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第三十四話

「……出来ましたわ!」


 ミーナ様の言葉に、ララが手を叩く。


「わぁ……! 今日は一段と、格別に素敵です!」

「ありがとう、ララ。ミーナ様も、本日はお忙しいところお越し下さりありがとうございます」


 その言葉に、ミーナ様は笑って答える。


「いえいえ、大切な友人の奥様ですもの、こちらこそお手伝いさせて頂けて光栄ですわ」

「ファビアン様までお越し下さって、エリアス様もきっと喜んでいらっしゃることでしょう」

「そうそう、ロディン様といえば今日お会いして特に思ったのですが、雰囲気が変わられましたか?」


 その言葉に、私は笑みを浮かべて言った。


「はい。今日のために、少し()()をなさったのです」

「特訓?」

「笑顔の練習ですわ」


 それに対し、ミーナ様は目を丸くした次の瞬間笑い出す。


「そうでしたの! なるほど、確かに笑顔を見せられていらっしゃいましたね」

「そうなのです。あまりにも無愛想なので、社交界に馴染むためにも少し気を遣われてはとご提案したのです」


 私が“笑顔の特訓”と称してあの日行って以来、彼が特訓しているところを見たことがなかったけれど、今日ミーナ様を前に自然な笑みを浮かべられていたのは、その後の彼の努力の賜物なのだろう。


「確かに、あのロディン様が笑ったとなると、“氷公爵”の異名も無くなりますわね」

「それを狙ってのことですわ」


 そう笑って言うと、彼女はクスクスと笑い、「なるほど」と笑みを溢した。


「さすがはアリス様、あのロディン様が素直に言うことをお聞きになるなんて。

 ファビアンからの申し出だったらきっと、ロディン様は頷かなかったに違いありませんわ」

「そうなのですか?」

「えぇ」


 ミーナ様の言葉に、ララも同調するように言った。


「アリス様がいらっしゃってから、公爵様も邸の中も随分様変わりしました。

 全てアリス様のおかげです」

「私はそんな」

「私も見ていて思いますわ。ロディン様はアリス様がいらっしゃってから、生き生きとしていらっしゃいますもの」


 後から続いたミーナ様の言葉に、私は思わず苦笑いしてしまう。


(本当にそうなのかしら? ……でも確かに、小説中のエリアスの描写よりも、今の方がずっと生き生きとしている気がするかも)


「……エリアス様は、本当は優しい方なのですよ」

「え?」


 その言葉は、ミーナ様には聞こえなかったらしい。

 私は笑って言った。


「いえ、何でもありませんわ」


 そう口にした私の目の前に、スィーッと光が飛んでくる。

 もうその光景に慣れた私は、自然と手を伸ばすと、その手の上でポンッと光が弾けた。


「アリス、おしたくおわった!?」

「おわってる! かわいい!」

「きれ〜!」

「ふふ、ありがとう」


 口々に絶賛してくれる花の妖精達の隣に、ミーナ様のデザインの妖精も光の中から現れ、口を開く。


「当然ですわ。私達と貴方達が合作したドレスですもの」

「がっさくってなにー?」

「一緒に作ったということですわ」


 デザインの妖精の言葉に、花の妖精達はキャッキャッと嬉しそうに笑う。


「がっさく、がっさく〜!」

「アリスもきにいった〜?」

「えぇ、もちろん! 着ているだけで心が躍るわ」


 そう言って、軽く後ろを振り向くようにすれば、ドレスの裾がふわりと揺れる。

 初めて着る妖精のドレスは、小説中のアリスからは想像もつかない、可愛らしい印象を与えるドレスに仕立てられていた。


 オフショルダーのプリンセスラインと呼ばれるボリュームのあるドレス生地は、アリスの髪色と同じ桃色で、スカート部分には無数の花弁の周りに黄緑の糸で枝葉の刺繍が施されている。

 長い髪はシニヨンスタイルにまとめられ、それらをまるで花冠のような見た目をした髪飾りが施されているのは、他でもない花の妖精達が魔法を使って提案してくれたものだった。


