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第二話

登場人物設定を第一部分に追加させていただきました!


 エドワール殿下とヴィオラ様の挨拶が終わると、エリアス様に導かれ彼らの元へ向かった。

 今日の一番の目的である挨拶をするためだ。


(エリアス様に結婚を命じたエドワール殿下と、エリアス様が片想いをしていたヴィオラ様)


 その二人と初めて顔を合わせることになる。

 ただし、ヴィオラ様については()()()()()()()()()()()()()だけど。


(ここでは特に、エリアス様と本物の夫婦であるように自然に振る舞わなければいけない)

 

 エスコートされた手にも、緊張からか力が入る。

 それに気付いた彼もまた、私の手をそっと握り返してくれた。


 ロディン公爵家は公爵家の中でも筆頭に立つエリート。

 そのため、エリアス様が歩けば自然と人が道を開ける。

 そんな彼に向けられる視線を物ともせず、彼は前だけを……、壇上だけを見て歩く。

 堂々と前を見据えて歩く彼は、私が見ても格好良いと思ってしまう。


(私も負けていられない)


 足を引っ張るような真似はしない。

 アリスの記憶の中に眠る淑女の嗜みの知識を総動員する。

 背筋を伸ばし、ドレスの裾は持たず、顎を引き、前だけを見据えて。


 アリスの淑女教育は完璧だった。

 フリュデン侯爵家で教師に厳しく指導してもらうよう頼んでいたのは、他でもない彼女自身だったから。

 全ては家族に褒められるため、そして、未来の旦那様に愛されるようになるため。


(それが、愛されることのなかったエリアスのために今世で使うことになるとは思わなかったけれど)


 でも彼女の努力は、間違いなく“私”に繋がっている。

 そんな彼女の努力を決して無駄にはしないと、細心の注意を払い、壇上から降りてきた二人の目の前に、エリアス様と並んで立つ。

 先に口を開いたのは、紛れもない小説内のヒーロー、エドワール・アルドワンだった。


「エリアス、久しぶり。よく来てくれたね」


 エドワール殿下の砕けた口調は、彼にとっても唯一の幼馴染であるエリアス様にだけ許された言葉遣いだ。

 エリアス様はそんな彼に向かって笑みを浮かべて答えた。


「どの口が仰っているのでしょう」

「!? エ、エリアス様」


 確かに笑顔を浮かべられてはいるけれど、目が笑っていない上に、王太子殿下に向かって包み隠さない不機嫌オーラはやめてください!?

 とさすがの私でも焦るのに対し、エドワール殿下は全く動じずあははと笑って言った。


「相変わらず夜会は嫌いなようだね。

 もしかして、その隣にいる君の結婚相手を私に紹介したくないということもあるのかな?」

「!」


 その言葉に、私は淑女の礼をして言う。


「お初にお目にかかります、エドワール王太子殿下。

 私はエリアス様の妻となった、アリス・ロディンと申します」


 その言葉に、エドワール殿下は私をじっと見て言った。


「貴女がエリアスの選んだ女性なんだね。とても興味があるなあ」


 揶揄い交じりの言葉は温和に聞こえるけれど、こちらを見る目線は品定めをしているようであることを私は見逃さない。


 エドワール・アルドワン。

 金髪碧眼、王道の王子様のような見た目をしている彼は、その見た目通り周囲に対しては温厚。

 だけど、笑顔の裏で考えていることは未知数。

 要するに、見た目で騙されてはいけない性格をしているということだ。

 物語のヒーローらしい頭が切れる人物、それが彼の真の姿だ。


(物語中の“アリス”は、それに気付けていないようだったけど)


 だからアリスは……。


(やめましょう、私とは関係ないことよ)


 そう結論付け、言葉を返そうとした私に対し、不意にエリアス様に手を引かれる。

 え、と驚けば、彼が私の前に庇うように立った。


「エ、エリアス様?」

「人の妻をジロジロと見るな」

「!?」


 一瞬演技でもしているのかと思ったけれど、その殺気立ったような表情と声音からして本気らしい。

 いや、本気でもまずいのでは?


「エリアス様、なぜ怒っていらっしゃるのです」

「失礼極まりないからだ」

「わ、私は大丈夫ですから」


(愛され設定の方向性が喧嘩を売る方向に行くとは聞いていないわよ!?)


 そう、次期国王・王妃カップルの前でボロが出ないよう、私が提案して事前に台本を作ったのだ。

 一度だけだけれどきちんと読み合わせをして、準備を万端にしたはず、なのに。


(計画が水の泡じゃない!)


