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第四話

「エリアス様……」


 思わず漏れ出た声に、彼は私を見ると口にした。


「無事か」

「は、はい、お陰様で」


 彼が相殺したのだろう、炎は跡形もなく消えていることを確認して何とかそう返事をすると、彼は頷き目の前で固まっている女性達に目を向けた。

 ……その視線は凍てつくように怖い。


「もう一度聞こう。誰の妻に向かって手をあげている?」

「「も、申し訳ございません!!」」


 取り巻きのような二人はそう言って頭を下げるが、魔法を使った彼女は呆然としたような表情を浮かべている。

 私はその異変に気付き、声を上げた。


「エリアス様、ちょっと」


 私は彼に耳打ちをすると、彼はハッとしたように目を見開き口にする。


「……事情は後程聞くとしよう。ただし、覚えておくと良い」

「!?」


 不意に彼が私を横抱きにする。

 驚く私に対し、彼は彼女達に目を向けたまま言った。


「アリスは、俺が選んだ唯一の妻だ。

 彼女以外と結婚するつもりはないし、そんな彼女を傷付けようものなら許しはしない。

 他の者達にもそう伝えておくと良い」

「エ、エリアス様!?」


 そんな私の呼びかけには答えず、彼は踵を返すと、休憩室の方に向かって歩き出す。

 すれ違う招待客や衛兵の視線を感じて、私は慌てて口にする。


「エ、エリアス様! こんなところで仲良しアピールをしなくてもよろしいですから!

 自分の力で歩けますわ!」

「足を怪我しているだろう」

「……!」


 気付かれていた。私はそっと視線を逸らし、呟く。


「ただの、靴擦れですから」

「痛いのに違いはないだろう。頼むから、大人しくしていてくれ」

「……」


 そう言った彼の声が、切実に訴えているような気がして何も言えず、ただ彼の言うことに従う。

 そして、先程も訪れた休憩室へと辿り着いた彼は、私をそっと長椅子に下ろし、私の前に跪いて言った。


「足を見せてくれないか」

「!? い、嫌ですわ!」


 淑女が足を見せるのはマナー違反。それに普通に恥ずかしいと思った私は首を横に振ると、彼は不満気に言った。


「俺は夫なんだが」

「仮初のでしょう!? 大丈夫です! こんなの擦り傷ですから舐めておけば治りますわ!」

「舐めておけばって……、まあ、君が言うのなら無理強いはしない。その代わり」


 彼はハンカチを取り出すと、私に向かって差し出して言った。


「これを足首に巻いておくと良い。とりあえず消毒する物を借りてくる」


 そう言うと、彼は部屋を後にしようと立ち上がる。

 その背中に向かって声をかける。


「ごめんなさい」


 その言葉に、彼はこちらを振り返ると驚いたように目を見開き言う。


「なぜ君が謝るんだ」

「……色々とご迷惑をおかけしてしまって」


 私が“無能女”でなければ、そんなことを言われなかったのかもしれないのに。


(私のせいで、また彼が“氷公爵”という二つ名を知らしめてしまうことになる)


 初めて魔法が使えないということが、こんなに惨めな気持ちになるのだと思い知らされた。

 そんな私に向かって、彼は歩み寄ってくると……。


「!?」


 私の頭をそっと撫でて言った。


「俺が先程口にした言葉は、本心だ。

 それに、君は俺を庇ってくれた。その強さを俺は誇りに思う。

 だから君は、俺の隣で堂々としていれば良い。

 その姿は誰よりも美しいのだから」

「……っ」


 誰よりも美しい。

 そう言われ、不覚にも顔に熱が集中する。


「顔が赤いぞ、アリス」

「き、気のせいですわ!」


 またすぐそうやって揶揄って、と怒る私に、彼は笑みを溢すと今度こそ部屋を後にした。


「……本当に顔が熱い」


 なぜそういうことを、恥ずかしげもなく言えるのだろうか。


(私を励ますためなのでしょうけれど……、それにしても心臓に悪い)


 少し熱を冷まそうと、部屋の外に繋がるバルコニーの扉を開ければ、少し肌寒いくらいの風が火照った頬を撫で、冷ましていく。


「……ふぅ」


 一旦落ち着こうと息を吐いた、その時。


「いくら何でも風邪引くぞ」

「!?」


 突如声をかけられギョッとし、後ずさった私は目を瞠る。

 その声は聞き知った声のはずなのに、目の前にいるのは黒猫の姿の彼ではなくて……。


「あ、貴方は誰?」


 その問いかけに、彼はニッと笑って言った。


「ソール。言っておくけど、こっちが本当の姿だからな。覚えておけ」


 その口の悪さは間違いなくソールのものだけど。


「あ、貴方本当は人間の姿をしているの……?」


 月明かりに照らされて輝く漆黒の髪に、夜空色の瞳。耳に飾られた金色の宝石のピアスは、まるで月を模したような色で。

 そして、その黒髪から覗く顔もまた、この世のものとは思えないほどの美しさに息を呑んでしまうと、彼のその口元が弧を描き言った。


「神は皆人間の姿をしているからな。あれはほんの仮の姿だ。

 言っただろ? お前を助けたから俺の魔力が枯渇して、そのせいであんな姿になってたって」

「た、確かに言っていたけれど」


 まさかこんな姿をしているとは。

 見た目は大体私と変わらないくらいの年齢に見えるから、知らない人のようで戸惑ってしまう。


「まあ、あんな姿してたんじゃ分かるわけねぇけど。

 魔力がようやく戻ったから、こっちの姿でいることにした。お前も慣れろ」

「な、慣れろと言われても……」


 慣れるものなのかしら? と首を捻る私に、ソールは言った。


「お前、大分やばいのに絡まれてたな」

「み、見ていたの?」

「あぁ。何となく嫌な予感がして」

「嫌な予感……、まさか」


 思い当たる節がありソールを見ると、彼は頷き言った。


「あぁ。さっきの女、魔物に取り憑かれていた」

「っ、やっぱり……」


 先程感じた違和感。

 それは、取り巻き二人はともかく、明らかに伯爵令嬢の彼女の目が明確な敵意を感じたからだ。


「あまりにも敵意剥き出しで、まるで誰かに操られているかのようだったもの」

「その見解であってると思うぞ。天界でも騒ぎになっている」

「て、天界でも!?」

「あぁ。詳しいことは言えねぇが、魔物達が騒ついてんのは間違いねぇ。

 お前の前に現れんのも、珍しい魂に引き寄せられてんのかもしれねぇから、用心した方が良い」

「わ、私が……?」


 先程のような目に遭うかもしれないということ?

 そう考えただけで、少し背筋が凍る。

 そんな私に彼が口を開きかけた、その時。


「アリス?」

「「!」」


 その声に振り返れば、バルコニーの扉からエリアス様が現れて。

 またハッとして振り返った先には、ソールの姿は忽然と消えていた。

 そんな私の元に、エリアス様が歩み寄ってくると尋ねた。


「今、誰かと話していなかったか?」

「だ、誰とも話しておりません。一人で少し涼んでいただけですから」

「……そうか」


 ソールの存在を知られたら、それこそまた面倒なことになりそうな予感と、そもそも神様の存在をそう簡単に明かして良いものなのか判断しかねた結果、隠しておいた方が良いだろうと判断し、誤魔化す。

 すると、エリアス様はそれについては触れず、口を開いた。


「……俺は君のことになると、分からないことばかりだ」

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