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第三十二話

『聞いて欲しいんだ、君に』


 そう言われ、彼に連れて来られた場所は。


「夜景も素敵でしたけれど、日中にこうして上から見た景色というのは、また格別に素敵ですわね!」


 彼の魔法によって空中散歩で向かった場所は、城下を見渡せる丘の上だった。

 城下の向こう側には、夜では見えなかった海が見えて、その光景に釘付けになっている私の横で、エリアス様はクスッと笑って言った。


「君ならそう言ってくれると思っていた。連れてきて正解だったな」

「……エリアス様はたまに、女性慣れしていないのは嘘なのではないかという物言いをしますわよね」

「お、俺は女性慣れなどしていない!」

「はいはい、貴方がお好きなのはヴィオラ様だけですものね」

「違う!!」


 即答した彼の強い口調に、そんなにムキになることなのかと驚いた私に対し、彼はハッとしたような顔をすると、「とにかく」と口を開いた。


「俺の話を聞いて欲しい」

「……分かりました」


 もう話さなくても良いと言っているのに、なぜそこまで躍起になっているのか。

 尋ねておいて何だけど、少し面倒くさいと思ってしまう私に気付いた彼は付け足す。


「なるべく話が長くならないよう努力する」

「お願いしますわ」


 私の言葉に、彼は息を吐くと口を開いた。


「俺とヴィオラ、それから俺とエドワールは幼馴染だった」


 彼の口から紡がれるのは、ヴィオラとエドワール、それぞれと共通の幼馴染だった彼の話。

 ヴィオラとは彼が10歳の時に茶会で出会い、エドワールとは彼が5歳の時からの付き合いがあった。


「ヴィオラは優しくしっかり者で、エドワールは明るく聡明で。

 二人は俺には持っていない……というよりは俺とは真逆のタイプの人間で、そんな彼らに俺は、今思えば憧れていた」


 その言葉は、小説中では描かれていなかったエリアスの本心なのだと、彼の言動を見て思う。

 黙って聞いている私に、彼は遠くの景色に目をやりながら言葉を続けた。


「エドワールとの出会いは、父親と共に陛下へご挨拶に伺った際に紹介されてのことだったが、ヴィオラとの出会いは少し変わっていた。

 ヴィオラは俺のことを助けてくれたんだ」


 そう、それが彼らの運命の出会い。


 当時10歳だったエリアスは、今よりもっと無口で、幼馴染のエドワール以外とは口を利かない人間だった。

 彼にとってそれは当たり前だったし、両親からの愛情を受けて育たなかった彼は、一人でいることに寂しさも辛さも感じたことがない子供だった。

 そんな彼が初めて怒りを露わにしたのが、とある貴族が主催のお茶会に招かれた時のことだった。


「その日は特に苛立っていたんだ。両親が茶会の前に喧嘩をして、俺に八つ当たりをしてくるものだから。

 それでも茶会に行けば、両親は仲睦まじい姿を装うものだから、吐き気までして」


 そう、ロディン公爵家は体裁だけは保とうと、夫婦仲が最悪なことを隠し、社交界では仲睦まじいことで有名だった。

 だからこそ、エリアスは表と裏とで顔を使い分ける両親のことが嫌いで仕方がなく、人間不信気味に育ってしまった。


「そんな時に、またいつものようにからかわれて。

 ただその時は、丁度両親のことを言われたんだ。

 “お前の両親がそれぞれ愛人を連れて城下にいるところを見た”、“だからお前は本当は一人ぼっちなんだろう”って」

「……!」


 その会話の内容もまた初耳だった。

 驚く私に、彼は鼻で笑って言った。


「そいつらだけでなく俺も馬鹿だった。

 まともに取り合わなければ良いのに、腹が立って気が付けば魔法を使っていた。

 風が吹き荒れてそいつらの足元を凍らせながら思ったんだ。

 “二度と俺の前で口を開くな”と」


 感情のコントロールが利かなくなった時、魔法使いは魔力が暴走してしまうことがある。

 特に学園に入る前は多いらしい。

 そして彼もまたその状態に陥った、その時。


「ヴィオラが現れたんだ」


 ここからは私も知っている。

 ヴィオラは自らの魔法を使ってエリアスの魔力暴走を止めた後、年上であるエリアスに対し怒ったのだ。


『どんな理由があれ、人に対する魔法を用いた暴力行為は禁止されている』と。


「そんなヴィオラの言葉にハッとしたんだ。

 もしそのまま俺が魔法を使い続けていたら大事になっていただろうと。

 だけどヴィオラがその場を収めてくれたおかげで、うるさい大人達に伝わらずに済んだ」

「……そうでしたのね」

「ヴィオラは年下なのに、俺よりずっと大人びていて優しい人だ」


 その言葉と柔らかな表情に、私は腕を組み口にした。


「それで、ヴィオラ様をお慕いしていると?」

「……そう、思っていたんだがな。彼女にははっきりと、俺の想いは恋ではないと返された」

「優しくするだけしておいて、残酷な方ですわね」

「彼女が悪いわけではない、と思う」


 そのはっきりとしない物言いに、私は息を吐くと言った。


「私には恋愛感情とかそういうことは分かりませんけれど、貴方自身が傷付いているのなら、ヴィオラ様に対して特別な感情を抱いていることに違いはないのではありませんか?」

「え……」


 彼は驚いたように私を見る。

 私は首を傾げて言った。


「そもそも、ヴィオラ様を批判するわけではありませんが、恋愛感情だけでなく自分が抱いた感情を、“その感情は違う”などと人にとやかく言われる筋合いはないのでは?

