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第三十三話

「よろしければどうぞ」


 そう言ってハンカチを差し出すと、彼は礼を述べながら受け取り、苦笑いをして言った。


「君には格好悪いところを見せてばかりだな」

「あら、私相手に格好つける必要はありませんわ。だって私達は契約結婚で結ばれた、いわば仲間でしょう?」

「仲間……」

「そう、仲間ですわ」


 私の言葉に、彼がボソッと呟く。


「……そうか、仲間」

「何かおっしゃいました?」

「いや、何も」


 エリアス様はそう言うと、陽が傾き始めている空を仰ぎ見て言った。


「……ヴィオラの言った通りだったのかもな」

「え? 何のことですか?」

「何でもない」

「今日のエリアス様は、いつにも増して変ですわね」

「どういう意味だ!?」


 その言葉にクスクスと笑ってしまいながら、口を開く。


「でも私、エリアス様のことを誤解しておりました」

「誤解?」

「“氷公爵”」


 そう口にすると、彼の顔が強張る。

 私はそのまま言葉を続けた。


「……と呼ばれていらっしゃるのは知っておりましたけど、こうして一緒にいると、私は貴方のことを冷徹だとか冷淡で人付き合いが悪いだとか、そういう風には思いませんわ」

「き、君は本人を目の前にしてよくそういうことが言えるな……」

「あら、幽霊屋敷と同じ感じですよ?

 揶揄して付けられたあだ名なんて大抵無視で構いませんけれど、実際問題“幽霊屋敷”と“氷公爵”は納得せざるを得ませんもの」

「おい」

「ですがそんな不名誉な二つ名は、払拭すべきですわ!」

「!」


 私は彼の前に身を乗り出すと、説得を試みる。


「品格というものは、全て社交界で広まります。ですから手っ取り早く、今度の夜会で……はさすがに幽霊屋敷の名を消すのは難しいかもしれませんけれど、貴方の氷公爵という異名は今すぐに消し去ることが出来ますわよ」

「……その前に、なぜ俺が払拭しなければならない」

「そういう態度が良くないのですわ!」

「!?」


 さらにズイッと身を乗り出せば、彼はギョッとした顔で身を引く。

 そんな彼に構わず言葉を続ける。


「良いですか? 貴方の評判は邸の者達や領民と等しくありますのよ?

 だから、不名誉な名前で呼ばれることは貴方だけの問題ではないということです」

「は、はあ」

「まずは貴方自身がその性格を改めて、もっと社交的になること。

 そうでなければ、いつまで経っても貴方は孤独なまま、“幽霊屋敷”の主人として悪評が立つばかりですわ」

「社交的……、そのメリットは?」


 その言葉に私は笑って言った。


「貴族間の情報収集が可能です。

 流行、噂……良いことも悪いこともありますけれど、自分の殻に閉じこもってばかりでは得られない情報が沢山あります。

 貴方も賢明な方なのですから、情報の取捨選択や人物の分析など簡単に出来るはずです。

 公爵様なのですから、もっと上手く社交界を活用しませんと」

「……驚いた。君は本当に社交の場に出たことのない人間なのか?」


 そう驚いたように尋ねられ、ハッとする。


(そうだわ、これは普通に前世のOLとしての世渡り知識だったわ……っ)


 私は誤魔化そうと、必死になって取り繕う。


「えーっと……、本で書いてありましたわ。

 夜会のために、人と上手に付き合う方法を学んでおりまして」

「へぇ、そうなのか。その本の題名は?」

「えーっと、わ、忘れてしまいましたわ!」

「そうか」


 案外簡単に引き下がってくれたことにホッとすると、彼はふむと考え込んで言った。


「では、君が思う“氷公爵”の名を払拭するのに必要なことは何だ?」


 私はその言葉に、パチンと手を叩き口にする。


「それはズバリ、笑顔ですわ!」

「え、笑顔?」

「はい」


 私は笑みを浮かべると、自身の頬に手を当てて言った。


「やはり笑顔は人に与える印象が大きいと思いますの。

 貴方は折角顔が整っていらっしゃるのですから、その顔を上手く活用しませんと」

「か、顔が整っている?」

「えぇ。普通に格好良いと思いますわ」

「!?」


 言われ慣れているだろうに、石化してしまう彼はさておき、私は言葉を続ける。


「美人の無表情って破壊力がありますでしょう? それと同じで、貴方の場合は女性を大分嫌悪していたようですから、その女性方に声をかけられた時にただ冷たくあしらうのではなく、人当たりの良い自然な笑みを浮かべることが出来さえすれば、女性のハートを鷲掴み出来ると思いますわ」

