って現れ、苦笑交じりに笑みを浮かべたのは他でもない、エドワール殿下の婚約者であるヴィオラ様だったのだ。





 そうして、この国の重鎮であり、小説のヒーローとヒロインが何の前触れもなく現れるという、いきなりの展開にてんやわんやになりながらも、場所を客間に移して今に至る。


「非公式でもなんでも、遅くとも前日までに報告すべきではないのか」


 お二人の突然の訪問を咎めるエリアスに反し、エドワール殿下はにこやかに笑って言った。


「まあまあ、君と私との仲じゃないか」

「親しき仲にも礼儀ありだ」


 幼馴染という仲の良さ(?)にもはやコントをしているとしか思えない二人の会話に、私が唖然としてしまっていると、ヴィオラ様が頬に手を当て言った。


「本当にごめんなさい、驚かせてしまって」

「い、いえ……、あの、私は席を外しましょうか? 流れで来てしまいましたが、お二人でいらっしゃったということは、何か重要なご事情がおありだったのではございませんか?」


 そう尋ねた私に対し、エリアスと会話をしていたエドワール殿下が口を挟む。


「ほら、余程君の奥さんの方が機転が利くじゃないか!」

「それは知っているが、そんな彼女に甘えるんじゃない」

「まあ! あのエリアス様からさらっと惚気が出るなんて」

「い、今のどこが惚気なんでしょう!?」


 エリアスの言葉に手を叩くヴィオラ様の発言が聞き捨てならず、思わず突っ込みを入れてしまう。


(何だこの幼馴染集団!)


 初めて幼馴染三人が話しているところを目のあたりにするが、全く話が進まないと焦る私に対し、エドワール殿下は笑って言った。


「はは、アリス嬢はよく顔に出やすい性格をしているんだね。分かりやすくて良い」

「っ、も、申し訳ございません」

「良いんだよ、裏で何を考えているか分からない奴らより余程好感が持てる」

「!?」


 そう口にしたエドワール殿下が一瞬ゾッとするような声音を出したものだから驚いてしまっていると、ヴィオラ様がそれを嗜める。


「エド、アリス様が驚いてしまっているわ。とりあえず本題に移りましょう」


 そんなヴィオラ様の言葉に、エドワール殿下は彼女に向かって一瞬柔らかな笑みを湛える。


(……わぁ)


 その一瞬で、彼女のことをどれだけ好きなのかが伝わってきたような気がして、見ているこちらが何だか恥ずかしくなってしまう。

 それと同時に、エリアスがそれを見てどう感じているのか気になったが……、何となく見ることを憚られた。

 そしてエドワール殿下は、気を取り直したように咳払いをすると、口を開く。


「今日こうして尋ねたのは、アリス嬢に話があったからなんだ」

「!? 私に?」


 まさか私に話があるとは思わず目を見開くと、エドワール殿下は静かに頷いて言った。


「君に聞きたいことがあるんだ。

 他でもない、君の目の前に現れた“魔物”の件について」

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