 それに、初対面の貴方を助けたというヴィオラ様の言動に、私は違和感を覚えますわ」

「い、違和感?」

「えぇ。喧嘩の仲裁に部外者が入るということは、所詮ただの綺麗事。

 私だったら……、そうですわね、“目には目を、歯には歯を”ですわ」

「な、何だそれは」


 その言葉を知らないようで首を傾げた彼に対し、私は説明する。


「まあ、簡単に言えばやられたらやり返す、ということですわね。

 エリアス様の逆鱗に触れられたということは、相手が余程酷いことを仰ったのでしょう。

 だからもし私がその場にいたのなら、喧嘩を止めるようなことは致しません」

「お、大人達が来ても?」

「その時はその時です。

 ……それに、エリアス様でしたら、本当に人を傷付けたり、死なせたりするような真似はしませんでしょう?」

「……!」


 私の言葉に、彼はハッとしたように息を呑む。

 私は笑みを浮かべて言った。


「私なら懲らしめてやれと思ってしまいます。だって、喧嘩を売られた側なのですから、それを買ってやっただけですし、相手側には相応の罰が下るべきかと。

 ……あ、一応大人達が来るという面倒なことになる前に、相手側を脅しておけば良いのでは?」

「っ、はははは!」

「!?」


 急に大声で笑い出したエリアス様に、驚き見上げると、彼は目に涙まで浮かべて笑っていた。

 驚く私に、彼は目元の涙を拭って言う。


「そんなことを言われたのは初めてだ。

 ヴィオラとのことは、好き勝手に噂されるだけだったから」

「よくもまあ妄想力豊かな方達ですこと。よほどお暇なのですね。もちろん、褒めておりませんけれど」

「っ、君は本当に面白い。俺の予想を遥かに超えてくる」

「面白いというのは、褒めていらっしゃるのでしょうか?」

「あぁ」


 質問に対し即答され、少し身じろぐ。

 そんな私を見て、彼は笑みを浮かべたまま言った。


「君らしくて良い。ありのままの飾らない君がそう言ってくれるのが、何だか凄く救われる気がするんだ」

「ヴィオラ様のことを貶しているも同然なのに?」


 その言葉に、彼は顎に手を当てて言った。


「そうだな、いつもだったら怒るところだろうが……、そう言われてみればなぜだろう。

 君の言っていることも一理ある気がしてしまうのは」

「……エリアス様も、“恋ではない”と言われて悲しかったのではないですか」

「!」

「私には好きとかそういう感情はよく分かりませんけれど、自分が大切にしていたものを真っ向から否定されたら、誰だって傷付くし怒りが湧いてくるし、悲しいものでしょう?

 それと似た感覚なのではないでしょうか」


 その言葉に、エリアス様の薄い青の瞳が大きく見開かれる。

 そして、掠れた声で弱々しく呟いた。


「……君は本当に、俺が欲しい言葉をくれるんだな」

「え……、っ!?」


 刹那、彼の顔が不意に近付く。

 思わずギュッと目を閉じたその時、頬を撫でるさらりとした感触と、肩に重みを感じて瞼を開けると、彼が私の肩に頭を乗せているのが分かって。


「エ、エリアス様!?」


 慌てて名を呼び触れた彼の肩が震えていることに気が付き、驚いた私は口にする。


「な、泣いていらっしゃるの?」

「……見ないでくれ」


 その涙交じりの声に、私は思わず笑ってしまって。


「なぜ笑う」


 彼が怒ったようにそう口にするものだから、言葉を返した。


「この前とは逆ですね」

「……そうだな」

「これで貸し借りはなしですわね」

「……そうだな」

「ようやくエリアス様の弱みを握ることが出来ました」

「!?」


 私の言葉に、彼がバッと効果音でもつきそうなくらいの勢いで頭を上げる。

 そのせいで彼の目元が涙で濡れていることに気が付き、私は笑って言った。


「冗談ですわ」

「っ、冗談に聞こえる冗談を言ってくれないか」

「ふふふ」


 ムキになっている彼が面白くてつい笑ってしまうと、不意にまた彼との距離が縮まって……。


「!? エ、エリアス様!?」

「笑った罰だ。……もう少し、このままでいてくれ」


 そう耳元で囁くように言われ、ハッとして彼を見ようとするけれど、背中に回った力強い腕がそれを許してくれない。


(仕方がない人)


 まるで大きな子供みたい、と自然と笑みを溢すと、私はそっと大きな背中を優しく叩いてあげたのだった。


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