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第三十話

「ごめんなさい」


 そう謝罪の言葉を口にした黄色い花の妖精は、涙を浮かべながら言葉を続ける。


「わたし、わたしね、どうしてもみせたかったの……!」

「見せたかった?」


 誰に、と尋ねる間もなく、空から突然私に向かって光が降り注ぐ。


「「アリス!/アリス様!?」」


 彼らが私を呼ぶ声が聞こえるが、それに返答するよりも先に脳裏に女性の声が響く。


『驚かせてしまってごめんなさいね』


 その声に、私は驚いて尋ねた。


「あ、貴女は誰!?」

「アリス、何か聞こえるのか?」

「アリス様!?」


 その状況から察するに、私にしかこの声は聞こえていないようで。


『そうよ。貴女にしか聞こえていないわ。私がそうしているだけだから、気にしないで』

「……っ」


 柔らかなその声は、温かく包み込むような、まるで陽だまりにいるような心地までして。

 黙って耳に手を置く私に、その女性は申し訳なさそうに言った。


『本当にごめんなさい、妖精が私のために貴女の大切なお花……、いけばなというのよね、それを見せるために持ってきてしまったの』

「も、持ってきたって……」

『そのままの意味よ。今こちらにあるから、魔法で元にあった場所にお返しするわね。

 そして、今日こうして貴女とお話ししているのは、直接謝りたかったことと、妖精がよく貴女のことを話しているから、一度お話ししてみたかったの』

「!?」


 妖精がよく私のことを話している? 

 魔法で元にあった場所にお返しする? 

 それって……、と思う間もなく彼女は言葉を続ける。


『でもやはり、私が思った以上に貴女は素敵な子だと分かったわ。このいけばなというものを見ていたら分かる。

 勝手に見てしまって申し訳ないけれど、また見せてくれたら嬉しいわ』

「え、あ、あの……」

『あまり長くは話せないから、これで失礼するわ。庭師にもよろしくお伝えしておいてね。

 これからは妖精伝でなく、貴女のことを見守っているわ』

「待っ……!!」

『あ、言い忘れていたけれど、ソールとも仲良くしてくれてありがとう。不器用だけど、悪い子ではないからこれからもどうぞよろしくね』

「!?」


 そうして私に話す時間は与えず、天から降り注いでいた淡い光は消える。

 その光景を呆然と見ていた二人と目が合い、私はどうしよう、と混乱しつつも口を開く。


「あ、えーっと……、お花、元の場所に戻してくれるそうです」

「「誰が?」」


 その言葉に、私は笑顔で乗り切ることにする。


「知りませんわ!」

「「は?」」

「私は何も知らないので聞かないでくださいませ!」

「「アリス!?/アリス様!?」」


 そう言って、玄関ホールへ向かって走り出す。


(私も知らないわよ! ……天から降り注ぐ光、魔法を使えて、妖精とよくお話をして、ソールのことも知っている女性、だなんて!)


 しかもその正体を知ってしまったら……。


(面倒事に巻き込まれる予感しかしない!!!)


 と、思わず遠い目になるのだった。



 玄関ホールへ辿り着いた私が目にしたのは、元の場所に置かれたいけばなだった。

 確かに花がズレているということもなく、そのままの状態で戻ってきたことにホッとしたけれど、私はその後の対応に追われた。


 侍従達には謝罪し、「水を換えようとして違う場所に置き忘れていたことを思い出した」ということにした。

 あれだけ騒いでおいて結局自分のせいだった、なんてとんだ迷惑な奥様だと思われたに違いないけれど、仕方がないとしか言いようがない。

 ……だってあれを、どう説明しろと言うのか。


(エリアス様とクレールには、知らぬ存ぜぬを貫いていたら、怪訝な顔をしながらも深くは聞かないでくれているし)