(密かに、いくら悪女(アリス)でも小説のようなド派手な色は、と思っていたところだったから、全く別物になって良かったと思うけれど)


「……こんなに可愛らしいドレスを着て大丈夫かしら?」


 夜会にはもっと大人びたドレスを着た方が良いのでは、と言うつもりで口にした私に対し、彼女達は揃いも揃ってブンブンと首を横に振り、口々に言った。


「いいえ、可愛らしいからこそアリス様の可憐さが引き立つのですわ!」

「私共の見立ては完璧でしてよ」

「アリス、おはながよくにあう! かわいいのがいいところ!」

「公爵様も見惚れて言葉を失ってしまうでしょう!」


 ミーナ様、デザインの妖精、花の妖精に続いた最後のララの言葉に引っかかったものの、もう今更喚いたところでどうしようもない。


「開き直るしかないわね」


 そう呟き、最後の仕上げをと前世の癖で自ら香水の瓶に手を伸ばそうとしたその時、花の妖精が声を上げた。


「アリス、それこーすい?」

「そうよ」

「そのこーすい、アリスらしくない!」

「!?」


 そう口にすると、花の妖精は一斉に私に向かって魔法をかけた。

 すると、甘やかすぎず華やかすぎない、まるで庭園の花々に囲まれているような花の香りが鼻を掠める。


「……良い匂い」

「こっちのほうがいい!」

「アリスにぴったり!」


 大好きな花の香りに包まれうっとりと口にする私の周りを、花の妖精達が喜ぶように飛び回る。

 それを見ていたデザインの妖精とララも口を開く。


「本当ですわね。アリス様に似合っていらっしゃいますわ」

「公爵様も惚れ直すこと間違いなしですね!」

「あ、はは……」


 別にエリアス様ウケを狙っているわけではないのと、そもそも惚れ直すも何もお互いに惚れないための契約結婚なのだけど、と心の中で肩を竦め、時計を見て口にする。


「そろそろエリアス様との約束の時間だわ。玄関ホールに行かなくてはね」

「では、こちらの上着をお召しになってくださいませ」

「ありがとう」


 ララから上着を受け取り羽織ると、部屋を後にする。


 その背中を追いかけていく再度光を纏った花の妖精達の姿を見て、ミーナは人知れず呟いた。


「……花の妖精からあんなに愛されているのに、祝福を受けられていないのが不思議ね」


 でも、ロディン様の心を溶かした彼女ならきっと。

 そう呟き笑みを溢すと、そんな彼女達の後を追ったのだった。





 玄関ホールに辿り着くと、そこには既にエリアス様の姿があった。

 どこかそわそわと落ち着きのない彼の姿を見て緊張でもしているのかしら、と首を傾げながら、慎重に階段を降りる。

 そして、彼の近くまで来たところで声をかけた。


「エリアス様」

「……!」


 そう名を呼ぶと、反射的に振り返った彼は絵に描いたように目を見開き固まった。

 私もそんな彼の装いに、目を瞠る。


(……妖精がデザインした衣装は、男性の物でも素敵ね)


 私とは対極の色である青のコートは涼やかな印象を受ける。そして、首元で光るタイのブローチは、私の瞳の色を模した黄緑色があしらわれていた。


(私のネックレスが彼の瞳と同じ氷色(薄い青)の宝石が使われているから、それが注文した流行りのペアルックというわけね)


