第二十八話
さらにその翌日。
「……あら?」
いけばなの花の様子を見に玄関ホールへ辿り着いた私は、昨日置いたその場所にそれが無いことに気が付き声を上げた。
ララも気付き、怒ったように口にする。
「アリス様の物を勝手に持ち出すなんて一体誰なのでしょう!」
「まあまあ、もしかしたらお水を換えようとして持って行ってくれたのかもしれないわ」
「それにしても、昨日のうちに全員に“水換えはアリス様が行うから手出しはしないように”と伝えたはずです!」
「き、聞いていなかっただけかもしれないから……」
生けた花は、基本自分自身で水を換えたり追加したりする。
それは、なるべく水を換える時は花の位置をずらさないように気を配るということと、万が一花の配置がズレてしまった時、手直しが出来るようにするためだ。
(だからララにお願いして、いけばなの水は私自身が取り替えるから触らないで、と伝えたはずなんだけど……)
「やはり気になるので、侍女長に伝えて聞いてみます!」
「え!? あ、ちょっと……、行ってしまった」
私が動くとなぜだか厄介なことになっていくのは気のせい……ではない気がする。
(でもクレールと妖精達から折角頂いた花だもの、少しでも皆に見てもらいたいのよね)
それにしても、花瓶ごとだなんて一体どこへ行ってしまったのだろう?
『侍女はその希少性を知っていて、外部に高値で売っていたのです』
(違う、この邸にいる侍従達は絶対にそんなことはしない。疑ってはダメよ)
ふとクレールの言葉を思い出し、慌てて頭を振っていると。
「アリス様」
その聞いたことのある声に振り返ると、そこにいたのは。
「ミーナ様」
ふわふわと光を纏う妖精と共に現れた亜麻色の髪と瞳を持つその女性は、“プチット・フェ”のミーナ・リンデル様だった。
「突然訪問してしまい申し訳ございません。
事前にお伝えしようと思ったのですが、ドレスの仮縫いが出来たので一刻も早くお見せできたらと思いまして」
そう言ったミーナ様は、近侍によって運び込まれた二つの大きな箱の蓋を開ける。
すると、そこには。
「「わ……」」
思わずエリアス様と二人感嘆の声を上げる。
ミーナ様はにこりと笑って尋ねた。
「いかがでしょう?」
その言葉に私は両手を組んで口にする。
「素敵……! 見ているだけでもうっとりしてしまいますわ」
(お洒落に疎い私でも、これが凄い物だということは一発で分かるわ。
クレールのお花と同様、妖精の祝福の力なのかドレスがキラキラと輝いて見えるもの!)
正直、ドレスなんて何でも良いと思っていたけれど、このドレスを見たら、ましてや妖精が作ったドレスなんて心が躍る。
そんな私の言葉に、エリアス様も同意した。
「そうだな。デザイン画の時点で既に彼女に似合いそうだと思っていたが、こうして実際に見るとそれ以上に可愛らしく可憐な感じがして、実にアリスらしい。
出来上がりと当日アリスが着用している姿を見るのが楽しみだ」
「エ、エリアス様!?」
「きゃー! 新婚夫婦に惚気られちゃったわ!」
エリアス様から飛び出た思わぬ感想に驚く私と、なぜか喜ぶミーナ様。
そんな彼女はさておき、私はエリアス様に向かって口を開く。
「エリアス様、違います! 今お見せ頂いているのは私の分だけではなく貴方の分の衣装もあるのですから、ご自分の衣装についてのご感想を仰るべきですわ!」
「そうか? まあ、自分のは……、そうだな、いつものより大分豪華だな」
「エリアス様!」
友人と妖精に作って頂いた衣装に何て適当な感想を! と怒る私に向かって、ミーナ様が爆弾発言を落とす。
「では逆にアリス様、ロディン様のお衣装はどう思われますか?」
「!?」
そこで私に振る!? と驚く私に、ミーナ様はにこにこと……、いや、どこか面白そうに笑っている彼女は絶対にわざとだわ、と内心思いながら、彼の衣装を見て口にする。
「そ、そうですわね、こちらも本当に素敵だと思いますわ。きっとエリアス様によくお似合いでしょう」
「ふふ、良かったですわ! ファビアンも喜びます」
そう口にするミーナ様に向かって作り笑いを浮かべながら、隣から感じる視線とは絶対に合わせないようにしましょう、と思っていると、ミーナ様が口を開いた。
「では先に、アリス様のご衣装から寸法を確認させて頂きたいと思いますので、お部屋に案内して頂いてもよろしいでしょうか?」
その言葉にエリアス様は頷き、後ろに控えていたララを見る。
ララは頷くと、私とミーナ様を伴って部屋を後にする。
向かった先は、隣のもう一部屋ある客間だった。
衣装の感想も聞きたかったため、ララも部屋に残ってもらうと、早速衣装に着替える。
すると。
「素敵です……!」