 二人とも気付いていると思うけれど、私自身が真実から目を背けまくっているため、深くは追求してこなかった。

 今後ともその調子でお願いします、と心の中で祈っておいた。






「さ、お話し願いますわ」


 そう口にすれば、彼は渋い顔で居心地悪そうに居住まいを正した。


 契約結婚から三週間、夜会まで後半月に迫った頃、私はエリアス様と向かい合って座り、対峙していた。

 理由は一つ。それは。


「今日こそ学園時代の貴方のことについて話していただきませんと」

「……本当に、話さなければいけないことなのか」


 彼の搾り出すような弱気な声に、私は「当たり前ですわ」と口を開く。


「言っておきますが、しらばっくれたり嘘をつかれたりしても無駄ですわよ。

 ミーナ様に聞けばお見通しですし。

 それに」


 私は息を吸うと、笑みを浮かべて言った。


「どうせエリアス様は、ご友人が少なそうですから、お話はすぐ終わると思っております」

「!? そ、そんなことはない!」


 彼は慌てたように席を立つ。

 そんな彼を見て、私は息を吐いた。


(まあ、こんな時間を作らなくても、粗方小説の内容で知っていることは多いのだけど)


 学園編でのエリアスは、一匹狼タイプだった。

 彼の中ではヴィオラがいればそれで良かったし、友人といえばヴィオラ以外は男性で、それもあちらから声をかけてくるというパターンが多かった。


(女性には特に冷たくあしらっていたし、それは男性にも言えること。まあ、公爵家の跡取りという身分で近付いてくる人の方が多かっただろうから、彼が心を開かないのも無理はないと思うけれど)


 それに加えて、容姿端麗、頭脳明晰、魔法の腕前も随一ときたら、なおさら。

 そんな彼は、私の目の前で挙動不審になりながら口にする。


「学園の話、と言っても、何を話せば良いんだ?」

「そうですわね、まずは貴方が敵に思われていた方、あるいは、逆に敵認定されていた方を知りたいですわ。

 その理由は、その方々への振る舞いの対策をするためです」

「対策……、君が言うと嫌な予感しかしないんだが気のせいか?」

「気のせいですわ」


 私の返しに対し、彼は疑いの眼差しを向けてきた。失礼な、貴方のためなんですけど、と内心ツッコミを入れると、彼は少し考え込んだ後口にした。


「俺が敵だと思っていた人間はいない、が……、俺を敵だと認定していた奴はごまんといると思うが、順番に上げていくか?」

「結構ですわ」


 彼の問いかけに即答し、心の中でメモる。


(エリアス様の周囲は、ほぼ全員敵ということね)


 まあ、妖精からも愛された天性の魔法使いという、天は二物どころか何物でも彼に与えている状態ですもの、その上一匹狼ときたら多方面から嫌われますわよね、と結論付ける私に、彼は白い目で言う。


「……失礼なことを考えているよな?」

「気のせいですわ」


 爽やかな笑みを浮かべて返すと、彼は喉に何かを詰まらせたようにゲホゲホと咳をする。

 そんな彼に対し、私は思わず口にした。


「お風邪ですか? それならば私に移さないでくださいね」

「辛辣!」


 私に心配の声を求める方が悪いわ、と知らん顔をし、話を続ける。


「さ、ここからが本題ですわ」

「ここからなのか……」


 まだまだ話は序盤だというのに、げっそりとした顔をする彼に向かって私は核心に迫る質問を投げかける。


「私との契約結婚をお選びになった理由となった二人……、ヴィオラ様とエドワール殿下について、貴方とのご関係性などをお聞きしたいのです」


 その言葉に、エリアス様の瞳がスッと細められる。


「……どうしてそんなことを君に教えなければならない」

「興味本位ではございませんわ。貴方が話しておきたいことだけでも良いのです。

 貴方とヴィオラ様、エドワール殿下のご関係性を知っておけば、私もお二人にご挨拶をするときに話を合わせられるかと思いましたので」

「……」


 エリアス様は何も言わない。

 私は息を吐くと、口を開いた。


「……そうですわよね。いきなりお慕いしていた方のことを話せと言われましても、お困りになるだけですわよね。

 失礼いたしました。このお話はなかったことにいたしましょう」

「ア、アリス」

「ミーナ様と同じように、貴方ももし私に何かお話ししたいこと、知っておいてほしいことなどありましたら、リストアップしておいてくださいませ。

 お忙しい中お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」

「アリス!」


 エリアス様の呼びかけには答えず、淑女の礼をすると、執務室の扉を閉じる。

 そして、廊下を歩きながら思う。


(本当は、彼の口から聞かなくても知っている。エリアスとヴィオラの二人のことは、小説内での描写が多かったから)



 小説中、エリアスは卒業間近のある日、ヴィオラに告白する。

 そして、ヴィオラはこう答えたのだ。


『貴方の気持ちは、恋ではない』と―――


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