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第二十七話

 クレールと妖精達から頂いた花々を持ち帰った私に、ララが手を叩いて口にする。


「わっ、ついにクレールさんから沢山お花を頂けたのですね! よかったです!

 花瓶をお持ちしましょうか?」


 その言葉に、少し考えた後口を開く。


「そうね、出来れば円筒形の花瓶をお願い出来るかしら?」

「円筒形……、探してまいりますね!」

「よろしくお願いね」


 ララは頷くと、部屋を出て行く。

 さてと、と私も腕捲りをし、呟いた。


「腕が鳴るわね」


 いよいよだ。

 前世から、職業にしたいほどに好きだったこと。

 私は顔を上げると、自然と溢れた笑みを浮かべて口にした。


「さあ、まずは準備をしなくては」






 花瓶を受け取ると部屋に一人きりになった私は、目の前の花に向き合う。

 まずは瞳を閉じて深呼吸を繰り返し、精神を統一してゆっくりと目を開けた、その時。


「何やってんだ?」

「…………」


 ……聞こえなかったフリをしよう。

 声の主が分かっている私は、そちらには目もくれず目の前のことに集中しようと、机の上の物に手を伸ばしたが。


「無視すんなよ」

「……はぁーーー」


 私は大きく息を吐くと、窓枠から足元に舞い降りた彼……、言わずもがな万年口悪神様を睨みつけて言った。


「どうして貴方はいつも、人が忙しい時に限って現れるのよ!?」


 その言葉に、ソールは「は?」と首を傾げて言った。


「今のお前のどこが忙しそうなんだよ? 

 花を花瓶に入れようとしてるだけじゃねぇか」

「花瓶に入れるだけじゃないの! これは歴とした前世で学んだ()(どう)……、いけばなというの!」

「いけばな?」


 キョトンと、珍しくソールが呆けたように瞳を見開く。

 そんな彼に向かって息を吐き、口を開いた。


「分かったわ。()()()私が教えてあげる」

「うわ……」


 彼の失礼な発言は無視し、コホンと咳払いすると机の上に置かれた物の数々を指差して言った。


「いけばなというのは、切り花の美しさや命の尊さを表現して、その空間ごと演出する……と私は解釈しているわ」

「なんだその自論は」

「黙って聞いてて」


 私もまだ弟子(見習い)だったのだから、とむくれつつ説明を続ける。


「いけばなの魅力は、最初は基本の型を元にするのだけど、沢山経験を積んだら自由に生けることも出来るようになる。

 その生け方は同じ()(ざい)を使っていても十人十色。

 そうして自分なりに表現することで、自分の心を表すことができるの」


 そう言って、目の前に置かれた道具達にそっと手を触れて思い出す。


 前世、私は高校生の時に華道に出会った。

 私が通っていた高校は、部活に入ることが絶対だと言われていて、私は誰かと協力して何かをする、ということが好きではなかった。

 だから、部活動自体が面倒という概念しかなく、入部届締め切り間近まで放置していた。

 そんな時、ふと廊下に飾られていた花を眼にする。

 それが。


(他でもない、私と華道の出会いだった)


 ほんのシンプルに見えるのに、まるでその花が生けられている部分だけ纏う空気が違って見えた。

 そして、そこだけ時が止まっているかのような錯覚まで覚えて、思わず見入ってしまっていた時、水を取り替えるためにいらしていた華道の先生に出会った。


「元々花が好きだったから、初めて見る華道……いけばなというものに惹かれるのは時間の問題だった」


 最初は部活動なんてと思っていた私は、とりあえず体験入部をと、華道部に仮入部した。

 すると。


「見事にいけばなに魅入られたの」


 部員は何名もいたのに、その部屋の空気は静かで、穏やかに流れていた。

 耳に届くのは、部員達が花鋏で花を切る音、時折先生がアドバイスのために声を出している程度で、誰かと協力して何かをするわけでもない。

 もちろん、いけばなの中でもチームを組んで行う大会やコンクールはあるけれど、誰かと協力することが苦手な私は、一人で行う華道に徹した。


「ソールの言う通り私も、切り花は花瓶に、何となく彩りが綺麗に見えるように飾るものだと思っていた。

 けれど、いけばなは違う。とても奥が深いの」


 そう言って、今朝頂いた花を一つずつ手に取り、目で確認しながら言葉を紡ぐ。


「当たり前のことのようだけれど、花も葉も枝も一本一本違う。花一つとっても、その開き方や大きさ、細かく見れば色だって違って見える。

 その花を一本一本丁寧に生けて、空間も一つの芸術として象っていく。

 それが、いけばなの醍醐味であり、魅力でもあると私は思うわ」


 そう言って、一本のセッカヤナギを手に取る。


(今日の花材……種類は、ユリとセッカヤナギ、それからヒペリカムね)