 何を考えているのか分からない彼の言動に、頭が痛くなる私の耳に、澄んだ声が届く。


「ふふ、エリアス様のそんなお姿を見られるようになるなんて。やはり、人は変わるものね」

「!」


 その声にハッとし、彼女の顔を見る。

 私より少し背が高く、王太子よりも淡い金色の髪に同色の瞳を持ち、儚い見た目をしているのにその眼差しは凛としている不思議な存在感を放つ彼女は、正に物語の主人公そのもの。


(この方が、ヴィオラ・ノルディーン……)


 そんな彼女は私に向かって口を開く。


「お久しぶりですわ、アリス様」


 その言葉に、エリアス様は目を見開く。


「知り合いだったのか?」


 エリアス様の言葉にヴィオラ様は頷き、口にする。


「えぇ、一度デビュタントの時にお会いしております。同じ侯爵家の者同士ということで、ご挨拶させて頂いたのですわ。

 覚えていらっしゃるかしら?」


 そう、アリスの記憶の中に、確かにヴィオラ様とデビュタントでご挨拶をした記憶があった。

 つまり、彼女とは初対面の間柄ではないということになる。

 その言葉に、私も頷き答える。


「もちろん覚えております、ヴィオラ様。ご無沙汰しております」

「エリアス様のご結婚相手が貴女と聞いて、お会いすることを楽しみにしていたの」


(……それはどういう意味かしら?)


 彼女も殿下と同じように、私の品定めをしているということだろうか、とその裏を考えてしまうけれど、何とか「恐れ入ります」とだけ返す。

 彼も何かを感じ取ったのか、ヴィオラ様に向かって言った。


「彼女は久しぶりの夜会で緊張しているんだ、あまりそういうことは言わないでやってくれ」

「私とお話しするのは緊張してしまうかしら?

 エリアス様がそう仰るのでしたら、また機会を改めてお話しさせていただきたいですわ」


 そう口にした彼女に対し、私も返した。


「こちらこそ、是非宜しくお願い致します」






「エリアス様、伺っていないのですけれど」

「予定にはなかったからな」


 ロディン公爵家専用に用意された休憩室で二人きりになった瞬間にそう口にした私に対し、しれっと答えるエリアス様に、私は怒って口にする。


「どこのどなたが私に売られた喧嘩を買うなと仰ったのでしょう? 

 貴方が買っていらっしゃるようにしか見えませんでしたが!」

「不可抗力だ」


 ふいっと顔を背ける彼。

 私はそれと、と眉を顰め腰に手を当てると言った。


「そんなに離れた距離にいらっしゃるのはなぜです? とてもではありませんけれど、人の話を聞く態度ではありませんわ」


 先程までエスコートしていたと言うのに、部屋に入った途端あからさまに距離を取られたのだ。

 これにはさすがに驚いた。

 今だって、私は長椅子に座り、彼は窓際の端にあるサイドテーブルの椅子に座っているという、どこからどう見ても話しているというのにおかしい距離感なのだ。


「どなたかが入ってきたらどう説明するのです」

「人払いは済ませてある」


 そう言って一向に動こうとしない彼を見て、私はカチンとくる。


「……先程からなんですの?」

「え?」


 私はツカツカとヒールの踵を鳴らし、彼に向かって歩み寄ると、サイドテーブルをバンッと力任せに叩いた。

 それにより、エリアス様は目を丸くし驚く。

 そんなことには構わず、私は声を荒げて言った。


「私が貴方のためにと考えた計画を台無しにした挙句、いくら幼馴染といえど殿下に対する失礼な態度! 貴方私に喧嘩を売っているのでしょう!?」

「ち、ちが」

「何が違うのです!? 私をヴィオラ様やエドワール殿下と会わせたくないのは、まだ彼女に未練があるからと仰るのですか!?」

「!?」

「私は貴方が何をお考えなのかさっぱり分かりませんわ! 分かろうとも思いません!」


 こちらは失敗しないように、失礼のないように、この日のために綿密な計画を立てて、準備をして、緊張で夜も眠れなかったほどだと言うのに。


「……どうして、分かってくださらないのです?」

「!」


 キュッと唇を噛む。

 込み上げる感情を何とか堪え、キッと睨むと口にした。


「これ以上私の逆鱗に触れるような真似はしないでくださいませ。

 もし少しでも私を怒らせた場合、契約結婚は今日付けでなかったことに致しますから」

「……っ」


 彼の驚いたような表情に、頭に血が上った勢いで何を口走ったか理解しハッとするが、言ってしまったものはもう遅い。

 私はもう一度彼をひと睨みすると、「お化粧室に行って参りますわ」と口にし、踵を返したのだった。



 一人取り残されたエリアスは、セットされた前髪が崩れるのも構わず、乱暴にかき上げ呟く。


「……君の方こそ、何も分かっていない」




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