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第二十九話

「本日はお越し頂きありがとうございました」


 エリアス様の試着の方も無事に終わったことを聞き、お見送りをするため玄関ホールへたどり着いた私がそう礼を述べると、ミーナ様がぶんぶんと首を横に振る。


「とんでもないことでございますわ! こちらこそ、貴重な体験をさせて頂きまして、ありがとうございました」

「貴重な体験、とは?」


 エリアス様の言葉に、ミーナ様が周りを気にして小声で口を開く。


「実は、アリス様のおかげで花の妖精に出会えたのですわ」

「!? 本当か!?」


 彼が私を見る。私は苦笑いをすると、ミーナ様が言葉を続ける。


「私、他の妖精さんに出会うことは初めてでしたのでとても驚きましたわ。花の妖精といいデザインの妖精といい、アリス様は間違いなく、妖精さん達から好かれていらっしゃるのですわ」

「好かれているだけでは他の人間の前にまで姿を現さないと思うんだが……、そもそもアリスは、花の妖精から祝福を受けたのか?」


 エリアス様の言葉に、私は驚き首を横に振る。


「まさか!」


 その言葉に、逆にミーナ様がギョッとしたように口を開く。


「そうなんですの!? てっきりドレスに魔法をかけて頂いていたので、既に妖精の祝福を受けられていたのかと思っておりましたわ」

「ドレスに魔法!?」


 終始驚きっぱなしのエリアス様とミーナ様の様子に、私は本能的にまずいことになっていると自覚していた。


(私、妖精の祝福を受けていないのに、本来見えないはずの妖精達と関わってしまっているって、大分詰んでない?)


 そう思った時には時既に遅しだということを私は知っている。

 だから、そういう時は。


(話を変えるのが一番!)


「ミーナ様」


 私の言葉に、ミーナ様が驚いたように尋ねる。


「は、はい、何でしょう?」

「私、夜会までの間、お二人が過ごされていた学園でのことをお伺いしたいのです」

「「学園?」」


 私の言葉に、エリアス様とミーナ様は驚いたような声を上げ、ハモる。

 私はその言葉に頷き、説明した。


「私は、夜会に参加したことはデビュタント以外にありません。それから、魔法使いでないが故に、学園での出来事も一切存じ上げないのです」


 アリスは学園のことを全く知らないまま、エリアスと結婚して初めて夜会へ赴いた。

 その時、彼女はきっと四面楚歌だっただろう。


(敵がいても味方はいない、それが彼女の、彼女自身も感じていた弱点だった)


 それなら私は、無知のままではいけない。


(学園のことを出来る限り知識だけでも把握しておけば、私の立ち回り方も予め考えておくことが出来るもの)


 小説で知っているのは、あくまでヒロインであるヴィオラ、ヒーローのエドワール、そして準ヒーローのエリアスの周りの視点のみだ。


(準ヒロインとなるアリスの視点では、悪役令嬢としての彼女の振る舞いと生い立ち、最期くらいしか出番がなかったもの。

 ただ、妙に小説の中では存在感があったのよね)


 なぜかしら、と今更疑問に思い考え込んでいる私に、ミーナ様は口を開く。


「分かりました。私でよければ、学園時代の人物……要注意人物も含めてリストアップしてきますわ」

「は、はっきり仰るのですね」

「アリス様もそれを把握されたいのでしょう?」


 ミーナ様の言葉に黙って頷くと、彼女は笑って言った。


「それならお任せくださいな! 私とファビアンは夜会は苦手なのですけど、人間観察が得意でしたの。

 ちなみに今回の夜会にも参加致しませんわ」

「えっ、王家主催なのによろしいのですか!?」


 私が思わず尋ねると、彼女は笑って言った。


「大丈夫ですわ。私が“プチット・フェ”のデザイナーであることを殿下はご存知ですから、許して頂けるでしょう」

「なるほど……」


(顧客情報については言えないようだけど、この感じではやはりヴィオラ様にドレスを作っていらっしゃるのね)