「……必要な材料である剣山(けんざん)花器(かき)がないから、今日は投入(なげい)れにしましょう」

「は?」


 専門用語に首を傾げるソールには、また今度時間があったら説明することにしましょう。

 そう考え、そこからは黙々と、説明をせず花を一本ずつ生け始める。

 そして。


「……出来た!」


 私が声を上げると、ソールは「やっとか」とあくび交じりに口にした後、ピョンと机に飛び乗り、生けた花を繁々と眺めて言った。


「……へえ? これがいけばなって言うのか?」

「えぇ」

「随分時間がかかるんだな?」

「そうね、時と場合によるけれど、大体は時間をかけて行うのが主流だと思うわ。

 今日は、セッカヤナギ三本、ユリとヒペリカムを二本ずつ生けてみたの。どう?」


 まあ、ソールに聞いたところで良い感想は頂けないでしょうけど、とそう考えつつも尋ねてみると。


「良いんじゃねぇか?」

「え?」


 意外な返答に驚き彼をみる私に、ソールは花に目を向けたまま言葉を続ける。


「いけばなっていうのは初めて見るが、さっきお前が言っていたように“空間も一つの芸術”って言った意味が分かる気がする」

「……」

「なんだよ」


 あまりの驚きに言葉を出せなかった私に対し、ソールが怪訝な顔をする。

 そんな彼に向かって返した。


「いや、あのソールがそんなことを言うなんて意外だと思って」

「『あの』ってなんだよ」

「一言で言えばひねくれ者」


 その言葉に私を睨む。そんな彼に向かって笑って言った。


「ふふ、冗談よ」

「絶対本音だろ」


 彼の怒った顔を見て笑い、口にする。


「貴方も意外と花が好きなのね」

「そんなことねぇ」

「あら、その割にいけばなをしている時じっと見ていたじゃない」

「!?」

「寝たフリをしていながらも、私の方を見ていたでしょう?」


 そう言ってクスッと笑うと、彼は怒ったように言う。


「勘違いするな。俺は暇だからここに来てやっただけだ」

「ふふ、そんなに花が好きならこの二本はあげるわ」

「人の話を無視すんな」


 ソールが抗議しているが、それには構わず生ける時に余ったユリとヒペリカムを、少し短めに水切りすると、彼に差し出す。

 それを見た彼は、一言口にした。


「いらねぇ」

「そんなことは言わずに」

「お前が持ってれば良いじゃねぇか」

「ソールにあげたいの」

「!」


 その言葉に、彼の夜空色の瞳が見開かれる。

 そんな彼に笑いかけながら、ハッとして口にする。


「あ、でもクレールにとって花をあげるということは好きではないのよね。大丈夫かしら?」

「……俺は神なんだから、そんなの許されるだろ」

「!」


 そう言うと、彼は私の手から花を二つとも口でくわえ、受け取る。

 そして、何も言わずヒラリと窓の外へと飛び出して言った。

 その姿を見て、私はもう、と怒る。


「“ありがとう”くらい素直に言えないのかしら?」


 でもきっと、あのソールが持っていったということは、喜んでくれたのだろう。

 そう解釈してクスッと笑うと、さて、といけばなを見て口にした。


「せっかく生けたんだもの、どうせなら目立つ場所に飾りたいわよね」





「資料は全てまとめておいてくれ」


 そうエリアスが指示を出すと、カミーユはその資料を全て受け取り、頷く。

 そして、廊下を歩きながら仕事の話をしていた二人の視線が、玄関先で止まる。


「……クレールの花か?」


 エリアスはそう呟くが、不思議に思って首を傾げる。


「何だか花瓶に入れる花としては、些か少なく見える……というよりも、変わった入れられ方をしているが、これは一体?」

「侍女に聞いてみます」


 優秀な従者は主の言葉ですぐ行動に移す。

 廊下に控えていた侍女に聞くと、その花は“いけばな”と言うそうで、何でも花瓶に生けたのも飾ったのも、全てあのアリスらしい。


「なるほど、彼女がこれを」


 特に物を置いていない殺風景な玄関ホールに置かれた、異彩を放つ花瓶に生けられた花々。

 見れば見るほどに惹きつけられ、時間を忘れてしまうほどに目が離せなくなる。

 ……それはまるで。


「アリスのようだ」

「え?」


 彼の口から漏れ出た呟きは、従者には聞こえなかったらしい。

 そんな従者に向かって、彼は自然と溢れた微笑みをそのままに言った。


「何でもない、行くぞ」





 そしてそれは、妖精達の目にも新鮮に映っていた。


「え、このおはなのいけられかた、きれーい!」

「アリスがかざったんだって!」

「“いけばな”っていうらしいよ」


 そう口にした単語に、皆が首を傾げる。


「きいたことないね」

「うん、ない」

「アリスにもうちょっとくわしくきいてみよう!」

「「「さんせーい!」」」


 そう言って、ふわふわと複数の妖精の光がアリスの部屋へと目掛けて飛び立っていく。

 そのうちの一人の光だけが、花瓶の前から動かなかったことに、気付く者はいなかったのだった。



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