 お互いの瞳の色というだけでも大分目立っているような、と思いつつ微笑みを浮かべると、素直な感想を口にした。


「とても素敵でよくお似合いですわ」

「……っ」


 ピシ、とまるで氷のように石化した彼から返事が返ってこない。


「い、息をしていらっしゃいますわよね?」


 私の言葉に、後ろで吹き出す声が聞こえてくる。

 その声でようやくハッとした彼は、そちらを睨むように見やってから、私に目を向けて言った。


「ありがとう。君の方こそ、……っ」


 彼はその先の言葉を紡ぐことが出来ない代わりに、一瞬で顔を赤く染めた。

 その姿に驚き、口にする。


「照れていらっしゃいますの?」

「て、照れていない」


 その言葉に、私は眉を顰めて怒る。


「いけませんわ。女性にお世辞の一つも言えない殿方では世を渡り歩けませんわよ」

「そ、そんなことはないと思うが」

「ありますわよ! ほら、素直に仰ってみてくださいな。ブスでも似合っていないとでも」


 彼から何とか感想を引き出そうとした私に対し、彼はギョッとしたような顔をすると、驚くほど大きな声で言った。


「そんなことはない! 君以上に可憐で可愛い女性などいるものか!!」

「!」


 その言葉に、私が思わず目を瞬かせると、彼はハッと気まずそうな顔をした。

 するとどこからともなく口笛が聞こえてきて、それを聞いたエリアス様が静かな声で口にした。


「……ファビアン、後で覚えていろ」

「そんな顔をしたら夫人に嫌われるぞ」


 皆揃って私達を揶揄うけれど、私達の間柄は仮初の夫婦ですから通用しませんよ、と思ったのに。


「……!?」


 彼の態度が一変する。

 それは、今までに見たことのない甘やかな笑みを湛えたからだ。

 驚く私の手を取り、彼は口にした。


「今宵、貴女をエスコートすることが出来る俺は、何と幸運で恵まれていることか。

 間違いなく、この世で最も幸せな男だろう」

「あ、あの……」


 私が戸惑っていると、彼がその手に口付けを落とす。

 それは、まるで物語の王子様のような仕草で。

 それを見た私は、こう尋ねた。


「エリアス様……、既に酔っていらっしゃったりしませんわよね?」

「「「ぶっ」」」


 私の言葉に、後方から複数人の吹き出したような笑いが聞こえてきた瞬間、エリアス様は凍てつくような眼差しでそちらを一瞬睨んでから踵を返すと、繋いだ手をそのまま引いて歩き出した。


「質問の答えだが、俺は酔っていない。これが平常だ」

「へ、平常ではないと思いますけれど……」


 そんな私の呟きに対する返事は返ってこない。

 ただ、繋がれた手と先程の彼の不意打ちの言動に、私の鼓動が普段より少しだけ、速くなっている気がしたのだった。




 そしてついに、今夜の会場となる王城へと足を踏み入れた。

 その豪奢な廊下を歩く間際、私はヒソヒソと小声で彼に話しかける。


「エリアス様、皆が貴方を見ていらっしゃいますよ。特に女性ですけれど」

「気のせいだろう。それに、それを言うなら……」

「?」


 彼の言葉が不自然に途絶える。

 そんな彼は私をチラリと見てから、「いや、何でもない」と口にすると、視線を前に向けた。

 そして。


「ここが今夜の会場……」


 そう呟くと、彼が口にした。


「緊張しているのか?」

「えぇ、それはまあ」


 アリスとしての淑女の心得の知識があるとはいえ、夜会なんて前世の私からしたら初めてのこと。

 少しだけ足が震えてしまうのだって、無理もないはず。


「……大丈夫だ」


 かけられた言葉に思わず彼の顔を見上げると、彼は真剣な表情で言った。


「俺が必ず、君を守る」

「……!」


 守るなんてそんなこと、しなくて良いのに。

 そう思ったけれど、言葉は出てこなくて。

 辛うじて頷いた私に彼も頷きを返すと、二人で真っ直ぐと前を見据えたと同時に、大きな扉が開く。



 そうして今夜の会場、それから小説中の舞台となっていた夜会の幕が上がったのだった。




こちらで第一部、一区切りとさせていただきます!

沢山の読者様にブクマ登録、評価、いいね等を頂き、お読み頂けたことを励みに、ここまで毎日更新を続けることが出来ました。本当にありがとうございます!

第二部は、いよいよ小説中の舞台となる夜会の幕開けから始まります。また、登場人物が多くなって参りましたので、簡易な登場人物のプロフィールも掲載予定です。

少しお時間を頂く予定ですが、なるべく早くお届けできるよう頑張りたいと思いますので、引き続き応援して頂けたら大変嬉しく思います。

どうぞよろしくお願いいたします…!

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