 もしかしたら夜会に出たくないが故にドレスを、という意味もあるのかもしれないと考えていると、黙って聞いていたエリアス様が口を開いた。


「では、二人で夜会前にお茶会でも開いたらどうだろうか」

「「え?」」


 エリアス様からの提案に、私とミーナ様は顔を見合わせ驚く。彼は言葉を続けた。


「俺は同伴することは無理だが、リンデル夫人の時間が許す限り、夜会にあまり出たことのないアリスに助言をしてやってほしい。

 ……夜会では特に、女性の立場からなると厄介事が色々とあるようだからな」


 最後の言葉は遠い目で口にしたエリアス様もよくご存じなのだろう。その言葉に私も頭を抱えそうになったが、ミーナ様が「お任せください」と笑って言った。


「学園主催の夜会では、無難にその場をやり過ごしてきた私ですから、一通りは心得ているつもりですわ。

 ……ちなみに、夜会での礼儀作法は?」


 私に向かって尋ねられた言葉に、頷き返す。


「礼儀作法については、侯爵家の方で厳しいマナー指導の先生がおりましたから、そちらの方は心配いりませんわ」


 アリスとしての記憶の中に、礼儀作法が叩き込まれている。

 それは、アリスが家族のために、また結婚する誰かのために、完璧を目指して努力したからだ。

 全ては愛されるために。


(本当に健気というか何というか)


 そのお陰でマナーについては問題ない。


「ですので、私に今足りないことは、エリアス様のご学友の知識だけですの。

 それについては、エリアス様にもご助言を頂きたいのです」

「……分かった」


 エリアス様が頷いたことを確認して、ミーナ様も頷いた。


「もちろんですわ。是非私もアリス様のお力になりたいですし、お茶会をするのならきっと妖精さん達も喜びますわ」


 そう口にすると、スィーッと同調するように彼女の周りに光が集まってくる。

 その妖精達に向かって声をかけた。


「分かりました。スイーツも沢山準備しておきますわね」

「そうして下さると助かります」


 二人で顔を見合わせクスクスと笑うと、ミーナ様はまた後日お約束いたしましょう、と締めくくり邸を後にした。

 私も部屋に戻ろうとした時、ふとエリアス様が私に向かって言う。


「そういえば、君が生けたという“いけばな”、だったか? あれは今日はもう飾らないのか?」

「……あ」





「クレール、本当にごめんなさい」


 そう言って頭を下げると、彼は首を横に振り言葉を返す。


「……いえ、アリス様は悪くないです。俺も、昨日“いけばな”というものを見ました。

 あんな風に飾ることは、俺の頭にはなかったので……、逆にアリス様が傷付いていらっしゃるのではないですか」

「!」


 クレールの言葉に、私も言葉を失い俯く。

 確かに、心を込めて生けた作品を取られたことは悲しい。

 その代わりに、エリアス様が口を開いた。


「大丈夫だ。今邸中を皆で隈なく探してもらっている。

 ……もう絶対に、あんなことにはさせない」


 その言葉に私も頷き、クレールに向かって言う。


「大切なお花だもの。私も探して、必ず見つけ出すわ」


 そう口にすると。


「アリス〜! クレール、こうしゃくさま〜!」

「「「!?」」」


 ポンッとポンッと光が弾け、数人の妖精が私達の目の前に姿を現す。

 エリアス様がその光景を見て驚き呟く。


「は、花の妖精か……?」

「そうでーす! はじめまして、じゃなくて!」


 花の妖精の一人が慌てたように口にすると、他の妖精が顔を見合わせ口を開いた。


「ごめんね、ぼくたちも“いけばな”をみせてもらって、そのあとアリスのところにいったんだけど」


 その言葉に、確かにいけばなについて教えて欲しいと妖精達が部屋に来たのを思い出す。


(この世界に“いけばな”はないから、どこで教わったのかとか聞かれた時は大変だったのだっけ)


 それがどうしたのだろうと、妖精達の言葉を待っていると、彼らは顔を見合わせ困ったように口にした。


「そのあいだにね、なかまのひとりが……」

「ごめんなさい」


 説明しようとしていた妖精の言葉を遮り、そう目に涙を浮かべて謝罪の言葉を口にしたのは、橙色の花の妖精だった。

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