「は、はーとをわしづかみ?」

「女性の心を射止めるということですわよ」

「射止めなくて良いんだが……」

「あーもう! つべこべ言わずにとっととやってみてくださいな!」


 折角人がアドバイスをしているというのにグチグチ面倒くさい! と怒る私に、彼は慌てたような顔をすると、少し目を泳がせた後口角を上げた。


「こ、こうか?」

「ぎこちないですわ」

「こう?」

「目が笑っておりませんわ」

「……難しいな」


 すぐに投げ出す彼を見て、私は息を吐くと言った。


「そんなに難しいことですの? 自然な笑みを浮かべるだけなのですけれど」

「自然……、手本を見せてくれ」

「もう! 仕方がないですわね」


 笑顔一つがなぜ出来ないのか、と呆れながらも目を瞑り気持ちを整えると、淑女教育の一環の賜物として習った渾身の淑女の笑みを彼に向けた。

 すると。


「……なぜ見ていらっしゃらないんですの」

「いや、ちょっと目に毒、というか」

「はあ!?」

「こ、言葉の綾だ言葉の綾!」


 人のことを毒物扱いとは失礼な、と怒る私に、彼は焦ったように口にする。


「君だから出来るのであって、俺には無理ではないか?」

「何を仰っているの! いつも見せているではありませんか」

「え?」


 その言葉にキョトンとする彼に向かって、私は苛立ちを隠さず言った。


「だから! 私の目の前で先程笑ったように、あーいう自然な笑みを浮かべて下されば良いのです!」

「! 君の前で見せる……」

「そうですわよ。いつも笑っていらっしゃいますでしょう?」


 その言葉に、彼は考え込んだ後言った。


「……いや、それは出来ないな」

「なぜ!?」


 いつも浮かべていらっしゃるのに!? と驚く私に、彼は口角を上げ、悪戯っぽく笑って言った。


「その笑顔は、君限定だからな」

「っ!?!?」

「あ、赤くなった」

「赤くなっておりませんわ! というか何ですの!? 私限定って!

 馬鹿にしていらっしゃるでしょう!?」


 私の言葉に、彼は首を横に振り笑みを浮かべて言った。


「いや、君が可愛いからじゃないか」

「〜〜〜子供扱いはやめてくださいと言っているでしょう!」

「それはこちらの台詞だ」


 いつかと同じ口論をしていることに気が付き、私達は顔を見合わせて笑うと、笑顔の特訓を続けたのだった。





「結局夜景が見える時間になってしまったではありませんか!」

「まあまあ。俺はこうして君と過ごすことが出来て良かったと思っているが?」


 そんな彼の言動に惑わされまいと、すぐに言葉を返す。


「そんなことより、こんな時間まで油を売っていてよろしかったんですの?」

「……」

「よろしくありませんのね」


 私は息を吐くと、口にする。


「カミーユに一緒に謝りに行きますわよ」

「…………そうしてくれると助かる」


 相当まずいだろうということは、彼の沈黙の長さから伝わってきて。

 仕方のない人、と笑みを浮かべると、彼はふと口にした。


「そういえば、どうして君はそこまで俺に協力してくれるんだ?」

「え?」


 私は目を瞬き、「確かに」と口にする。


「どうしてでしょうね?」

「俺が聞きたいんだが」


 私は先程まで見えていたはずの海の方を見やって呟いた。


「私、面倒くさいことは嫌いなはずなのですけれど……」


 うーんと考え込む私に、彼は笑って言った。


「なら、俺を助けてくれるということが、君にとっての“面倒くさい”には当てはまらない、ということだな」

「!」


 その言葉に、私は思わず口にする。


「……なぜそんなに嬉しそうなんですの」

「嬉しいからだ」


 そう断言する彼に、私はもう一度仕方がない人ねと呟き、小さく笑みを溢したのだった。



 それから一週間後、契約結婚から一ヶ月と一週間が経つ今日、ついに夜会の日を迎えた。

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