ララの言葉に、鏡に映った自分を見て我ながら同意してしまう。
(本当に、似合っているわ)
小説の中のアリスは、真っ赤なドレスやらエリアス様の瞳のドレスを着たり、とにかくド派手で悪目立ちするドレスを着ていたのだけど、今鏡に映っている自分は、それとは真逆の淡色で可憐な女性……それこそ、悪女にはとても見えない姿がそこにはあって。
「……私、こんなに素敵な物を着たことがないわ」
見るからに上品で上質なドレスを実際に着て、少しだけ気後れしてしまっていると。
「うーん……」
「ミーナ様?」
「何か足りない気がするのよねぇ」
ミーナ様はそう言って頬に手を当て、あーでもないこーでもないと私が着用したドレスを見て首を捻っていると。
「わー! アリス〜!」
「かわいい! きれ〜い!」
「「「!?」」」
私達の目の前に光が現れ、それらがポンポンと弾ける。
そこから現れた花の妖精の姿を見て、ミーナ様とララは目を見開き固まってしまう。
私も慌てて口を開いた。
「よ、妖精さん達!? 姿を見せても良いの!?」
その言葉に、彼らはふわりと笑って言う。
「だいじょうぶだよ〜」
「アリスのおともだち、アリスにやさしくしてくれるひと、わたしたちすき〜!」
「このドレスをつくったのは、デザインのようせい〜?」
その言葉に、ミーナ様の周りを舞っていた光が弾け、そこからデザインの妖精が現れる。
その姿を見て、花の妖精達が自分達の洋服を摘んで言った。
「「「デザインのようせいさん、ごきげんよう〜」」」
「ごきげんよう、花の妖精さんたち。
そうですわ、このドレスは私とミーナで作ったドレスですの。いかがかしら?」
「アリス、とってもきれ〜!」
「にあってる! かわいい〜」
そう口にすると、花の妖精達は私の周りをクルクルと回り始める。
その光景を見て、ミーナ様が呆然と呟く。
「信じられませんわ……、まさか花の妖精に出会えた上に、妖精同士の会話を聞くことが出来るだなんて」
「私もです……。私は妖精さんを見ること自体が初めてなので、とっても感激です!」
ミーナ様とララの言葉を聞いた花の妖精達は、彼女達の目の前へ飛んでいくと、嬉しげに笑って言った。
「こちらこそ、いつもアリスとなかよくしてくれてありがと〜!」
「ミーナ、ドレスありがとう! ララもいつもありがとう!」
その言葉に、二人は顔を見合わせると口元に手を当てて返した。
「ま、まさか妖精さん達から直接お礼を言われるだなんて……」
「わ、私なんて妖精さん達に一生出会えるはずがない身分なのに……、こちらこそありがとうございますっ!」
驚くミーナ様と、感激のあまり妖精にまでお辞儀をしてお礼を述べるララの姿に、花の妖精達はきゃっきゃっと笑う。
そして、ふとミーナ様とデザインの妖精を見て言った。
「ねえねえ、アリスのドレスにまほうをかけてもいーい?」
「「「え?」」」
ミーナ様とデザインの妖精達が驚きの声を上げる。
それを聞いて、彼らは慌てたように付け足した。
「すこしだけでいいの!」
「ちょっとだけ、アリスをぼくたちもかわいくできたらいーなとおもって」
「いーい?」
彼らはコテンと首を傾げる。
その姿を見て、皆が一斉に思ったと思う。
(……っ、可愛い!)
と。そんな花の妖精の言葉に、デザインの妖精もコホンと咳払いをして言った。
「よ、よろしくてよ。私達ももう少し何かが足りないと思っていたところでしたの。
何か良い方法がおありなのでしたら、是非お手伝いくださいな」
「「「ありがとう〜!」」」
彼らは元気よく口を揃えて礼を述べると、クルッと私の方を振り返り言った。
「アリス、じゅんびはいーい?」
「な、何をしてくれるの?」
ドレスに魔法を、というのはどういう意味なのかと戸惑う私に、彼らは笑って言った。
「アリス、おびえてる〜」
「だいじょーぶ! すぐおわる!」
「いたくないよ! ドレスにまほうかけるだけだから!」
「それを説明して欲しいのだけ、ど……!?」
私の言葉は不意に途絶える。
それは、私の周りを温かい光が包み込んだからだ。
「「アリス様っ!?」」
光が眩しすぎて、彼らには私の姿が見えないのだろう。
私にも何が起きているのか分からず、ただ呆然としていると、そんな私と共に光に包まれた彼らはクルクルと先程と同じように私の周りを回る。
すると。
「え……っ!?」
ドレスの生地が不意に光り輝いたと思ったら、柄が現れる。
その柄がいくつも現れ、最後には私の髪までまとめ上げられたような感覚を覚えて……、ようやく光が収まり、呆然としているミーナ様とララの瞳が、私を捉えると。
「「……これですわ!/これですねっ!!」」
しばらくの間の後、立ち上がってそう言った二人の声がハモったのだった。